6.コラボ配信開始と、想定外。
「アタシの配信は陳腐な前口上は挟まない。元々、そういうのが嫌いなタチなもんでね。……エイトは、そのあたり異論ある?」
「いいや、ないよ。ただ仮面だけは前もって付けさせてくれ」
「はっ! たしかに、あの『支配者』がこんな童顔だったら笑えるからね」
「ど、童顔って……」
撮影機材の準備中のこと。
事前にやらなかった分だけ入念に、俺たちは多めに言葉を交わしていた。とはいっても、ほとんどレヴィのペースで弄られているだけだったが。今回はラストも入れた三人での探索を行うことで合意に至った。
もっとも、先の一件や今の会話の内容で――。
「あとは、ラストっていったっけ? アンタの方は問題な――」
「問題ありません。気安く話しかけないでください」
「……んだよ、このガキ…………!」
「お、おおう……」
少女はレヴィに対して、嫌悪感を剥き出しにしていたが。
火花が散るかのような睨み合いに、思わず慄いてしまう俺である。しかしラストの『保護者』として、ここは率先して前に出なければならない。
そう考えて、俺はあえて口を挟んだ。
「と、ところでレヴィはどうして配信者に?」
「どうして、だって……?」
内容はとてもありふれたもので。
矛先を変えるには、十分なものだと思われた。実際にしばらく考え込んだ彼女からは、先ほどまでの威圧感は消えている。
ただその代わり、表情には複雑な色が浮かんで……。
「別に、ただ――」
肩を竦めた後に、こう言うのだった。
「なくしたもの、探してるだけ」
◆
『お、始まった!』
『噂の支配者さまは、どんな感じだろうな』
『レヴィ最強! レヴィ最強! レヴィ最強!』
配信が開始されると、コメント欄には待ってましたとばかりに視聴者が集まる。
レヴィにとっては珍しいコラボ配信ということもあり、以前から某掲示板や各SNSでは噂になっていた。もちろん俺もそれを把握していたが、表示された視聴者数が二万人を超えたあたりで口角の引きつりを感じ始める。
このような場所で何かを語る配信者とは、なんと恐ろしいものか。
「どうされたのですか、エイト様」
「い、いや……大学の研究発表とは、比べ物にならないな、と」
「…………研究発表?」
ラストはきょとんとしていたが、少なくとも俺はそう思った。
だが、いつまでも尻込みはしていられない。いまの俺はレヴィと同じく配信者であって、同時にラストにとっては尊敬する『魔王』なのだから。
せっかく仮面を被ったのだ。
どうせやるなら、本気で挑まないと損というものだろう。
「さあ! それでは魔物たちよ、許可を与える!!」
俺はそう結論に至って、いつかの動画でやったように魔物を招いた。
するとその声に呼応するようにして、奥から姿を現したのは――。
「く……いきなり、デーモンか!?」
レヴィが舌を打って大剣を構える。
俺たちの前に立つのは、一体の筋骨隆々とした悪魔。分かりやすくデーモンと称されたそいつは、指先に鋭利な鉤爪をつけていた。触れる者すべてを切り裂くであろう得物に、しかしそれ以上に恐ろしいのは遠方から放たれる魔力弾。
俗に【ショット】と呼ばれているそれは、喰らえば容易く骨を砕くといわれた。
真っ当な判断をするなら、三人で相手になどできない魔物だ。
「アンタらは、下がってなよ」
しかし、日本最強配信者のレヴィは違う。
最初こそ舌を打つが、いまはもう口元に不気味な笑みを浮かべていた。どうやら闘争本能は失われていないらしい。だが、それより先に俺が動いた。
「下がるのはキミだ。……レヴィ」
「なんだって……?」
俺はゆっくりと前に出ると、そっと彼女の肩に手を置いて告げる。
何故ならいまの自分は『支配者』なのだ。
「さあ、対話をしようじゃないか。……デーモンくん?」
例に漏れず、この悪魔も手懐けてみせる。
そう意気込んで笑みを浮か――ゴオオオオオオオオオオ!!
「へ……?」
その瞬間だった。
頬をなにか、強力な光が掠めていったのは。
肌が剥き出しになている箇所は、いまの一発で軽い火傷を負った。
「え、いや、あの……デーモン、さん?」
【ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
「うええええええええええええええええええええええええええええ!?」
その直後、咆哮を上げるデーモン。
俺は大慌てで奴さんから距離を取るのだった。
「なんで!? 前はドラゴンを従えられたのに!!」
「落ち着いてください、エイト様!」
そして困惑を隠せずにいると、声をかけてきたのはラスト。
少女はしばし考え、こう言うのだった。
「まさか、と思っていました。ですが、間違いなく――」
荒れ狂うデーモンを見据えながら。
「この池袋の魔物は、何者かの『洗脳』を受けています」――と。
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