8-3
勢いのまま地面に振り下ろされた凶刃が、鈍い音を立てて、魔獣の体が反動で再び仰け反る。イァハはその一撃が放たれた瞬間の、飛び散った黒曜石のような破片を見逃さなかった。彼の瞳には、本来ならば粉々に砕け散るはずのそのみすぼらしい二本の錆びついた棒が、魔術障壁によって魔獣の攻撃を防ぎ、それどころか、魔獣の爪を砕くという異様な光景が映った。
確かにそう見えたが、自らの目にした光景を信じられずに、彼はその場に立ち竦む。
「おい、イァハ!なにを突っ立ってやがる」
そう叫ぶ店主の声で、イァハは我に返る。突然の魔獣の襲来で困惑していたが、視界の隅では未だ逃げ遅れた人々が、走る姿が見えた。
「この通りからみんなが逃げるまで、このまま魔獣を釘付けにしたい!なにか武器になるものはないか!」
「ナイフはバラしちまったし、そうだこいつでどうだ」
店主は布にくるまれた包みを振り回すようにしてイァハの元へと投げる。
鈍い音と水しぶきをあげて、その包みが魔獣の足元に落ちると、怯みつつも追撃を行おうとするそれは機敏に反応し、店主の方へ首を回す。
「こっちだ!」
包みを拾い上げたイァハは、先程とうって変わって、迷いなく魔獣の下あごめがけてそれを振り上げた。
ちょうど首を高くしている魔獣の死角に彼は入り込んでいる。
その振り上げた勢いで布ははだけ、中身があらわになる。
彼が握ったそれは、木の持ち手に薄い鉄の板をはめただけの平たい
「十分」
振り上げられた鍬はまるで銀のメッキを張ったように青白く光る。それは彼の魔力の色そのものであり、単純な魔力操作で覆っただけではあるが、その出力は周囲の視覚に影響を及ぼすほどに増幅されている。
そして、魔獣の顎を捉える。
鋭く金属が擦れたような音が響いて、魔獣の咢がわずかに浮き上がる。
イァハは間髪入れずに、腕に感じる遠心力を制御しながら体を捩って、二撃目を魔獣の前脚と首の付け根、目に見えて表皮が柔らかそうな関節付近に、今度は鍬の先をひっかけるように振り下ろした。
魔獣の肉を抉る感触。使い古した油のような粘着質な液体が顔に散る。
決して油断したわけではない。
彼は若くして騎士となり、いくつかの迎撃戦を経験した一方で、魔獣の動き、身体の可動域といったものを熟知しているわけではなかった。どれほど優れた魔術の才を持っていたとしても、単身で魔獣を相手取ることは困難を極める。
そのことはイァハも理解していた。むしろ周囲の被害を抑えるため、危険を顧みず単身での魔獣の迎撃を行えたことは、騎士団の軍隊教育の成果ともとれる。
魔獣の体を抉った二撃目。それとほぼ同時に放たれた魔獣の反撃は、イァハの腹部に命中し、彼の体は弾かれるように路傍に積まれた藁の山へと突っ込んだ。
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