9-4
突撃する騎兵の先頭が魔獣と衝突する。かれらは火球の投擲で隙が生まれ、露わになった腹部、ではなく、魔獣の脚部にめがけて槍を突き出す。
特徴的な三叉の槍ですれ違いざまに、それぞれ魔獣の脚の外殻を砕き、肉を削ぐ。
魔獣は今までとは異なる、悲痛な叫び声をあげて暴れ出した。
魔獣たちは脚部に負った傷を庇うように立ち回るが、異常な練度で繰り出される、執拗な騎兵の突撃を受け、ついにじりじりと後退を始める。
次の瞬間、その魔獣に目掛けて南の城壁から人の背丈ほどの矢が何本も飛来する。しかし、その鏃のわずかな光を魔獣の目は捉えきれない。
矢が風を切る音に気がつき、傷の浅い1匹が俊敏にそれをかわすが、残りの2匹はその矢の雨に晒された。
仲間が致命傷を受けたことも気にせずに、残った1匹はただひたすらに遁走を始めた。
「させないっての」
土の塀を飛び越えた魔獣の正面、槍を構えたイァハが姿を現す。魔獣の着地予想地点に立ち、槍を振り上げて魔獣を迎えうつ。
手負の魔獣は爪と牙を剥き出しにしてイァハに襲いかかる。
魔獣の硬い牙と、鋼の槍がぶつかり合う。イァハは冷静に迫り来る魔獣の爪を躱し、しかしあろうことか槍から手を離す。
「隙、作りましたよ」
魔獣が飛び越えた塀の陰には、聖剣アーカーブを地面に突き刺し、その鍔に魔剣テネブラエを載せたあの男の姿がある。
男の両腕はイァハの付与した『硬化』の魔術によって鈍い光沢を放ち、ガントレットのように見える。
まるで据え置きの弩の狙いを定めるように、イァハが押し留めた魔獣のの首に剣先を向けた。
『ふん、最小出力。
側面から魔獣の首にその閃光が浴びせられる。まるで死体が腐乱する様を一瞬で経るように、魔獣の首が閃光に侵食されていく。
そして、光が消えると、躰と別れた魔獣の頭が地面に転がった。
男は煙を上げる腕に気が付かないまま、安堵の息を吐いた。
「驚くほど上手くいったな」
「グロカス、あの指揮官の人ですけど。彼が上手く誘導してくれたんでしょう。あの、その腕、大丈夫ですか?」
「うん?うわっ、ちょっ」
自らの腕が魔剣の放った魔術によって腐食していることに気がついた彼は、素っ頓狂な声をあげてその辺を走り回る。
「なんでしょうか?
熱でもない。『硬化』はじきに解けますけど、その前にどうにかしたほうが」
『放っておけ。それよりも小僧、名はなんというんだ?
「イァハ、ですけど。やっぱり聞き間違えではなかったんですね」
イァハはその声の主であろう、そのふたつの鉄錆の塊の前に立つ。
『イァハか。なるほど丁度良さそうな矮小さであるな。おい、アーカーブ。あの馬鹿は始末してこの賢しい小僧に乗り換えるぞ』
『あの地下での会話をもう忘れたのですか。北へと向かわなくては。
オブ、なんでしたっけ?所詮は蟲の卵ですから、また次のを産めば良いではないですか』
『馬鹿を言うな。必ずやオブスキュラシオを取り返さなくては。あの馬鹿では』
「なんの話をしてるんですか。
そうだ、さっきの魔術はどうやって。そもそも、どうやれば錆びた棒が喋れるんですか」
ガンと音がして、馬が嘶いた。
「おい、急に飛び出してくるやつがあるか」
グロカスは馬を落ち着かせてから、そこに倒れたあの男を見下ろしてそう言い放った。
「ちょうどいい。このままこの男を連行しろ」
馬に轢かれてのびている男を、彼の部下が拾い上げて、仕留めた獣のようにグロカスの馬に載せる。
「ちょっと待ってください」
イァハが慌ててそれを引き止める。
「ああ、お前か。この度の魔獣迎撃、協力に感謝しよう」
「ではなくてですよ。その男をどうするつもりですか。一応、その、南区で起きたことですから、俺の隊が預かるのが自然ではないかと」
グロカスに駆け寄ったイァハの前に、彼の部下たちが立ち塞がる。無言ではあるが、「それ以上近寄るならば」という警告であることは、彼らの鋭い眼光で分かる。
「何を言っているんだ。我々は何日も前からこいつを追っていたんだ。
悪いが急ぐのでな」
そう言って彼らは馬を反転させて、大通りを北に進んでいき、すぐに曲がり角で見えなくなった。
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