犬を飼うつもりなんてなかった。濡れた落ち葉を踏む感触なんて、考えただけでぞっとすると思っていた。


 なのに今の私は、黒雲のような大型犬のリードを握り、共に公園の遊歩道を歩いている。毎朝のように。雨の日も晴れの日も、変わりなく。


 ジョンは恋人の犬だ。だが、彼女が一身上の都合で彼の世話の一切を放棄したがために、私がこうして深刻な散歩中毒者に付き合う羽目になっている。三食の世話も、そればかりか下の世話だって(!)。

 いつか、たっぷり不満をぶつけるために、私は手紙をしたためている。出す当てのないまま、分厚い手紙は何通もデスクに積み上がっていた。


「ようジョン! 彼女のお城が見えたぞ!」


 私たちは小高い場所に辿り着く。見事に紅葉したカエデ林の間から、真っ白な建造物の頭が覗いていた。彼女は今、病院にいる。結構な期間が経っている。私は彼女の病室に出向いては、消毒薬くさいお城からずらかったあとのプランを話した。いくつもいくつも。


 けれども、彼女の死後にジョンの所有権が私に移る手続きは済ませてあった。お互いにひどくゴネたが、それでもやった。この、ご機嫌な黒雲の幸せな犬生のために絶対必要な措置だったから。どうかこの一連の騒ぎがまったくの無駄足に終わりますように。あの日、私はそう祈りながら署名した。


 そして私は踵を返し、ジョンと一緒に明るいオレンジ色に塗りたくられた道を戻る。彼は草の香りのする空気を吸いながら、早朝に歩く楽しみを教えてくれた。苦境に寄り添ってくれる、物言わぬ最上の友でもあった。


 けれどもこの喜びを知らないままでも、きっと私は幸せだったろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る