3.想起する欠片。
――その夜、珍しく夢を見た。
しかし、それは夢と呼ぶには妙に鮮明で。肌に触れる火の粉が持つ熱感さえ、手に取るように分かった。だからきっと、これは本当にあったことなのだろう。
月昇る雲一つない、星々煌めく良い夜のこと。
俺の目の前には一人の少女がいて、血塗れになりながら大粒の涙を流していた。
【……ラスト?】
彼女の名前を俺は知っている。
それは昼間に聞いたからではなく、もっと深い記憶の底で。俺と彼女はきっと、永い時間を共にしていたのだろう。
何故、そのように思うのか。
理由は単純だった。
【泣かないでくれ、ラスト】
余裕なく、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れる少女を見て。
俺はこんなにも、胸が締め付けられるのだから。今すぐにでも駆け寄って、大丈夫だと、そう伝えて抱きしめたいと思うほど。
だけど、それはできない。
これは夢だから。
夢の中で『人間は』行動できない。
あまりにも無力で、大切な者さえ救うことはできない。
そんな後悔や、苦心、そして苛立ちが痛いほどに胸を突き刺した。
【そうだ。俺は、彼女を知っている。そして――】
俺は知っている。
俺は覚えている。
ただ、その記憶はまだまだ欠けていて。
核心に迫るより先、俺の意識はまた現実に引き戻された。
◆
「……いらして、くださったのですね?」
「あー……そうだね」
――翌朝。
俺は目を覚ますと、すぐにダンジョンへ向かった。
そして息が切れて呼吸が乱れるのも気にせず、ただ一直線に彼女のもとへ。たどり着いた時、少女はどこか不安げにこちらを見つめていた。
そんな彼女の声に、俺は少しだけ素直になれずに頬を掻く。
「私、怖かった。……もしエイト様が、きてくださらなかったら、と」
「……うん、ごめんな」
そうしているとラストは、年相応の少女の表情で涙を流した。
昨日のような気丈さはなりを潜めて、ただ不安に押し潰されそうな女の子がそこにいる。彼女は何年も俺を待ったと話したが、それよりもずっと、たった一晩が長く長く、ずっと永遠のように感じられたのだ。
それを想うと、どうしようもなく申し訳なく感じてしまう。
でも、きっと違うのだろう。
俺はこうやって、ここに戻ってきた。
だから、彼女に伝えるべき言葉は――。
「…………ただいま、ラスト」
きっと、これだろう。
ただ一途に俺の帰還を待ち続けて、信じ続けてくれた女の子。
そんな彼女に贈るのは、何よりも感謝以外になかった。もちろん記憶の欠落が完全に戻ったわけではないけれど、それ以外に言葉などありようがない。
「エイト、様……っ!」
「おわ……っと!?」
ついに堪え切れなくなったのか、ラストは俺の胸に飛び込んできた。
強くこちらを抱きしめて、力なく膝を折る少女。そんな彼女に合わせて、俺もゆっくりと腰を落とした。滑らかな紫色の髪を撫でる。
すると彼女は本当に子供らしく、泣きじゃくりながら語るのだった。
「わたし、ホントに怖かったんです! だって、だってエイトさま、ずっと遠くに行ってしまって寂しかったから! わたしのこと、思い出してくれないんじゃないか、ってずっと……!!」
「あぁ、遅くなった。……ありがとうな、ラスト」
「……う、うぅ、うわあああああああああああああああああああっ!!」
そんなラストを抱きしめて、俺は感謝を伝える。
そうして、彼女が泣き止むまでそのまま。
俺は初めてなのに、ひどく懐かしく思う時間を過ごすのだった……。
――
ここまででオープニングです。
次回からダンジョン配信編に移ります。
お待たせして申し訳ございませんでした。
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