第2話 魔剣と聖剣とモブ

『協力だと?

 この後に及んでか?

 そもそもそんな方法があるのならばどうして早く言わないんだ』


『あなたの助けを借りるのに葛藤したのが500年。あなたを助けるのが不快だからというので500年。

 熟考した分の一千年をまるでなんの考えもなしにという言い方は気に入りませんね』


『お互い様ということか。

 よい。話だけは聞いてやろう』


『わたしの柄頭に埋め込まれた聖魔力の宿った宝玉を用いるのです。

 聖剣の使い手であった我が主人が、わたしを転移させ呼び寄せるためのものですが、今となっては使い途がない。

 しかし、宝玉自体にも特別な転移術が施されています。これを応用し、本来、聖魔力を用いて行う転移を、ありったけの魔力を注ぎ込むことで暴走させるのです』


『暴走するとどうなる?』


『我々の持ち主に足り得る何者かが召喚される。かもしれません。ただし、成功したとしても、魔力の量からして1人だけでしょう』


『話ぶりからして上手くいくのは五分かそれ以下。しかも、1人だけとは。

 それが我を使いこなせるとも限らん。

 だが、いいだろう。混沌と不条理こそ我ら魔族の本懐である』


『現在の地上を支配している種族には心当たりがありますが、魔力と聖魔力の両方を宿す、おそらくあの魔王の落胤おとしだねでしょう』


『人間か。あの恥知らずの一族が。いや、だからこそとも言える。

 なるほど、ならばお互い悔いはないな。

 召喚された人間が、果たして魔の力を有するか、それとも。

 わかった。魔力を貴様に貸そう』


◆ ◇ ◇


『持てるすべての力を宝玉へ』


『くれぐれも、我を出し抜こうなどと考えるなよ』


『言われなくとも、暴走を制御することなど出来ませんよ。

 では、始めましょう』


 その二振りの剣から魔力が吹き出し、あまりの密度から空間が湾曲しているようにさえ見える。

 その無秩序に流れ出た魔力は、聖剣の柄にある宝玉のもとへと収束していき、光り輝くそれ触れた瞬間に記号化され呪文となる。


〈穏やかなるもの〉


〈湖畔の精霊〉


裏七曜星うらしちようせい


何処いずこよりきたれり』


 芸術的なまでに簡略化された美しい呪文の機能美に酔いしれる暇もなく、赤く光り輝く宝玉が転移術を稼働させる。


 本来ならば黄金比を思わせる曲線の幾何学模様であるはずが、魔力による干渉を受け逆五芒星の魔法陣が現れる。

 

『相変わらず悪趣味な紋様ですね』


『そんなことよりも、くるぞ』


 魔法陣は洞窟に亜空間を生じさせ、ぽっかりと空いたその虚空から大量の水が流れ出始める。


『おい、海にでも繋がったんじゃないだろうな』


『そんなはずは。

 あ、出てきましたね』


 擬音で表すのなら、ボロンというように、不完全な狭い転移魔法の穴から、1人の男が転がり出てきた。


 その男が、生まれたての草食動物の赤子のように力なく地面に落ちると、魔法陣も役目を終えて消え去る。


『出てきかたが大変に気持ち悪いな。これは成功なのか?』


『あ、起き上がりましたよ。

 話しかけてみましょうか』


『おい、抜け駆けするんじゃない』


 聖剣は自らの剣体を、この時のために隠し持っていた聖魔力をふんだんに使い、煌々と輝かせた。


『お、おまえ。我から魔力を吸い取っておきながら!!』


『さあ、こちらへ歩み寄り、とりたまえ。我は聖剣。

 其方をここへと呼び寄せたものなり』


 暗闇を照らす光が、転移された男を照らした。


「う、あ」


『どうしたのですか。早くこちらへ』


「眩しいから。光るのやめろよ」


 土を叩いたような、低く、無感情な声が洞窟に響いた。


『な、なるほど。そうですね。しかし、こういうのは雰囲気が大事だと』


『墓穴を掘ったな。

 おい、小僧。近くに寄れ。この紅蓮の炎を見よ』


 魔剣はこの時のために出し渋っていた魔力を用いて、自らを宙に浮かび上がらせ、周囲に炎の渦を生じさせた。


「こっちか?」


『ま、待ちなさい』


『その、ボロを纒いし見窄らしい姿は魔族にふさわしい。小汚いが、故に本質的ともいえる。

 さあ、我を手に取るのだ』


 男は、燃え盛る炎を諸共せずに、魔剣に近づき、それに触れようとする。


「くっさ。なにこれ。

 ゴホッ、ゴッホ。

 ヘドロを燃やしたみたいな匂いがする」

 

 不快そうに顔を歪めて、魔剣から離れる。


「というか、こんな狭いところで火なんて起こすなよ。息苦しいし」


『な、なんだと!?』


「そもそも、剣が喋るなんて気味が悪いしな。さっさとこんなところからは出よう」


『じ、事情を説明させてください。

 まずはわたしの話を聞くのです』


 聖剣は男の注文通りに、光量を絞り、暗闇で場所がわかる程度のささやかな輝きを放っている。


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