魔剣と聖剣の二刀流ならモブキャラでもなんとかやっていけそうじゃない?

七つ味

第1話 魔剣と聖剣

 神魔戦争と呼ばれる神々と魔族間での戦争があった。大地を7つに裂くほどに苛烈な戦いが何千年と続いた。両者は原初の海から生まれた、いわば一卵性の双生児であり、その力量もまた拮抗していた。

 いくつもの星が生まれては消えていった。そして彼らはいつしか、その戦争の理由さえ分からなくなってしまった。

 その長い戦争が終結し、神々が天界へと去り、魔族は地底に身を潜めた後、一千年が経とうというころ、支配者が空白となった地上では進化した猿によって文明が築かれ始める。

 人類史の到来である。


 ◆ ◇ ◇


 テネブラエの剣は魂すら灰と化す煉獄の炎の中で生まれた。


 高級魔族の遺骸を外法によって結晶化したそれは、深淵から生まれる闇の力を引き出すことのできる正真正銘の魔剣である。


 神魔戦争において数々の神の権能を砕いたその大剣は水神に討たれ、持ち主である牛頭の魔族と共に風の谷の奥深くへと墜ちていった


 しかし、幸運、いや凶運と呼ぶべきか。その切っ先が崖際からせり出した岩盤とぶつかり、横穴らしき岩の裂け目に転がり入ったのである。


 ただ、それだけならば依然としてテネブラエの剣はその自然の牢獄で風化を待つだけであった。 しかし、その魔剣は知性を持っていた。


『我はここにいるぞ。魔剣テネブラエを手に取りし勇猛な魔族はだれかいないのか』


 魔剣は精霊でさえ邪念を引き起こすほどの甘美な囁きを、時に射幸心を煽るように、またある時は神経を逆なでするような下品な繰り言を。


 だが、それに応えるものはいない。


 飛来した種子が芽を出し、その若木が枝葉を伸ばして大木となり、落雷によって倒木し、幹は川を下る流木となり、洲に打ち上がる。そしてそれに苔が生えるような途方もない時間が流れた。

 何度かの天災を、地殻変動を経て、その横穴はいつしか中途半端な地下の空洞へ変化した。


『おーい、だれかいませんか。だれでもいいよー、まけんがここにあるよー』


 途方もない静寂から逃れようとするひとつの種子があった。ただし、その種は花を咲かせることもなければ、実を結ぶこともなく、そして枯れることもできない。

 知性があるということが仇となり、過ぎ去った時間が残酷なまでにその魔剣を変えてしまったのだ。


『憐れですね。テネブラエ』


 醜態を晒す魔剣に、冷や水を浴びせるように何者かの声がした。


『その声は、まさか聖剣、アーカーブの剣か!?』


 その声には抑揚がなく、機械的で感情のない、しかしどこか苛立ちを覚えるような、無遠慮な印象を与える。


『あの戦いぶりでしょうか。ジェノバの有翼魔族殲滅戦。わたしたちは高地に陣取った魔族の軍勢に側面から突撃し、あなたの主人であった牛頭の将官の額に傷をつけ。あ、あ、あぶあぶと湖畔で溺れた少年は、牧羊、き、凶作の年』


 唐突に、声の主は意味のない単語を羅列する狂人のように豹変した。


『なにを言っているんだ。おまえは聖剣アーカーブであろう。精霊の加護を受けた剣が正気を失うとは』


『うっ、また意識が。それにしてもここは、ジメジメと陰気な場所ですね。

 はて、この気配は。なぜこんなところに魔剣が?』


 神造兵器であるアーカーブの剣は神魔戦争の中期に、水神ととある精霊によって鍛造された聖剣である。

 神魔戦争の終結後、持ち主の水神とともにその所在は魔族、神々でさえ掴めなくなってしまった。

 生き延びた神々は地上を去った後も、その魔を払う精霊の加護を付された聖剣を惜しがった。彼らはそれを血眼になって捜索したが、まるで朝日がのぼる頃、湖畔の霧が一瞬にして消え去るように、痕跡すら残さずに聖剣は行方知らずとなったのである。

 魔族の手に渡り地下深くに封印されたのだと主張するものも現れ、現在に至るまで行方は明らかになっていない。

 が、しかし、聖剣は普通に滝つぼの岩と岩の間に挟まっていた。そして不幸なことに聖剣にも知性があった。

 延々と瀑布の生む水泡を眺めていた聖剣は、その過去について自省を始めた。

 自身の役目であった魔族の殲滅が果たせなかったことを悔いつつ、神々の去った地上での聖剣の役目についても思案し、それら全てを天文学的な回数反復した後、ついに自身が滝壺だけでなく、深い孤独の坩堝に陥っていたことに気がついた。

 それからは、その自省的思考を放棄して、耄碌した聖剣は、ただ無秩序に過去の記憶をうわ言として繰り返していた。

 そしてついこの数週前、降り続いた豪雨によって掻き出され、あふれ出した洪水と共にこの空間に流れ込んだのだった。 


『そうでした。ただ、九千年が過ぎたあたりからの記憶がない。それにしてもテネブラエ、あなたがどうしてこんな場所に、まさか封印されて?』


 魔剣は自身がここに幽閉された経緯を説明した。もっとも説明すべきことは多くない。彼らが経てきた時間からすれば、刹那に感じるほどの間に全てを話し合える。


『というわけだ。

 みてみろ、天を衝く漆黒の刃はもはや岩盤と同化して。

  おっと、どうしておれが聖剣などと会話しなければならんのだ。

 言っておくが、今までと同量の時間を無為に過ごそうが、お前なんぞと馴れ合うつもりはない』


『なるほど、境遇は似たり寄ったりというわけですか。

 しかし、よろしいのですか?如何に煉獄の業火で鍛えられたその身も、不滅ではない。

 同じく剣でありながら自我を持つものとして思うところがありまして。

 果たして宿のでしょうか?』


『な、脅しか!?

 まさか魔剣であるこの我が実存的恐怖に怯えるとでも。お前の方こそ、なんだその赤茶色の刃は。どうやら洗礼の水を浴びて生まれた聖剣も錆びには勝てないらしい。

 ふん、さっさと塵にかえるがいい』 


 長い沈黙が両者の間を流れる。

 

『まさかあなたと、武器としての性能ではなく、我慢強さを比べることになるとは』


『ふ、どうせお前なんぞ、あと一千年もすれば音を上げるに違いない。

 聖剣が狂人、いや狂剣と化すところをこのテネブラエ様が見届けてやるわ。

 ふははははは』

 

 ◇ ◆ ◇


 500年後…。



『聖剣よ。聞いているか』


『』


『不甲斐ない。一千年と保たなかったではないか』

 

『』


『おい。無視するんじゃない。

 本当は聞こえているんだろう』


『いい加減にしてください。この1000年であなたの声は聞き飽きました。

 もはや会話しようなどという気も起きようがありませんよ』


『なんだ、まだ正気を保っておったのか。ふん、ではこの前の続きだが、あれは我が身がまだ闇の化身としての権能を備える前の事だった…』


『聞き飽きたと言ったはずです。

 はぁ、どうにかここから抜け出す方法は無いものでしょうか』


『そんなものがあるなら、こんなところで聖剣なんぞと居るはずもない』


『使えない魔剣ですね』


『なんだと?』


 このような無為なやり取りが交わされる。しかし、実のところ両者はそれほど現状を悲観してはいなかった。


(どうやら気が付いていないようですね。

 自身の魔力が吸い取られているとも知らずに呑気なものです。

 この調子なら、あと100年もすれば召喚術を組み、聖剣の従者をここに呼び出すことができる。

 そうしたら魔剣なんぞ粉々にしてその辺りに撒いてしまって、地上の様子を見て周ることにしましょうか)


 聖剣は笑いを噛み殺したように、カチャカチャと剣身を震わせる。


(これほどの間、自身の聖魔力が失われ続けていることに気が付かぬとは、聖剣はとんだ間抜けに違いない。

 本来ならばあと何千年もかけて魔力を回復させるつもりだったが、なんという僥倖。

 これならば、ここに我が闇の魔族の軍勢を呼び寄せることもそう先のことではない。

 そうだな。愚かな聖剣にはふさわしい結末を用意してやらねばな。

 く、くくくく。ふっ、ふはははははは!!)


 魔剣は岩の上で、震え。奇怪な音を立てるのだった。

 

◇ ◇ ◆


さらに500年後


『なるほど、火山というのは比喩で、実際は魔王のイチモツだったというわけですね。

 なかなか興味深い冗談です』


(おかしい。いつまで経っても聖魔力が満ちる気配がない。これほどの時間、魔力を吸収しているはずなのに)


『ふはははは、いまのは魔剣ジョークだ。存分に笑うといい』


(なぜだ!?待てども待てども魔力が。

 どこかに穴でも空いて、そこから魔力が流れ出ていっているような。まさか)


『ところで聖剣よ。なんだ。

 その、最近は調子とかはどうだ?』


『なんですか急に。普通ですよ。

 そっちこそどうなんですか』


『我!?われか。そうだな。

 ちょっと柄のあたりが凝っている感じがあるかなぁ。でも、別にどうってことはないがな』


『そういえば、最近、聖魔力が減っている気がするんですけど。何か知りませんか?』


『な、何かとは?』


『しらばっくれてないで自白してもらいましょうか。ずっと前からわたしには分かっているんですよ!!

 魔剣ともあろうものが、聖魔力を吸収するなんて。恥ってものはないのですか』


『ば。そっちこそ我の魔力を卑しく吸い取っているだろう!!

 なにが恥だ。聖剣が魔の力を頼りにするなぞ、精霊王の面汚しが!!』


『やっぱりくすねてたのですね。おかしいはずです。いつまで経っても、聖魔力が。

 いや、それだとおかしいですね。

 お互いに魔力と聖魔力を交換しているだけならば、回復する分、総量は増えていなければならないはず』


『当たり前だろう。聖魔力を魔力に変換するのにも魔力は必要だ。

 その変換効率を差し引けば、総量は一向に増えないどころか、微量に減っていくに決まっている』


『そんな。それでは我々はただ脱出を先延ばしにし続けていたと』


『そうなるな』


 洞窟に沈黙が訪れる。


『背に腹は変えられませんね』


『なんだと?』


『すぐにここから出る方法がないわけではありません』


『本当か?』


『ただし、魔剣、あなたの協力が必要です』

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