聖都動乱編

第5話 崩れ落ちる迷宮

 気性の荒い馬がそり返り立ち上がる。

 しかし編隊は整然としたまま、騎乗したものたちは一点を見つめている。その場に集まった100余名はどれもこれも偉丈夫であり、鍛え抜かれた肉体は鉄の鎧に包まれながらも存在感を放っている。

 聖都十二騎士団サリューイ隊副隊長、グロカスは木箱を集めただけの壇上に立つと重い口を開いた。


「ついにこの日が来た。

 みな知っての通り、これから我々は迷宮最高層の攻略を開始する。

 無論、生きて帰れる保証はない。


 しかし!!


 このままなす術なく、聖都が奴らに蹂躙されるのを黙って待つことは、私にはできない!!


 我々の紋章を見よ。

 

 この黒鉄の槍は、我らが王国を脅かす敵の頭蓋を貫く最強の槍騎隊であるという証左である。


 益荒男どもよ。必ずや迷宮ダンジョンを陥落せしめ、聖都への侵攻を阻止するのだ」


 漆黒のプレートを身に纏い、タルのような兜をつけた騎士たち。

 男の据えた匂いと、馬の糞の匂いが混じり合った空気が充満しているが、兜の隙間から見える目は、爛々と輝いている。


はらわたをこぼせども槍を突き出せ!


 戦友ともの屍を踏みつけてでも前へと進め!


 我らは死を恐れず、目の前の敵を蹂躙するものなり!」

 

 彼らは獣のような喊声かんせいをあげ、今にも彼らの前方にある地獄の門、迷宮ダンジョンの入口へと突撃せんと手綱を握る。


 その鉄をもかす人の熱が最高潮に達した時、愛馬に跨ったグロカスが戦神の名前を叫ぶ。

 

 それを合図にその騎馬隊は大きく口を開いた迷宮ダンジョンの入口へと飛び込んで行った。


 その瞬間であった。迷宮ダンジョンを揺るがす轟音が響いて、砂煙が立ち込める。


「早速きたか!!いや、これは」


「副隊長!!」


 その地鳴りは迷宮ダンジョン高層から伝播し、入口へと雪崩れ込む彼らにも届いた。


「全員、停止しろ!」


 そう叫びつつも、勢いに乗った彼らはそう簡単には止まらない。


 追い討ちをかけるように、前方から崩壊が始まった。


「引き返せ、崩れるぞ!!」


 先頭近くを走る男が叫んだ。


 広い空間で、決して密集していたわけではないが、一本道であるため、次々に隊員同士での衝突や、驚いた馬の暴走が起こる。


「撤退、撤退だ!」


 聖都最強と謳われる騎士たちは、崩れ落ちる迷宮から、命からがら逃げ延びたのだった。


◆ ◇ ◇


「なら、この度の迷宮陥落はサリューイ隊によるものではないんだね」


 執務室の椅子に座る男は、青白く光るナイフで伸びた髭を剃りながら、部下の報告を聞いている。

 

「ええ、彼らは下層部の入り口付近にいたそうでして。残念ながらこれといった情報は手に入らなさそうです」


「うん、ご苦労だった」


「これから王宮の方へ?」


「説明責任を果たすためにね。といっても、私も、あの執政官たちも、今回のことはなにがなにやら」


「たしかに驚きましたが、迷宮の陥落は我々の悲願であったわけですから、素直に喜んでいいのでは?」


「相変わらず君は能天気だなぁ」


「そういう人格を買って僕を採用なさったのは隊長ではないですか。

 古くなったから崩れた、だけではいけませんか?」


「なるほど、君が生まれたのは聖都変遷よりも前のことだったね。

 なら、あれがどういうものなのか知らないのも無理はない」


「話には聞いていますよ。

 あの正体不明の巨大な構造物は、その昔、南方の海から突如現れた謎の巨大生物が、昔の聖都とその四方の山を呑み込んでできた。それを迷宮ダンジョンと呼ぶと」


「ああ。しかし、実際に目にした私などからすれば、あれは我々のよつな矮小な生物なぞとは大きくかけ離れた存在のように感じる」


「まさか隊長も、あれを作ったのは神であるとお考えなのですか?」


「そうは言わない。けれど、それぐらい恐しいものだと思えてしかたがない。

 だからこそ、なぜあれが崩れ落ちたのか知らなければいけないような気がするんだ」


 男は身なりを整え席を立つ。


「サイハト隊長殿、王宮へ向かうのでしたらその腰に提げたものはお預かり致しましょう」


「おっと、私としたことが。どうやら動揺しているようだ。

 こういう時、君のような神経の図太いものがいると本当に助かるよ」


 サイハトはその気のいい青年にナイフを渡す。


「それ、全然、褒めれてないですからね」


◇ ◆ ◇


 太陽を模したステンドグラスを透過して日の光が差し込む。 催事の時にのみ開かれる部屋であったためか、どこか古びた香草のような匂いがしている。


 侍女たちは直前まで知らされていなかったらしく、突然の来客に慌てふためいていて、どこかの部屋で陶器の割れる音さえしていた。


 そんな喧騒を聞きながら、大部屋には召集を受けた6名、いや5名の隊長たちの姿がある。


「この数年で王宮へ招かれ、こうやって集まったのは三度目か。王の戴冠式、あの男の受任の儀、そして今回。

 滅多に顔を合わせることもないから、お前たちの名前や顔も忘れてしまったぞ」


 壮年の、やたらと鋭い雰囲気をまとった痩躯で長身の男が、鷹揚とテーブルから林檎を手に取り、それをかじる。


「では、御自分から自己紹介なさってはいかがですか?」


 それを見ていた女、おそらく騎士団の隊長であろう彼女がその挑発を咎める。


「お前は見覚えがあるぞ。ウラヌスのところの小娘だな。

 初経は済んだのだろう?おれの隊の野郎にとつがせてやろう。遠慮することはない」

 

「いいのですか?ラザーム殿も愛人が減っては、夜が寂しいでしょう?」

 

「皮肉がいちいち癪に触るところも父親そっくりだな」


「お前たちはもう口を開くな。宮廷で騎士団の品位を下げるようなものは、我が首を刎ねる」


 仲裁に興が冷めたらしく、二人は口論と呼ぶべきかどうか悩ましいその罵り合いをやめ、お互い距離を取って背を向ける。


 仲裁した巨漢の隊長は、残る2名の隊長たちと当たり障りない挨拶を交わす。


 それから少しして、大部屋の扉が遠慮気味に開いた。


「あれ、私が最後か。

 隊舎の位置関係からして最初に伝令を聞いたのは私だったはずなのに。

 皆さん、良い馬をお持ちらしい」

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