8-4

 魔獣の巨大が動くたびに、露店の朽ちた骨組みを震わせる。どこかに空いた屋根の隙間から漏れた雨粒が男の頬を叩く。


『この通りからみんなが逃げるまで、このまま魔獣を釘付けにしたい!なにか武器になるものはないか!』


 朧げな視界には、男を散々痛ぶったあの怪物に立ち向かう青年の姿がある。

 男は「なんて無茶な」と呆れつつ、見覚えのある剣が魔獣の尾の下に転がっていることに気がついた。


『そうだ、こいつでどうだ』


 近くにいた壮夫が投げた包みを受け取った青年は、あろうことかその鍬を振り回してその怪獣を仰け反らせる。


「はは、肝が冷えた。命があるうちにずらかろう。

 っておい!あんた!」


 男はまるで落穂を拾うように、腰を低くしながら暴れる魔獣の腹の下に入ろうとしていた。


『こっちだこっち』


『今のうちです』


「いや、無理だろう。死んでしまう」


『おい、今いけたのではないか?』


『いえ、今、いまいけます』


「いけないだろう。逝ってしまうぞ」


『いま、いまだぞ』


『いえ、いまです』


「ええい、ままよ!」


 青年の一撃で魔獣の顎に火花が散る。男は崩れ込むように聖剣と魔剣に飛びついた。

 

『ゆくぞ!!腐食ノ槍コースティカ


 男は泥の上で仰向けになり、右手に持つ魔剣を魔獣の腹、天に向けて、聖剣を逆手で左腕に沿わせて眼前で構える。さながら盾とランスを構える槍騎兵の様相で歯を食いしばった。


 赤黒い閃光が魔獣の腹の下から溢れる。その巨大がわずかに浮かぶと、砂利を砕くような音とともに外殻に亀裂が入る。

 そして魔獣の腹が抉れ、弾けた。伽藍堂の腹から黒い泥が、男の額に滴り落ちる。


『ふん。こんなものか』


「ふん、じゃない。死ぬところだった。そうだ、あの青年は」


『あちらに飛んでいきましたが』


「イァハ!無事か!?

 おい、あんたも手伝ってくれ」


 先ほどの壮夫が、藁の山から足だけを出したイァハに駆け寄り、男に呼びかける。


「ああ、手を貸すよ」


『ふん。そんなことをしている暇はないというのに』

 

 魔剣の小言を無視して、男が藁の山に駆け寄ると、イァハが飛び出す勢いで起き上がり、藁を舞い上がらせる。


「おい、あんた。無事か?」


「えっと、さっきの行き倒れの。そうだ!それよりも、魔獣は!?」


「イァハ、怪我はねぇのか?」


 イァハは肋の痛みを耐えるように、腹をさする。


「うん、一応は。念の為に『硬化』を付与しておいて助かったよ」


『安心しろ。魔獣とやらはこの男が倒した。それよりも』


「倒したって、うわ。ど、どうやったらあんなことに。うん?というか今の声は」


「あれは魔獣というのか。すまない、尋ねたいんだが」


「ちょっと待ってて。いや、俺も混乱していて」


「それが一刻を争うんだが」


「じゃ、じゃあまずは聞くよ」


「今の魔獣とやらがあと3匹ほど、執拗に追いかけ回して来ているんだが、どこに逃げればいい?こっちも、できる限り人死は出したくないんだ」


「はえ?」


 3人の頭上から、空気を切るような音とともに、先ほどと似通った魔獣が3匹、彼らを取り囲むように降り立った。


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