8-2
倒れ込んだイァハの頭に浮かんだのは「なぜ、南側の、それもこんなに城壁から離れた場所に」という疑問だった。
目の前にいる怪物は彼らが『魔獣』と呼び、恐るものに違いなかった。しかし、本来ならば、それらは要塞化された東側の城壁に襲来するはずである。
『魔獣』の生態について、人々、特に騎士団員がまず教え込まれるのが、魔獣の行動原理である。
その凶獣を『魔獣』と名付けたのは、現在、騎士団の隊長を務めるサイハト・サブーフの師に当たる人物で、彼女は「『魔獣』の知性は社会性を持つ昆虫のそれに近い」と。
「『魔獣』が聖都を襲撃するのは、捕食した人間から魔力を抽出し、それを繁殖に用いるためではないか」という彼女の予想が当たっているかどうか定かではないが、『魔獣』は一定の魔力に引き寄せられ、多くの場合、それは魔力を持った人間であるということが、この20年近い戦いと多大な犠牲をもって、帰納的推論により導き出された。
そのため現在は、魔獣が巣食う
この戦術が生まれてからは魔獣をその要塞へと誘い込み、聖都への被害を最小限に止めることが可能になった。
しかし、その守りも絶対ではなく、強力な個体の従来や、複数体を相手にした場合には、稀に東区の内部や、南区にまで侵攻され、被害が出ることもあった。
それでも。
「警鐘すら鳴っていないのに」
イァハはすぐさま、体を起こす。彼への追撃、というよりも、その巨大には狭苦しい周囲の露店を吹き飛ばす目的で行われた、体の回転による尾の振り払いを身を捩るようにして跳び躱す。
東区の要塞がその機能を失ったとしても、守備隊と呼ばれるウラヌス隊の隊員が警鐘を鳴らしながら、魔獣の位置とその行く先を全隊へ知らせるはずである。
彼はまず、東区の要塞が突破され、かつそれを追尾していた守備隊が壊滅状態に陥ったという考えを浮かべ、すぐにそれを否定する。
それほどの被害があれば、その時点で王宮の守護のために全騎士団が動くはずである。そもそも、魔獣の動向は迷宮の周辺に存在する観測所によって把握しているはずである。
闇夜ならまだしも、このような白昼に現れたのならば、魔獣が要塞へ着くよりも先に聖都内で鐘が鳴り、その襲来を知ることができる。
ならば。
「いままでこんなこと。まさか、
落ち窪んだ魔獣の双眸が振り返ってイァハを捉える。
彼は覚悟する。魔力の大小で言えば、始めに狙われるのは自分だと自覚していた。
魔獣はぬかるんだ地面にその三つ又の爪痕を刻みながら、一歩前へと進む。
がそれはイァハに目もくれず、馬が反るように上体を起こし、切り裂くように魔剣と聖剣へと前脚を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます