4-3

 男は最頂部である、砕けた花崗岩の鋸壁きょへきに足をかけ、洞窟の刺々しい天井と城壁の隙間に寝転がるような体勢で転がり込む。


 仰向けになった男の胸部が上下する。


「後半は、自分との戦いだったな」


 自らの功績を誇るように呟く。


「栄えた街が、城壁の維持に心血を注ぐのもわかる。これがあれば、蛮族たちに怯えることもない」


『なにに感心しているのだ』


『それよりも、先ほどから瑞々しい風が吹き入っています。出口はすぐそこですよ』


 男は聖剣をかざし、周囲を照らす。


 闇の向こうに回廊らしきものが続いている。


「あれは」


 回廊の奥に、灰色の巨大な塊が見えた。一行はゆっくりと、その広間へと足を踏み入れる。


 聖剣が光量を増す。


 四方にある壁龕へきがんにはそれぞれ装いの違う女の彫刻があり、聖剣の光に照らされて、青白く浮き上がった。


 そして一行が目にした巨大な灰色の塊は、枝葉に糸を張った繭のように、その広間を占領していた。


『一体これは……。』


「これ、触っても大丈夫なのか」


 男は自分の何倍もの大きさの繭を魔剣の先で突いてみたりする。


『おい、中に何かいたら面倒だろう。

 それと我を木の棒のように使うな』


「これ、ずいぶん硬いな」


 魔剣が繭とぶつかるとガチャンと鈍い金属音が鳴る。


『やはりこれは鉄ですね。

 しかしなぜこのような複雑な形に』


『知らん。まず出口はどこなのだ。

 行き止まりのようにみえるが。

 風とやらはどうした』


『そのような、生娘じみた風は知りませんが。

 出口は間違いなく近いはずです』


「隠し扉か何かがあるんじゃないか?」


『では、それを見つけるのだ』


「デカいだけであまり役に立たないなぁ」


『おい、なにか言ったか』


「ああ、大きくて無用だと言ったぞ」


『き、聞き流してやったものを!!』


「偉そう、いや偉いのかもしれないが。

 偉いのなら、なぜそれに見合った寛容な態度を取らないんだ?」


『この我が、ここまで散々お前を助けてやった我が不寛容だと?』


「それを言うなら僕に助けられもしただろう。

 人は助け合うことでお互いに得をする。

 うちの村のおさは僕らから作物や織物を取り立てるが、柵をつくり蛮族を追い返すし、秋になれば自らで狩った若い雌鹿を村のみんなに振る舞う。凶作の年は蔵を開きもする。

 だからふんぞりかえっていても、僕たちは彼を嫌わない。

 そういうものだろう。

 だから何もせずに、ああしろこうしろと言ってくるお前はあまり好ましくない」

 

『ふはははは。

 言うではないか。

   ───ぶち殺すぞ小僧』


『なにを普通に言い負かされているのですか。そんなことよりも、この広間に仕掛けがあるかどうかを調べましょう。

 この鉄の塊も気になりますけど』

 

『ならばお前の言う通り、道を切り開いてやろう』


『まさか。忘れたのですか。

 この男は魔力を供給できないのですよ。

 それに』


『アーカーブ。くれぐれもこのガキを死なせるなよ』


 魔剣が赤黒く輝き出す。それに共鳴するように男の下履きの中、魔蛆の卵が鼓動する。


『我の切先を前方まえへと突き出せ』


「こうか?」


『わたしを魔剣に沿うように!いますぐに!』


(魔蛆の卵から流れ出した魔力の残滓を使って!なんて下品な魔術行使やりかた!)

 

「わ、わかった」


 男は腕を伸ばし、その二振りの剣を突き出す。


 聖剣と魔剣はまったくの同時、一切の術式構築をすっ飛ばし、神代を戦い抜いたその異能さを存分に発揮する。


腐食ノ槍コースティカ

睡蓮の護りテーレ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る