第4話 繭

 城壁は湿潤なこの地下の洞窟にあって苔に覆われているが、無数に積まれた青白い石の群れは昔日の堅牢な姿を思わせる。

 男はその魔剣と聖剣で出来た杖を地面に突き刺した。


『普通に邪魔ですね』


 聖剣は自らの発する光の指向性を操って、サーチライトのようにその城壁を照らす。


『おい、切り崩すなりなんなりできぬのか』


「そんな罰当りなことができるか」


 まず、男が壁に抜け穴を探すことを提案し、聖剣はもと来た道を引き返して別の道を探すことを進言し、魔剣がその両方に文句を言った。


 「引き返そうにも、どの横穴を通ってきたか思い出せない」という男の言葉で、一行はなんとか城壁に抜け穴はないかと探し始めた。

 

 だんだんと男の表情にも疲れの色が見え始めていた。

 

『気にはなっていたのですが』


 周囲を照らしていた聖剣が、城壁に張り付く男に尋ねた。


『あなたは転移術で唐突にここへと送られてきましたが、動揺や混乱が見られない。

 ただ、我々に怯えて従っている訳でもなければ、聖剣であるわたしの力に縋るわけでもない。

 道にでも迷ったくらいにしか思っていないような。その態度のせいでわたしはあなたの性質について掴みかねるのです』


「その問いの答えになるか分からんが」


 男は石の隙間を足場に少しずつ上を目指す。


「僕は山里の育ちなんだが、初めて知り合いの行商に連れ立って、栄えた街へ行った時に「周りと同じように振る舞え」と言われたことがあるが、それと同じだ。

 洞窟の勝手を知らんから、


(人間自体がそうなのか。それともこの男がず抜けて自我が薄いのか。

 どちらにしても、こちらからすれば好都合なのですが)


(不気味でもある)

 

『良い心がけです。わたしの言葉に耳を傾ければ、自ずと道は開かれるでしょう』


『抜け穴を探すと言ったのはあの男で、従っているのは我々なのだがな』


『柄のそばで喋らないでください。錆臭い』


『お前も変わらんじゃないか』


(確かにこの男。従順なようでいて、行動自体は少し独善的なような)


『魔力と聖魔力が均等なだけはあるな』


『おかげであなたのような駄剣をつかまされたあたり、不幸な男です』


 何千年もして飽きない両者の罵り合いが勃発したころ、男が城壁を随分と登ったあたりから声を上げる。


「ここに通れそうな隙間がある。ただ、お前たちを持って上がるには新たな工夫が必要だと思う。

 登りながら考えたんだが」


 魔剣と聖剣は男の言葉を聞いた時、奇しくも似たような屈辱的瞬間の襲来を予感した。

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