2.なんか、思ってたのと違う。






「エイト様。どうしてシブヤのダンジョンに行かないのですか?」



 地元のそこそこ大きなダンジョンへ車で移動し、配信用のカメラを確認していた時のこと。初めての外出に緊張し切りだったラストだったが、どうやらここがSSSランクダンジョンでないことには気付いたようだった。

 首を傾げながら、そのように訊いてくる少女。

 俺はそんな彼女に一つ頷いて、聞きかじった程度の知識を披露した。



「俺たちはまだ、デビューしたばかりの配信者だからな。日本の法律だとSランク以上のダンジョンで結果を残さないと駄目なんだ」

「なるほど。ですが、ここは――」

「Bランクダンジョン、だな」



 するとまた、ラストはきょとんとする。

 出会った当初こそ妖艶な雰囲気だったが、いまはもう素に戻っているのだろう。すっかり年相応の少女、といった振る舞いをしていた。

 しかし俺としても、そちらの方が接しやすい。

 そんな感想を抱きつつ俺は説明を続けた。



「ま、要するに段階を踏め、ってことさ。……あ、今回はまだ音声は乗らないから、何かあったら声かけていいからな」

「わ……分かりました!」



 カメラを手渡すと、また少しだけ緊張したように肩を張るラスト。

 こうして俺たちにとって、初めてのダンジョン配信が始まったのだった。





「えーっと……これは、考えてなかったな」



 ――だが、いきなり問題が発生する。

 意気揚々とダンジョンに足を踏み入れたまでは良かった。

 配信も順調。コメントもしっかりと確認できたし、デビュー配信にしては視聴者数もそれなりに伸びているように思えた。

 だが、まさか……。



「肝心の魔物が、出てこない……」



 そうなのだ。

 これは実家のダンジョンでも起きた現象なのだが、何故か俺の目の前には魔物が姿を見せない。仮に見つけられたとしても、すぐに逃げてしまうのだった。

 原因が分からないので、対処のしようがない。

 そう思い俺が頭を抱えていると、当たり前のように言ったのはラストだった。



「それは当然ですよ。エイト様に謁見するなんて、普通の魔物たちからしてみれば越権行為も良いところですから」

「越権行為、って……」



 それでは困るのだけど。

 自分が何者であるかさえ不明瞭な今としては、苦笑を返す他なかった。たしかラストが初対面の際に、いつもと違う呼び方をしていた気はする。

 しかし、それが何だったかは思い出せなかった。



「でも、とにかく姿を見せてもらえないと取れ高がないんだよな」

「……ふむ。それでしたら、許可を与えてみてはいかがですか?」

「それは謁見の許可、ってことだよな」

「その通りです」

「…………」



 ……なんだろう。

 俺が思ってた配信活動と、かなり違うぞ。

 だけど、何はともあれ。魔物たちに出てきてもらわないと、ダンジョン配信者としての今後に支障が出てきてしまう。

 そう考えて、俺は仕方なしにこう宣言するのだった。



「あー……許可を与える!!」――と。



 音声は乗っていないから、きっとバレることはない。

 だけど、それはそれで問題だったらしく……。



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』



 勢いよく、ダンジョンの主であろうドラゴンが姿を現して。



『クゥゥゥゥゥゥゥゥゥン』



 俺の前で腹這いになって頭を垂れたのだった。

 その異様な光景は当然、全世界にリアルタイムで配信されるわけで……。



「エイト様、コメント欄が盛り上がってます!!」

「えっと……?」



 ラストが嬉しそうに見せた配信画面には、困惑する視聴者のコメント。

 そしてその中に、少女があの日に口にした呼称があった。




『これ、完全に魔王のそれじゃん』――と。







「……えっと。結果的に配信は盛り上がってるし、アーカイブの再生数も伸び続けているわけだけど」

「エイト様、どうにも浮かない表情ですね?」

「………………」



 小首を傾げて、不思議そうにするラスト。

 彼女としては俺が評価されているのが嬉しいらしく、どこか誇らしげではあった。

 だけど自分としては、完全に想定外の事態に陥っているわけである。その証拠として、アーカイブのコメント欄には一部、こんな言葉が躍っていた。



『やらせ?』

『音声ないし、加工動画かもね』

『人間が魔物を従えるとか、あり得ないって』



 これは、正直マズい。

 中には『魔王降臨!』というものもあったが、どう考えてもネタだろう。だとすれば俺たちのデビュー配信は、悪い意味で目立ってしまった、と考えた方が良い。

 そうなってくると、今後の配信にも悪影響が出てくるのは確実だった。



「これは、早急に対策を考えないといけないな」



 幸か不幸か、話題性自体はある。

 視聴者が離れないうちに、何か最適解を出さなければならなかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る