17:ズキュン!

 この度、俺は第一回天下一武闘杯にてチャンピオンとなった。

 初めての大会。初めての他流試合。トイレの前で殺されかけたこともあったけど……とりあえず、無事に全ての工程を終えた――そんな翌日。


「うー、気持ち悪いよー」


 町の宿で目覚めた俺は、猛烈な吐き気と、ガンガンと頭を打つような頭痛に悩まされていた……。


「まったく、情けない奴じゃ。われはまだまだ飲み足りぬぞ!」


 相部屋のニケは既に目覚めていたようで、俺の苦悩の独り言に対して、謎のマウントを取ってくる。ウザイ。

 初めての酒も、浮かれて舞い上がって調子に乗って、浴びるように飲んだ。別に美味しいわけじゃないけど、皆飲んでるし、あとなんか、ふわふわって楽しくなって、箸が転んでもめちゃくちゃ可笑しい。そんな気分になるのだ。


 その楽しみの代償を今、二日酔いという形で払わされている……。


「昨日の記憶が全然ない……大会が大盛況に終わって、そのまま後夜祭にまで雪崩れ込んだまでは覚えてるけど……」


「ほう! お主、まさかあんなコトをしておいて、何も覚えていないというのか?」


「……へ?」


 ニケが何か、言葉に含みを持たせてニヤついている。

 本当に悪い笑顔だ。子供のような体格でなければ、思わず手が出てしまいそうなほど憎たらしい顔つきをしている。

 あんなコトってなんだ……? 俺、酔っぱらって、はっちゃけ過ぎたか?


「ケケケ。まあよい。ほれ、いくぞ! 外で皆がまっておる」


「おいマジでその悪辣な顔やめろ! 怖いんだけど! 俺何したの!?」


 邪神はケケケと笑うのみだった。


 大会を優勝した後のことは、まったく覚えていない。もしかしたら、とんでもない無礼を働いてしまったのかもしれない。みんなの前に出るのが怖いぞ……。

 だが、そうも言ってられないか……。

 俺たちの旅は始まったばかりだ。怒られようと、軽蔑されようと、真摯に受け止めて、無礼を挽回していこう。

 意を決して、宿の外に出てみる。

 



「おーい! みんなおはようー!」


「お、おはよう、ソーマ……」


「マリー・ベルがなんかモジモジしてる」


 宿を出て、すぐに皆を見つけて、駆け寄りながら開口一番、元気に挨拶!

 マリー・ベルは、俺に目を向けると、ビクっと肩を震わせた。


「遅いわね。待ちくたびれたわよ、御主人様……じゃなくて、ソーマ?」


「おいご主人様ってなんだローラン姫」


 態度は相変わらずの第一王女……かと思えば、意味深な呼び名されたんだけど!?

 というか、二人の他に、昨日はトイレの前で戦った双子姉妹もここにいた。マリー・ベルとは同門と言ってたし、何も不思議ではないが……。


「ソーマ、貴方……昨日はウチら二人を相手に圧倒してみせるとか、凄すぎ。見境なさすぎ……」


「戦った時の話だよね?」


 サバッサがぎゅっと腕を抱えて、身震いした。

 それに圧倒っていうほどでもないよね? ギリッギリの辛勝だったよね?


「……うまく穴をついたよね。ヤバ……」


「戦った時の話だよね!?」


 リリィは太ももの辺りで手を組んで。異様にクネクネと身をよじった。

 穴を付いたってあれだよね!? 隙を見つけたって意味だよね!?


 ……俺昨日なにしでかした!?

 ちょっと混乱してきた……とりあえず、まずは今日の予定を済ませてしまおう……。


「じゃ、じゃあ俺たちは、ルマンド卿の邸宅に行くから、またな。二人とも」


 手を振って、なんか怖い二人から逃げるように退散する。

 が、振り向いた瞬間に、襟首をグイと引っ張られた。ぐえっ。


「……ソーマたちは王都に向かってるんでしょ? ……ウチらも王都にはちょくちょく呼び出されることがあるから、近い内に、また会えるかもね……」


「そ、そのとき、また……ね? ソーマ?」


「お、おう。また手合わせしような?」


「うん! だからそれまでは……これで我慢してあげる!」


 シュババ! と風を切る音と共に、瞬く間に俺は……服を脱がされた!

 なんで!? ああ! リリィがもの凄いスピードで逃げたっ! はっや! もう見えねぇ!


「え、ちょ! はずいっ! なにすんじゃい!」


「あ、じゃあウチのシャツあげる!」


 タバッサは「むふー」と満足げに息を漏らし、余裕の笑みでそんな提案をしてきた。

 いやいらんが……。と言う前に荷物から着替えを取り出して手渡してきた。


 ……これはもしかしてあれか?

 なんか他流試合のマナーというか、お決まりの儀式的なやつ?

 ユニホームトレード?


「上着交換したかったの???」


「うふふっ、またね!」


 俺の質問には答えてくれず、タバッサもまた、風のように去っていった。

 理由を聞けなかったの、なんかモヤる……。


「あの子達って、どこかアレですよね。昔から」


 マリー・ベルもどこか遠くを見る目でそんな風に言っていた。

 てことは、これがマナーとか儀式とかでもないんかい。

 ……行くか。ルマンド邸へ。


 その前にシャツシャツ……。




「よく来たねえ! チャンピオン! 素晴らしい戦いだったよ! わたしゃ感動したねえ!」


 出迎えてくれたルマンド卿は終始ご機嫌だった。

 ルンルンと飛び跳ねる勢いで客間まで案内してくれて、コーヒーも茶菓子もなんか豊富。甘くておいしい。

 コーヒーを一口すすり、ローラン姫がにこやかに応える。


「ルマンド卿のお力添えがあればこそですわ。ありがとうございますわ」


「特にラストバトルは……本当に、勝ってくれてありがとう。娘の仇をとってくれて!」


「ん? 娘?」


 咄嗟に言われ、ふと、誰か一人が思い当たった。

 思わず聞き返す。


「ああ、そうなんだよ。実はね……おーい、バーバラ、降りてきなさい! 何を恥ずかしがってるのだね!」


「ちょっ、パパ! 恥ずかしがってないわよ! 服が決まらなかっただけなんだから!」


 ルマンド卿の呼びかけに、二階からドタドタ慌てて降りて来る足音と、それと共に愚痴をつく女性の声がした。

 急いで客間に現れたのは、黒いドレス白いふわふわのファーを肩にかけた、美しくも猛々しい雰囲気を持つ女性。


「あっ、準決勝でチアンと戦ってた【大胆不敵フィアーレス】の……」


 バーバラだ!

 その立ち姿は慎ましいお嬢様のようで、しかし昨日の勇ましい武芸者の顔が見え隠れしている。

 巻いた黒髪のボリュームが、そのまま彼女の精神性を表しているようだった。よかった。昨日の辱めを受けたショックからは、立ち直れたようだな。


 彼女は俺の前で立ち止まると、なんだかもじもじとしてみせた。

 顔もどこか熱っぽく赤まっている。

 風邪でもひいてしまったかとちょっと心配したが、彼女が放つ言葉を聞くと、理由が分かった。


「……その、あ、あ、ありがと……とても、かっこよかったわ。……そ、それだけ!」


 そう言って、バーバラはまた走って二階に駆け上がってしまった。

 ……おいおい、照れるぜ。

 俺のファンになっちゃったってことか!?


「すまないソーマくん! 君の義憤に駆られた姿が、とても魅力的だったみたいでね。いわゆる、恋患いだよ。いやあ、ははは!」


「え!?」


「なんだと!」


「御主人様は渡しません!」


「お菓子おかわり」


 ファンじゃなくて……んん!?

 あと周りの奴らも変な驚き方してる!?


「ははは! もちろん、ソーマくんのような素晴らしい男には、すでに多くの恋敵がいることはわかっておるよ。ただ、うちの娘がここまで入れ込むのも初めてのことでね。娘を応援してやりたいのが親心。もし君がよければ、娘にチャンスを与えてやってはくれないか?」


「いやそんな、買いかぶりすぎです。俺がルマンド卿の御息女に、チャンスだなんて。一体何をすればいいのかも」


 そもそも恋敵なんて一人もいないのだ……。


「なあに、君の愉快な旅路に、ぜひともバーバラを加えてやってほしいのだよ。」


「む、キケンな旅です。お嬢様には酷かと」


 すかさずマリー・ベルが反対を述べた。

 だが、ルマンド卿は動じない。


「マリー・ベル殿。心配ご無用。我が娘の強さは、今回の大会で証明してみせましたからな。そこらの敵に遅れを取ることはないと思いますが」


「いや、危険なのはこのソーマという男のことで……魔王の邪心に囚われれば、なにをするか……」


 確かに、マリー・ベルの言うことは一理ある。

 でもこの言い方なんか嫌だな!


「昨日は酒によってその片鱗が顔を出した……というわけね。恐ろしい男だわ」


「だから俺昨日なにしたの!? ねえ、魔王の片鱗ってなに!?」


「あれを一言で表すなら……酒池肉林かのう……?」


「えげつない単語出てきた! こわい!」


 もはや何をしてしまったのか、聞くのが怖い。真実を知ってしまったら俺にどんな重圧がのしかかるのか、恐怖しかない!


「……ですから、マリー・ベル殿がおられるのでしょう? 四天王【斉天大聖】のお力、頼りにしていますぞ!」


 ルマンド卿はそれでも引き下がらない。まあ反対意見を言われて引き下がる程度のことなら、そもそも口にすら出すまい。

 言ったことは曲げない。曲げさせない。ルマンド卿からはそんな意地が見える。


「……ソーマ。君の意見は?」


 らちが明かないと、マリー・ベルは俺に問いかけた。

 まあ俺のための旅なんだし、俺に聞くよな、まあ、俺からすれば……アリなんだよ。


「正直、仲間が増えるのは助かる。不本意だが、この邪神と俺は一蓮托生。タバッサとリリィみたいに、突然正義漢が現れて、問答無用でこいつが殺されるなんてことになるのは、俺としては避けたい」


「われも、われの眷属が多いことに越したことはないぞ!」


「うーん、確かにそうだが……」


「ちょっと! 本人を差し置いて、なに話を進めようとしてんのよ!」


 話し合いの最中、またもやバーバラが二階から下りてきた。

 眉間にしわを寄せ、憤りを見せる。それに、ルマンド卿は困った顔をした。娘のために動いていたのに、迷惑だったのかと、少し思い悩んでいる様子だ。


「バーバラ……」


 名前を呼ぶ父に、プイっと顔を逸らして拗ねるバーバラ。

 無視されたことにショックを隠し切れないルマンド卿だった。


 そして、バーバラは、腕を組みながら俺の前にやってきて、顔を真っ赤にしながら、その言葉を口にした。


「……ふ、ふつつかな女だけど、せ、精一杯、あなたに尽くすわ。よろしくね、ダーリンっ!」


 なっ!? ダ、ダ……!


「ダーリン……!?」


 不覚にも、ズキュンときたぞ、こりゃ……!

 よしわかった。こうまで決意を固めた女の度胸。汲んでやらねば男が廃るっ!

 共に行こう! バーバラ!

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片田舎で修行してたら【最終魔王《ラスボス》】になった件〜メスガキ邪神の裏ボス願望に巻き込まれたら最強にならざるをえなくなりました〜 八幡寺 @pachimanzi

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