同居人、健在。

「あ、俺の分の昼めしある?」

 なんで俺がお前の分の昼飯を買って帰ってくるのが当たり前のように言うのか、まったくわからない。

「いや、ないけど」

 短く答えた。できるだけ、冷静に答えたつもりだ。動揺なんてこれっぽちもしてません。と態度で示すべきだろう。

「そか、じゃあ、カップ麺でいいや」

 言うよりも早く棚からカップ麺を取り出している。いや、こいつの一挙手一投足に気を取られるのはおかしい。靴を脱いで部屋にあがった。壁掛け時計の秒針の音が嫌にうるさい気がする。

「てか、どしたのそれ」

 右半身にぐるぐるに巻かれた包帯を見て言っているのだろう。てか、どして生きてんのお前。と訊きたいのはこちらだが。

「豆腐の角にぶつけたんだわ」

 適当にあしらうしかない。

「豆腐にぶつけてそんななるわけねーじゃん」

 そうは言いつつもそれ以上深堀してきいてはこなかった。こいつとはこの程度なのだ。笑顔でカップ麺に湯を注ぐ男を後目に、座卓にどっかりと座り込んでやった。お前の居場所などあるものかと暗に言ってやった気分だ。おにぎりのフィルムを剥いてかぶりついた。いつも通りの味だ。うまい。

 同居人の男もカップ麺の蓋を開ける。明らかに三分は経過していないというのに。

「俺、バリカタ派なんだよ」

 訊いてもいないのに、カップ麺を啜るときいつもこの言葉を儀式のように唱える男はこいつくらいだろう。間違いなく、二週間と三日前から何も変わっていないエドその人だ。

「知ってるよ」

 箸で豪快に麺を掴んで啜り出した。見ていると嫌に美味そうだ。

 おにぎりも絶品だが、俺もカップ麺にすればよかったかと後悔した。明日はカップ麺にしよう。

「あ、紗々ササの袋とじ開けていい?」

 コンビニの袋を指差した。中に入っている青年誌を指しているのだろう。マイバッグを忘れたのがここでも効いている。薄いコンビニの袋はこれだから困るんだ。

「いいわけないだろ。自分で買えよ」

 好きなコスプレイヤーを共有した覚えはないのに、知らないうちに名前と顔を覚えたらしい。二人で一部屋に押し込められれば互いの一切合切がわかってしまうというのは宿命なのだろう。事実、俺はエドの好きな女優だったりタイプが手に取るようにわかっている。わかりたくもないが、趣味が合っているのは内緒だ。

「じゃ、俺はあとでアーカイブ見るからいいや」

 アーカイブはネットを介してるから規制が厳しい。その分、紙媒体は貴重だ。この男はそれをわかっていない。そんなことはどうでもいい。とにかくおにぎりを頬張った。今日はもう横になってしまおう。昼とはいえ、したいこともない。ゼミが俺の扱いをどうしたかは気になるところだが、兎に角、今は休息が欲しかった。

 バスタブに湯を張る。服を脱いで、包帯も取った。

 右半身の火傷痕は、嫌に気味が悪かった。直撃したらしい右肩から右の胸、腕、太ももの辺りまで、蚯蚓腫れが伝っていた。まるで右肩に別の器官ができて、そいつが根を張っているようだった。医者曰く、右肩は痕が残るかもしれないが、他の部位は徐々に目立たなくなるとのことだった。しばらくは様子を見ようと思う。

 それにしても、エドはなんで生きてるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

感電 維櫻京奈 @_isakura_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る