9:箱入りナマイキ王女をわからせる話

 食い逃げ犯の金髪少女を連行する最中、あまり公衆の面前でお縄についた少女を引き連れるのもあれなので、なるべく人通りの少ない路地を選びながら歩いていた。


 完全に少女への配慮なのだが、最初は大人しく従っていた彼女も、迂回路ばかり通るものだから、なかなか到着しないことに苛立ってしまい、ついには我慢の限界を迎えた。


「ええーい! いつまで歩かせるつもりですの!?

マリー・ベル! あなたねえ、これはどういうつもり!?」


「は? 何を豹変して……?」


 突然に怒声を浴びせられて戸惑うマリー・ベル。見ず知らずに呼び捨てにさえされて、少なくとも四天王という肩書を得てからは、あまり経験のないことだったろう。


 しかし少女はそんなマリー・ベルに対して、さらなる憤りを露呈させた。


「あなた、まさか、妾がこんなみすぼらしい恰好をしたくらいで、見わけもつかなくなるのかしら? がっかりだわ。妾に親身になって武芸を教えてくれたあなたの目には、妾ではない、何が映っていたのでしょうね」


 真冬の朝のように冷たい眼差しがマリー・ベルを襲う。

 左目の下にぽつぽつと、黒子が二つ見えた。

 瞬間、マリー・ベルの大声が「あっ!」と響いた。


「なっ!? そ、その二連涙黒子……ま、まさか……姫!?」


 驚愕しなから答えを導き出したマリー・ベルに、置いてけぼりの俺は横から尋ねてみる。


「姫って、どういう……?」


「この方はロゼント王国の第一王女。ローラン姫だ。間違いない」


 んん? 第一王女ってそれ……。

 めちゃくちゃ偉い人ってことなんじゃないか?

 なんでこんな片田舎に?

 あれでも、食い逃げしてなかった? なんで?


「いや王女様って本当に? 食い逃げしてたぞ? それに、その話が本当なら、こんなところで一人でいていいもんなのか?」


「確かに……なぜ、無一文でこのような場所まできているのですか。護衛騎士たちは?」


「私に護衛が必要とでも? そんなのいらないわよ」


  それを聞いて、マリー・ベルは頭を抱えてしまった。

 ほう、護衛など必要ないほどに武芸には自身があるということか。そういえば、マリー・ベルの鍛錬を受けていたと言っていたな。なるほど、自身の由来がわかる。

 ……いやだとしても、王女様一人はやっぱ危険だよなあ。


「……言い方を変えましょう。見張りの騎士は?」


「『無敵ダッシュ』で巻いてきた! ブイ!」


「はあ……」


 ローラン姫は誇らしげに言い放つ。

 ……『無敵ダッシュ』ってなんだ?

 マリー・ベルに訪ねてみた。


「ローラン姫の異名コードネームは【強靭無敵スーパースター】。その神力の前にはダメージは通らず、害意をもって触れるとオートでカウンターを食らうこととなる」


「なんだそりゃ。カウンターまでついてくるなんざ、俺の『闇の暗雲』の上位互換! 最強の異名コードネームじゃねえか!」


「そうよ。妾は最強なの。……てか、あなた誰ですの? 王女に対して不敬じゃなくて?」


 うわっ、嫌だなー。自分の地位を持ち出して問答無用で相手を萎縮させようとする王侯貴族。

 あまり関わりたくない……。

 マリー・ベルに助けを乞う。


「なあ、とりあえず、王女様ならどのみち憲兵に預けようぜ。面倒くさいのは邪神ひとりで十分だ」


「む!? なによその言い草は! というかあなたは誰だと聞いているでしょう! なんで無視するのよ! 不敬すぎるわ!」


 喋っても黙っても不敬不敬とたまったもんじゃないな……。

 仕方ないだろ、こちとら辺鄙なド田舎生まれるド田舎育ち。

 王族どころか貴族様とだって生涯無縁の人生なんだよ。

 ただ名乗れって言われたし、どうしよ。

 異名コードネーム持ちはそれも含めて名乗るのがマナーだ。


「……いい? 名乗って」


「うーむ、まあ、姫だけだし、いいか。こうなると姫はしつこい」


 そうか。うん、わかった。

 さぁこの名を聞いて、恐れ慄け……!


「王女様、申し遅れました。……我が名はソーマ。異名コードネームは、【最終魔王ラスボス】と申します」


「は? 【最終魔王ラスボス】? なによその出鱈目な名は!?」


 あ、文句は全部この邪神にお問い合わせください。

 俺、被害者なだけなんで。


「それに、言われて気づいたけど、その禍々しい神力は!?」


「ちなみにわれは邪神ニケ!」


「うわっ! あなたからも微量の邪悪な神力が!?」


「び、微量……」


 驚いてくれたのに、なんか落ち込む邪神だった。


「姫、彼はこの邪神にはめられ、魔王の異名コードネームを与えられた被害者なのです。そしてこの愚かな邪神は、神力を魔王に注ぎ込みすぎて実質的に無害。現在、彼の異名コードネームを変えるべく王都へ赴く最中なのです」


 簡潔でわかりやすくマリー・ベルか状況を説明してくれたので、話がスムーズに進みそうだ。

 本当に頼りになる。

 お財布事情以外は……。

 ローラン姫はうんうんも頷きながら話を聞いていて、最終的に、手をぽんと叩いて、「なるほど!」と元気に理解を示してくれた。


「ふうん、つまり……妾が魔王を倒して世界を救えばいいわけね!」


 うん違うね。


「違います」


 マリー・ベルも即座に否定するが、もう王女様は話を聞かない。

 その異名コードネームのように、まさに無敵の人となった。


「見てなさいマリー・ベル! 【最強無敵スーパースター】の名を掛けて、魔王をぶっ倒すわ!」


「はあ〜……。人の話聞かねえな。なあ、マリー・ベル。ちょっとやっちゃっていいか?」


 というか、すでに相手は臨戦態勢。無敵の名を冠する異名コードネーム持ちを相手に無防備に徹していたら、下手すりゃ死にそうだ。

 形式上は質問系にしたが、言いながら俺も、構えを取っていた。


「……ん? ソーマ? ま、待て、君、またなんか邪悪に染まってないか?」


「行くぞ魔王! 『無敵ダアーッシュ』!!! 相手は死ぬ!」


 ローラン姫は、まばゆくきらめく神力に満ち満ちている。あのタックルを喰らえば、問答無用でノックアウトだろうことを察した。暗雲は余裕で貫通されそうだな……。


 だが、俺は今、異名コードネームの拡大解釈を経て、魔王に対する解釈がより広がったのを感じている。


 俺は魔王。それも【最終魔王ラスボス】だぞ。

 そんな俺との戦いが、無敵の力で一方的にやられていいはずがない。


 その能力上昇バフ……没収だ!


「『凍て刺す慟哭ボッシュート』!」


 魔王の雄叫びは全ての神力を震撼させる!

 ローラン姫の無敵だって神力によるものなら……打ち震え、瓦解する!


 薄氷を割るように、パリンとあっけなく、彼女が纏っていた無敵の神力は消え失せた。

 あとはただ、走ってくる少女を鷲掴みにしてやればオーケーだ。


「え!? そんな、私の神力が……きゃっ!」


「捕まえたぞ王女様おおコラ。生意気言いやがって。お前なんか……!」


「ソーマ! 一国の第一王女だぞ! 手を出すな!」


 焦って止めに来たマリー・ベルだが、そんなの勝負の世界では関係ない。

 この箱入り娘のお嬢様に、人を舐め腐ったらどうなるか、思い知らせてやる!


「問答無用! こうだ!」


「きゃいん! 痛ったあい!」


 思いっきり、お尻を叩いてやった。

 パァン! と音を響かせるように手のひらの角度を調節するのがポイント。

 あとは狙いを定めて……打つべし! 打つべし!


「こうだ! こうだ! お尻ペンペンだ!」


「痛いっ! い、痛いよぉっ! はぁ、はぁ……これが、久しく忘れてた痛み……! 妾が求めていた感覚……!」


 百叩きの刑を終えて、俺の手のひらはジンジンと赤く脈打っている。

 もちろん、ローラン姫のお尻はそれ以上に赤く腫れて痛いだろうな。


 彼女はしばらくうずくまっていたが、やがて、涙とよだれに濡れた顔を拭いもせずこちらに向けた。

 恍惚の笑みを浮かべて……。


「はぁ…、はぁ……決めたわ! ソーマ、妾もあなたについていく!」


 なんで?

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