斑曲輪(ぶちくるわ)の由来
今は昔のことでございます。
この村の北には大きな
この山には、
ですから打鞍の親たちは、決してわが子をひとりきりでは外に出そうとしなかったのです。
子どもたちが遊ぶときなどは、必ず大人が近くに立って、鬼熊童子に連れ去られないようにと、見守ることにしていたのでした。
*
人首山の
この屋敷ときたら、後ろの人首山を隠してしまわんばかりの大きさで、しかもその周りを囲む真っ白な
庄屋さんにはお
お縁は色が白く、
*
初夏の
お縁は父親である庄屋さんからおつかいを頼まれ、南の
「急がないと、夜になってしまう」
そんなことを、お縁は考えていたのです。
鬼熊童子の言い伝えのことも、もちろんありますが、何よりも彼女は、早く帰らないと家の者たちが心配するだろうという、純粋な気持ちからそう思っていたのでした。
集落が遠くに見える、
右手に
(こんな
お縁は不思議に思いながらも、その子のところに
「坊や、こんな時分に、ひとりぼっちでどうしたんだい? こんなところにいたら、人首山の鬼熊童子に、さらわれてしまいますよ?」
すると今度は、その子が反対に、お縁の顔を不思議そうに見つめたのです。
彼はくりっとした目をぱちぱちさせながら、こう言いました。
「おねえさんこそ、こんなところをひとりぼっちで歩いてたら、さらわれちゃうんじゃないの? その、鬼熊童子に」
ふと、下のほうへ目をやると、男の子の左足から、赤い
「……それは、血じゃないかい? たいへん、
「ああ、これ? 遊んでいたら、ちょっとね」
「ちょっとではありませんよ。どれ、見せてごらんなさい」
「ええ? いいよ、平気だから」
「平気なものですか。ほら、わたしに任せて」
「うーん……」
お縁は
「ほら、これで大丈夫よ。さあ、こんなところへいないで、わたしが送ってあげるから、家に帰りましょう」
「ありがとう、おねえさん。でも、いいんだ。さっき南は奥原の、
「……え?」
どうっ――と、
「きゃあっ!」
お縁は思わず、着物のすそで顔を隠しました。
「あれ――」
風がおさまって、ゆっくり手をどけると、あの男の子の姿は、どこにも見当たりません。
―― うふふ、おねえさん。このお礼は、必ずしてあげるからね? ――
どこからか、その声は聞こえました。
お縁が空を見上げると、東の石神村のほうへ、風の
「まさか、あの子が……鬼熊童子……」
お縁は背筋が寒くなって、逃げるように家へと走ったのです。
*
ところでこの村には、お縁の家よりはずっと落ちますが、大きな
この日もろくに
「……ああ、お縁さん……美しいですよねえ……ぜひ、わたしの
こんなふうに、
「若旦那さま、よろしいでしょうか?」
「なんだい、お兼さん?」
「
「ほう、盗賊ですか……なんとも、ぶっそうですねえ……わかりました。そう、親父どのに、伝えてくださいな」
「へえ」
お兼は
「……盗賊、盗賊か……なるほど、これだ……」
若旦那はパシンと、扇子で手を打ちました。
「これ、
「若旦那、なんぞご用ですかい?」
座敷からの
この男は
「これ、ちょっとこっちへ」
「――?」
「ちょっと、耳をお貸し」
「はあ……」
若旦那は何やら、五郎兵衛に耳打ちをしました。
「……なるほど、わかりやした。すぐに準備いたしやす」
五郎兵衛は何ともいやらしい顔をして、その場を去っていきました。
おそろしいことにこの若旦那は、
五郎兵衛には今夜さっそく
「うふふ、お縁さん。もうすぐ、わたしのものですよ?」
こうして若旦那の計画は、
*
「お縁の姫様以外は全員、
その日の
「みなさん、ちゃっちゃとやってくださいな。
若旦那は早くお縁を自分の手にと、手下たちに作戦の決行を
「よし、行くぞ――ん?」
五郎兵衛は奇妙に思いました。
いままでまったく気がつきませんでしたが、屋敷の大きな門の前に着物姿の
「なんだ、ボウズ? そこをどかねえか。さもないとお前なんぞ――」
五郎兵衛は少年を捕まえようと手を伸ばしましたが、その手はフッと奥のほうへ
ごぎゃっ――
「ひっ――」
この世のものとは思えないおぞましい音で、五郎兵衛の頭は
若旦那は思わず、のどの
「うふふ、おじちゃんたち、おいらと遊ぼうよ……」
男の子の目は、赤く
「おっ、鬼熊童子だあああああっ!」
「にっ、逃げろおおおおおっ!」
手下たちはすっかり混乱して、逃げを打とうとしました。
「みなさん、相手はたかだガキひとりです! 鬼だか何だか知りませんが、まとまって向かえば、やっつけられますよ!」
若旦那は必死で、手下たちを
「くそっ、ひるむな! かかれ、かかれえっ!」
手下たちはほとんど破れかぶれで、鬼熊童子に向かっていきました。
「ぐぎ――」
「あが――」
「ぎゃ――」
ある者は首を
それは本当に、子どもがお
三十名もいた手下たちは、こうしてあっという間に、
「くすくす、バカなおじちゃんたち……人首山の鬼熊童子に、勝てるとでも思ったの?」
鬼熊童子は血まみれになった口もとを、ペロリと
「ひっ、ひいいいいいっ!」
ひとりだけ残された若旦那は、落ちていた『
「ほい」
鬼熊童子はそれをやすやすと受けとめたのです。
「返すよ」
『槍』は若旦那の口の中に
「はーあ、つまんないの。でも、おねえさん、『約束』は果たしたからね? くく、くくくっ……」
どうっ――
一陣の風が吹いて、鬼熊童子は人首山へと帰っていきました。
*
明くる朝、ひとりの
米問屋の若旦那をはじめとする、
そして、真っ白な曲輪に点々とついた、おびただしい血――
それはまるで、『
「ああ、なんとおそろしい……これはきっと、人首山の鬼熊童子のしわざに、違いない……」
村人たちはこの屋敷を、『
お縁はといえば、「鬼熊童子に
そしていつしか、この打鞍の土地は、『
いまでもお縁の血を引く者には、鬼熊童子がそばについて、しっかりと守っているそうです――
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