2.なんか、思ってたのと違う。
「エイト様。どうしてシブヤのダンジョンに行かないのですか?」
地元のそこそこ大きなダンジョンへ車で移動し、配信用のカメラを確認していた時のこと。初めての外出に緊張し切りだったラストだったが、どうやらここがSSSランクダンジョンでないことには気付いたようだった。
首を傾げながら、そのように訊いてくる少女。
俺はそんな彼女に一つ頷いて、聞きかじった程度の知識を披露した。
「俺たちはまだ、デビューしたばかりの配信者だからな。日本の法律だとSランク以上のダンジョンで結果を残さないと駄目なんだ」
「なるほど。ですが、ここは――」
「Bランクダンジョン、だな」
するとまた、ラストはきょとんとする。
出会った当初こそ妖艶な雰囲気だったが、いまはもう素に戻っているのだろう。すっかり年相応の少女、といった振る舞いをしていた。
しかし俺としても、そちらの方が接しやすい。
そんな感想を抱きつつ俺は説明を続けた。
「ま、要するに段階を踏め、ってことさ。……あ、今回はまだ音声は乗らないから、何かあったら声かけていいからな」
「わ……分かりました!」
カメラを手渡すと、また少しだけ緊張したように肩を張るラスト。
こうして俺たちにとって、初めてのダンジョン配信が始まったのだった。
◆
「えーっと……これは、考えてなかったな」
――だが、いきなり問題が発生する。
意気揚々とダンジョンに足を踏み入れたまでは良かった。
配信も順調。コメントもしっかりと確認できたし、デビュー配信にしては視聴者数もそれなりに伸びているように思えた。
だが、まさか……。
「肝心の魔物が、出てこない……」
そうなのだ。
これは実家のダンジョンでも起きた現象なのだが、何故か俺の目の前には魔物が姿を見せない。仮に見つけられたとしても、すぐに逃げてしまうのだった。
原因が分からないので、対処のしようがない。
そう思い俺が頭を抱えていると、当たり前のように言ったのはラストだった。
「それは当然ですよ。エイト様に謁見するなんて、普通の魔物たちからしてみれば越権行為も良いところですから」
「越権行為、って……」
それでは困るのだけど。
自分が何者であるかさえ不明瞭な今としては、苦笑を返す他なかった。たしかラストが初対面の際に、いつもと違う呼び方をしていた気はする。
しかし、それが何だったかは思い出せなかった。
「でも、とにかく姿を見せてもらえないと取れ高がないんだよな」
「……ふむ。それでしたら、許可を与えてみてはいかがですか?」
「それは謁見の許可、ってことだよな」
「その通りです」
「…………」
……なんだろう。
俺が思ってた配信活動と、かなり違うぞ。
だけど、何はともあれ。魔物たちに出てきてもらわないと、ダンジョン配信者としての今後に支障が出てきてしまう。
そう考えて、俺は仕方なしにこう宣言するのだった。
「あー……許可を与える!!」――と。
音声は乗っていないから、きっとバレることはない。
だけど、それはそれで問題だったらしく……。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
勢いよく、ダンジョンの主であろうドラゴンが姿を現して。
『クゥゥゥゥゥゥゥゥゥン』
俺の前で腹這いになって頭を垂れたのだった。
その異様な光景は当然、全世界にリアルタイムで配信されるわけで……。
「エイト様、コメント欄が盛り上がってます!!」
「えっと……?」
ラストが嬉しそうに見せた配信画面には、困惑する視聴者のコメント。
そしてその中に、少女があの日に口にした呼称があった。
『これ、完全に魔王のそれじゃん』――と。
◆
「……えっと。結果的に配信は盛り上がってるし、アーカイブの再生数も伸び続けているわけだけど」
「エイト様、どうにも浮かない表情ですね?」
「………………」
小首を傾げて、不思議そうにするラスト。
彼女としては俺が評価されているのが嬉しいらしく、どこか誇らしげではあった。
だけど自分としては、完全に想定外の事態に陥っているわけである。その証拠として、アーカイブのコメント欄には一部、こんな言葉が躍っていた。
『やらせ?』
『音声ないし、加工動画かもね』
『人間が魔物を従えるとか、あり得ないって』
これは、正直マズい。
中には『魔王降臨!』というものもあったが、どう考えてもネタだろう。だとすれば俺たちのデビュー配信は、悪い意味で目立ってしまった、と考えた方が良い。
そうなってくると、今後の配信にも悪影響が出てくるのは確実だった。
「これは、早急に対策を考えないといけないな」
幸か不幸か、話題性自体はある。
視聴者が離れないうちに、何か最適解を出さなければならなかった。
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