1.探索の末、辿り着いたのは。







「入口はずいぶん窮屈だったけど、中に入れば思ったより広いんだな」



 ――実家に戻って数日後。

 俺は簡単に装備を整え、庭にできたダンジョンの探索を開始した。一見して子供が悪戯に掘った落とし穴のようなそれに入ると、中には人間が二人ほど通れる道が続いている。魔素というものの正体はいまだ不明だが、呼吸していると身体に力が漲るような感覚があった。



「不思議な感じがする。……なんだ、これ」



 研究によると魔素が人体に影響を与えることはない、らしい。

 だったら自分に流れるこの感覚は、いったい何なのだろう。少し考えるが、俺は時間の無駄だと思い歩を進めることにした。

 しばらく行くと、道は次第に広くなっていく。

 それに伴って魔素の感覚も濃くなるが――。



「魔物、出てこないな……?」



 不思議なことに、噂に聞く魔物という怪物は出現しなかった。

 肩透かしを食らったような、どこか残念な気持ちになる。念のために持ってきた金属バットも、これでは何の意味もない。

 俺はしばし考え、仄暗い空間に向かって――。



「おーい! 人間がきたぞー!」



 ――きたぞー、きたぞー、たぞー、ぞー……。

 それなりの大きさで自分の存在をアピールしてみるが、むなしく木霊する俺の声。

 外敵の侵入を察知すれば、魔物も顔を出すかと思ったのだが違うらしい。とりあえず進むしかないらしいので、俺は一つ息をついてから足を前へ。

 すると、そのタイミングだった。



『ぴえ!』

「お?」



 何やら花のつぼみの形をした生き物が、岩陰からひょっこり顔を覗かせたのは。

 真っ赤な瞳をしたそいつは、興味深そうにこちらを観察している。どこからどう見ても、地球上の生物ではない。弱そうだが、こいつが魔物であるのは間違いない。

 俺は少しばかり興奮を覚えつつ、とっさにバットを構えた。

 そして、いよいよ初戦闘が始まる……と、思ったのだが――。



『ぴええええええええええええええええええええええええ!!』

「わ、すげぇ悲鳴!?」



 つぼみのような魔物は、大粒の涙を流しながら逃亡した。

 つんざくような悲鳴に思わず耳を塞ぐが、その隙に魔物は奥まで行ってしまったらしい。完全に見失ってしまった。

 俺はまたも盛大な肩透かしを食らって、大きくため息をつく。

 しかし、ここがダンジョンである確信を持つことができた。



「……まぁ、今さらモグラの穴だとは思ってないけど」



 それだけでも、収穫だろう。

 強い魔物がいるわけでもなさそうなので、俺はさらに進むことにした。そうしてしばらく、淡々とした時間があって……。



「う、わ……なんだ! 眩し――」



 ふと、微かな光がチラついた。

 そう思った直後だ。



「……え、なんだよこれ」



 俺の眼下いっぱいに、縦型の空洞が出現したのは。

 足元には螺旋状の階段が伸びて、上からはダンジョン内とは思えないほど綺麗な光が差し込んでいた。幻想的と一口に言うと安っぽいが、壁に埋まって輝く七色の鉱石に、淀みなく流れる滝の水はとかく美しい。


 いったい、この空間はなんだろう。

 そう思いながらも階段を降り、しばらくした時だ。



『ぐるるるるるるるるるるる?』

「う、わ!? 巨大オオカミ! しかも、三体だって!?」



 人間と大差ない、巨大な獣が姿を現した。

 俺はまた金属バットを構える。だが先ほどの魔物とは異なり、あからさまに肉食の気配を出す相手を前に腰が引けていた。

 距離にして五メートル。

 逃げようにも、もう遅いのかもしれない。そう考えていたら――。



「…………へ?」



 彼らは、何故か音もなく奥へと飛び退って行った。

 見逃されたのだろうか。しかしこんな格好の獲物を目の前にして、魔物がそのような判断をするのか。俺は専門家でもないし分からないけど、明らかに不自然だった。

 それに、あの魔物たちは俺を見て――。



「なんだろう。……招かれてる?」



 もちろん俺は、魔物の言葉を知っているわけではない。

 でも、そんな気がしてしまった。だから、



「行けるところまで、行ってみるか……?」



 覚悟を決める。

 そして、また一歩前へと進むのだった。



 




「……これ、本当に現実なのか…………?」



 そうして辿り着いたのは、樹々の生い茂る玉座の前だった。

 最下層まで届く、柔らかい木漏れ日には言葉を失う。足元には一本の道があって、しかしそれ以外には水が張られていた。いいや、正確にはこの場を彩るため、そのように設計されているのだろう。

 何もかも、計算のもとに。

 誰かを待つようにして、この空間は存在していた。



「………………」



 声を失い、ただ見惚れる。

 そうしていると――。




「ようこそいらっしゃいました。……魔王様」

「え……?」




 声のした方を振り返る。

 すると、そこにいたのは一人の美しい少女だった……。



 

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