4.鍛冶代行サービス。






「今日はどうされるのですか、エイト様」

「さすがに武器が素の金属バットだけ、ってのも不安だからな。念のため装備品を整えようかと思ってさ」

「装備品、ですか?」



 実家近くにある中で最も大きなダンジョンにて。

 俺は撮影に協力してくれたドラゴンたちから、様々な献上品を受け取った。彼らの鱗だったり、最奥で採掘された巨大な魔素結晶だったり。ダンジョン関係のサイトで価値を確認すると、少しばかり身を引くくらいの価格。だから池袋のダンジョンに向かう前準備として、ありがたく使わせてもらおうと考えたのだった。



「えっと、WEBサイト情報だと、たしかこっち……?」



 そんなこんなで、実家から車を走らせること小一時間。

 比較的田舎であった我が家から見ても、さらに幾分か田舎に足を突っ込んだような場所にやってきた。長閑な田園風景の中、必死に目的地らしい家屋を探す。

 ナビも機能しないので、思った以上の苦労だった。そして、



「あぁ、ここか! ――天目あまのま鍛冶代行サービス!」



 たどり着いたのは、本当に一般の民家と大差のない木造の建物。

 申し訳程度の『鍛冶代行サービス』という立て看板が置かれており、俺が探していた店であるというのが見て取れた。ここはその名の通り、ダンジョンを探索する者たちの装備品を作成する鍛冶屋。素材と魔素があれば既製品よりも安価に武器などを作れる、という話だった。



「すみませーん! 昨日、電話させていただいた会田ですー!」

「……誰も、出てきませんね」

「おかしいな……」



 インターホンもないので、車を降りた俺は玄関先で声を上げる。

 しかし、ラストの言うようにまるで反応がなかった。思わず首を傾げつつ俺は再度、大きく息を吸って――。



「すーみーまーせーん!! 昨日、電話させていただ――」

「うっさいわ、ダラ!? そんな大声出さなくても、聞こえとる!!」

「いってぇ!?」

「エイト様!?」



 声を張り上げた瞬間だ。

 完全に不意打ちで、側頭部に拳骨を喰らったのは。

 視界がチラつく中でどうにか持ちこたえ、俺は声のした方を見た。するとそこに立っていたのは、筋骨隆々な上半身を露にした一人の男性。短く刈り上げた頭に鉢巻を巻いた彼は、酷く不快そうにこちらを睨んでいた。


 年齢は俺とそう大差ないだろう。

 しかし体格には雲泥の差があるようで、あるいは二メートルを超えているのではないだろうか。そこに加え、鍛冶でついたであろう天然の筋肉には無駄がなかった。

 顔立ちはまだまだ幼さが残っているので、何ともアンバランスだけど。



「エイト様に何をするのですか!?」

「……ラ、ラスト!? 落ち着いてくれって!!」



 そんな相手に、少女は珍しく声を荒らげた。

 いいや。荒らげたというよりも、凄んだというべきかもしれない。背筋が凍るような声色に、ふと彼女が人間ではなく魔族なのだ、ということを思い出した。

 こちらを守るように前に出たラスト。

 このまま彼女が手を出せば、相手は怪我で済まないかもしれない。



「しかし、エイト様……!」

「ありがとうな。でも俺たちは喧嘩しにきたわけじゃない、だろ?」

「……むむぅ」



 そう考えて、俺は慌てて少女の肩に手を置いてなだめた。

 するとラストは俺の顔を見て、やや不満げに頬を膨らせている。それでも理解を示してくれたらしく、渋々ながら後方に控えるのだった。

 そんなこちらの様子に、相手は鼻を鳴らす。



「なんけ、久々に威勢の良い奴がきた思ったんに。……それとも、兄ちゃんが嬢ちゃんの代わりになって喧嘩でもするん?」

「いえ、そんなつもりは――」



 今度は彼の誤解を解かなければならない。

 そう思って、必死に笑顔を作った。するとそのタイミングで――。



「何してるんですか、ハジメさん!? せっかくのお客様なのに!!」

「あぁ? 客ってなんよ、オレは聞いてないぞ」

「昨夜、お話ししましたよ!?」



 何やら、今度は割烹着姿の女の子が割って入ってきた。

 濡れ烏のような黒く美しい髪に、染み一つない白い肌をしている美少女。円らな黒い瞳にしっかり涙を湛え、半べそをかいた幼い顔はへにゃへにゃになっていた。背丈はハジメと呼ばれた男性の臍くらいだろうか。少なくとも、ラストより大きかった。


 俺はその子の声を聴いて、ふと通話越しの人物のそれを思い出す。

 なるほど、俺の対応をしたのはこの子だったか。



「……あ、すみません! お客様をほったらかしで!!」



 そう考えていると、女の子は慌てて姿勢を正した。

 そして、礼儀正しくお辞儀しながら名乗る。



「僕は金屋カナコです! このお店の庶務を担当しています!」

「あー……鍛冶担当の天目ハジメだ」



 ついでに横腹を小突かれた男性が、そう続いた。

 これが鍛冶代行サービスの二人との出会い、だったのだが……。



「…………」

「ラスト、まだ怒ってるのか?」

「え、あ……いいえ。ただ少し変だな、って」

「少し、変……?」



 ラストが何やら意味深に、こう言うのだった。



「まぁ、害がないなら問題なし、でしょうか……」――と。



 




「おおお、これが噂に聞くドラゴンの鱗け!? 魔素の結晶ってのも、こんだけ大きくなると迫力あるなぁ!!」

「これを使って何か、武器を作ってもらえますか?」

「おう、任せとけ!! ……ってことは、何ができるか――」



 奥に通されて俺が素材を見せると、ハジメさんの目の色が変わった。

 ウキウキしながら鱗を手に取ってはしゃいだかと思えば、次は仕事モードに入ったらしく、ブツブツと独り言を口にしながら自分の世界に行ってしまう。声をかけても反応がなく、カナコさんも呆れていたので平常運転なのだろうか。



「納期は五日後で、よろしかったですか?」

「あぁ、そうですね。そこまでに間に合えば、嬉しいです」



 そう思って苦笑していると、カナコさんがそう訊いてきた。

 畳の部屋で行儀よく正座した彼女に答えると、こんな声が返ってくる。



「大丈夫だと思いますよ。ハジメさん、仕事は早いし正確ですから」

「そうなんですね」



 褒められている当の本人は、自分の世界に閉じこもっていたが。

 しかし、同僚が宣言するとなると本当なのだろう。

 だったら期待しても大丈夫そうだ。



「それじゃあ、次に費用ですが――」



 そうして話は進んでいく。

 でも、ラストの表情は最後まで冴えなかった。



 






 ――一方その頃、池袋ダンジョンにて。



「はあああああああああああああああああああああああ!!」



 一人の女性が、大剣を振るって魔物を屠った。

 その様子は配信されており、コメント欄は一気呵成に盛り上がる。撮影班も思わず声を上げかけて、しかし女性の鋭い眼差しに諫められた。

 魔物たちが魔素の結晶へと還っていく中。

 女性だけは何か別の目的があるように、ただ真っすぐ先を見つめていた。



『さすが、ノンスタントの女王は伊達じゃねぇ!!』

『配信者最強ランキングも、すぐに更新されるだろ』

『絶対あの、いけ好かない仮面をぎゃふんと言わせてやれ!!』



 そんな彼女の様子にも気づかず。

 コメント欄は、いっそう早く流れ続けるのだ。


 喝采し、沸き立ちながら。



『レヴィ最強! レヴィ最強! レヴィ最強!』――と。



 日本現役最強の女性配信者――『レヴィ』の名を叫び続けるのだった。



 

――

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