六車輪(ろくしゃりん)の由来
今は昔のことでございます。
初夏としては
この荷車は源蔵が奪った宝をいくらでも積めるようにと特別に作らせたもので、なにせとても大きくしてしまったものですから、
とにかく
これが
源蔵はといえば、お宝の中から
「おい、
源蔵が名を呼ぶと、後ろのほうから
「お
その青年は
彼は
首から
「奥原まではあと、どれくらいだ?」
源蔵はアザミの葉のようなギザギザの口ひげをもぞもぞと
「この歩みなら、日が暮れるまでには着けるかと思います」
彦佐はとても頭が良く、
「ふむ、わしは腹が減った。早いところ奥原に宿を取って、うまいご
「そのような、お頭。この荷での山歩きで、皆はすっかり参っております。せめて少し休ませてからでは……」
「うるさいぞ、彦佐。お前を拾ってやった
「そのように申されましても……」
そのとき――
「おや、あれは……?」
「あーん?」
向こうからひとりの老人が、こちらへやってくるのに気づいた彦佐に、源蔵は首を
その老人はしわくちゃの
ごつごつとした
能面のように動かないその顔に、
「これこれ、お前さん。ちょっとすまんが、わしの話を聞いてくれんかの?」
老人は酷くしゃがれた声で、源蔵にそう問いかけました。
「なんだ、貴様は? 汚いジジイだな」
源蔵は
「わしはこの山に住む、
「だからなんだ、ジジイ」
奇妙なことを言うものだと、彦佐は気味が悪くなりました。
しかし源蔵はそんなことなど、どうでもいいというふうに答えたのです。
「旅に出る前に、腹ごしらえでもと思ったのじゃが、お前さん、何か食うものをくださらんかの?」
「はあ? 何を言ってやがる。貴様のような死に
「そんなことを言わんと、ほんの少しでいいんじゃよ」
「しつこいぞ、ジジイ。わしを怒らすのなら、
腹を満たしたいらしい老人を、源蔵は
しかし
「まあ、お頭。このご老体は、お困りの様子です。
「
「金か。わしはそんなもの、持ってなどおらんぞい」
「けっ、しけてやがる。なら、とっとと失せろ。わしは金にならんものになど、興味はないわ」
すると老人は、にわかにへらへらと、
「ほう、なら、こういうのはどうじゃ?」
「なんだ、いったい?」
老人は山道の北側にある、草の
「ほれ、そこに小さな
源蔵は口をすぼめて、しばらく考え込んでいました。
「それはまことの話なのだろうな?」
「さあ、わしは話に聞いただけじゃでのう」
「ふん、信じられんな。だが、確かめる値打ちはある。ジジイ、そこへ案内しろ。その宝物とやらが本当に見つかれば、貴様に好きなだけ、飯を食わしてやろう」
「おお、それは確かかいの?」
「くどいぞ。俺は金にかかわることだけは、
「わかった。さあさあ、こちらへ」
老人はゆっくりと先に立って、その
「お頭、この荷はどうしますか? ここへ置いたままでは、誰かに見つかって、盗まれてしまうのでは?」
「なーに。こんな山道、そうそう人は通らんさ。それより、彦佐よ……」
「はい、なんでございますか?」
「宝があるのを確かめたら、あのジジイはすぐに打ち殺せ」
「なんと……しかしそれでは、話が……」
「あんな老いぼれに、
「ですが……」
「わしの言いつけが聞けんのか?」
「め、
仕方なく彦佐も
しかし彼は、なにやら
それは、ひょこひょこと先頭を歩く老人の
*
しばらくと言われながら、けっこうな長い時間、源蔵たちは歩かされました。
深く暗い杉林が突然
「なんという、
彦佐は思わず、後ずさりをしましたが、源蔵はといえば、ずいずいとそのエンジの木のほうへ近づいていきます。
「ジジイ、本当にここで
「ああ、そうじゃとも。さあ皆の衆、どうぞゆるりと宝を探されよ」
老人は
「おい、お前ら。この辺りをくまなく探せ!」
こうして源蔵一味のお宝探しが始まったのです。
手下たちは
源蔵はといえば、手下たちにすべてを任せ、自分はエンジの木の、太く張った根のところにゆうゆうと腰かけ、
彦佐もしぶしぶ、
「あっ!」
「どうした、彦佐?」
「お頭、何かに当たりました!」
「おお! きっとそこに違いない! 皆、彦佐のところを掘り起こせ!」
しばらく皆がそこを掘り返していると、なんと、出るわ、出るわ。
源蔵ですらこれまでに見たことのないほどの、
源蔵は老人のことなどすっかり忘れて、その美しい宝の山に、スケベ
しかし彦佐は、ふと気がつきました。
あの老人の姿が、どこにも見当たらないのです。
「ひっ!」
「どうした、彦――」
エンジの巨木の、その大きな「
「わしが食いたい飯とはな、お前さんがたのことじゃよ」
老人の顔になったエンジの木は、その
源蔵や彦佐、そして手下たちは、恐怖のあまりすっかり腰が抜けて、その場へ
「いやいや、もう腹が減っての。なにせ、あの盗賊をいただいてから、かれこれ百年は何も食っておらんでのう」
「な、なにっ! それでは、まさか――」
源蔵は震える声で、そう叫びました。
「大名のお屋敷から盗んだというのは、確かじゃよ。そやつがわしに食われる
エンジの大きな実がぱかりと口を開いて、源蔵をたちどころに食らってしまいました。
残った手下たちは、足をもつれさせながらも、われ先にと、このあやかしから
しかしエンジの枝がそちらへ伸びて、彼らは次々と笑う
「あとはお前さんだけじゃの、ひひ」
最後に一人残された彦佐へ向け、その
体を
「ぐ、ぬう……」
エンジの妖怪が、急に苦しそうな
「……貴様、けったいな守りを持っておるな。
あやかしの枝はそのまま、彦佐の体をはるか
*
彦佐が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていました。
「いったいあれは、なんだったのか……恐ろしいことがあるものだ……」
彼は最初にいた、六車輪の荷車を置いてあった場所で眠っていたようです。
その手は確かに、あの形見の守り袋をしっかりと、握りしめていたのでございます。
*
その後、急いで奥原へと下った彦佐は、ことのあらましを村の衆へ話して聞かせました。
村人の話によると、
山に迷い込んだ者をかどわかして食らう、おそろしい妖怪とのことでした。
明くる日、彦佐は村の衆に頼んで、くだんの六車輪の荷車を運んでもらい、助けてくれたお礼にと、金銀財宝のすべてを彼らに分け与え、自分は盗賊の身分から足を洗い、その地に根を下ろしたのです。
そしていつしか、この奥原という土地は、「
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