8:食い逃げ犯

「すまない、私が間違っていた。しっかり手順を踏んでから、徐々に異名コードネームの解釈を広げていこう。ソーマの異名コードネームは、あまりにも邪悪過ぎる。我が神シャカがいの一番に危険視したのも頷ける」


「うむう……」


 町について、盗賊団を憲兵に突き出すと、次は近場のレストランに入店。

 俺にとって、盗賊頭領との戦いは初めての他流試合。冷静に対処していたつもりだが、アドレナリンがドバドバ溢れていたのを、空腹感で実感した。


 山盛りのパスタ。それから、勝利の祝杯。マリー・ベルがささやかなお祝いと、ブドウ酒を注文してくれた。うーん、勝利の味はシブくて苦いぜ。


「まあ、良くとらえれば、私がいの一番に駆け付けられてよかった。というところだな! 私の筋斗雲がなければ、ソーマ、お前は今頃、同じようなヤカラを相手に魔王を『拡大解釈』して、異名コードネームに飲み込まれていただろう」


 それもそうだ。マリー・ベルが来てくれたのは、ただただ感謝しかない。今だって、こうして世話を焼いてくれるんだもんな。

 彼女がいなければ、俺はなんやかんや邪神のアドバイスだけを聞いて、言いなりの操り人形となっていたかもしれない。

 こいつ、ガワが幼女だしバカな発言多いからついつい舐め腐ってしまうのだが、こう見えて元は神。それも、自称ではあるものの、主神にまであと一歩まで迫ったというのだから、やはり油断ならない存在だ。


 邪神となったニケを倒し得る存在であるマリー・ベルには、感謝しかないな。

 話も分かりやすい。

 最高の師匠だ。


「名は体を表す。……だが、実体のない名はただの幻想だ。幻想に囚われてはならない。己を強く律し、異名コードネームを従えるんだ。ソーマ、君にならきっとそれができる。魔王と言えば皆がお前の顔を思い浮かべる。そんな男になれ」


「おお……! カッコイイな! そうなるよう、ガンバるよ! マリー・ベルの話は説得力があって、なんだか聞き入っちゃうな」


「ふふん、私はロゼント王国が誇る四天王の一人だぞ? ものを教えるのは慣れてるんだ」


 おだてたら気をよくしてくれた。案外ちょろい。


「へえ、弟子とかもいるのか?」


「いや、弟子はとっていないが、軍の訓練指導もしてるし、たまに国営の道場に顔を出してる。まあ、自分よりも年上に指導する場合もあって、ちょっとやりづらいところはあるんだけどな……ははっ」


「あーわかるー。俺も村出るときに【画竜点睛ファイナルフラッシュ】のじいさんとやるの実はめっちゃ気ぃつかったー!」


 しばしの談笑の間、ニケはもくもくとメシにありついていた。

 飯抜きはさすがに、幼女の見た目だし、世間の目もあって、仕方なく提供しているのだが、「またいつ飯抜きにされるかわからん! 食い溜めじゃ食い溜め!」と唸りながら必死に異にかっ込んでいる。




「さあ、そろそろ行くか。あ、ソーマ。すまないが、建て替えといてくれるか? 実は我が神シャカからは至急との呼びかけだったために、着の身着のまま、手ぶらできてしまってな。王都についたら返すから、頼む」


「えー? 俺だってあんま無いんだが……って、あれ? あんまりというか……あれ? 財布がねえ……?」


 てっきり彼女のおごりかと思っていたから、ちょっと焦る。慌ててポケットをまさぐるが……。ない。

 金がない。

 反射的に、ちらと邪神を向いていた。


「む? なんじゃ、なぜわれを見る? そんなコソ泥のようなちゃちな悪事をはたらくかー! 心外じゃ! まったく!」


「何も言ってねえんだが?」


「あやしいな」


 マリー・ベルも同調してニケを睨んだ。

 二人の視線に負けじと、ニケも身振り手振りで訴える。


「言わなくとも雰囲気でわかるわ! それにわれがおぬしの財布を盗むメリットなんてないじゃろ! どうせ奢ってもらえるんじゃし!」


「まあそうか。じゃあ、どこに落としたんだ?」


 可能性があるとすれば、盗賊頭領との戦いの最中……あ、そうだ。そういえば最終的に、マリー・ベルのタックルにぶっ飛ばされたんだもんな。

 あれか……? いや不確定な憶測だ。口に出すのはやめとこう。

 しかし、これじゃあ、ヤバいな?


「困ったな。このままじゃ食い逃げになってしまう」


「マリー・ベル。俺たちここで待ってるから、ちょっと筋斗雲で財布取りに行って!」


「えーっ! ……いや、お前たちを置いてはいけないな。また暴走する可能性がある」


「……明らかに面倒くさそうな反応された後にそれっぽいこと言われてもなあ……」


「とにかく……ここは冷静に、四天王である私の威光を利用して……」


「詐欺師みたいなこと言ってるこの四天王……」


 話がどんどん泥沼に向かっていく最中、俺たちよりも、なにやら深刻な話が店内で繰り広げられるのだった。


「さあ、思う存分お殴りなさい!」


 不穏な言葉に、そちらを向く。


「ん?」


「どうしたんだ、あの子?」


 マリー・ベルも彼女を向いて、首を傾げた。ニケだけがなんかニヤニヤしてた。

 他人の面倒ごとが好きなのだ。邪神だなあ。


「殴れったって、あんたねえ! お金もなく飯食ったんでしょ! 食い逃げだよ食い逃げ!」


「ええなので、体で払うわ! 思う存分お殴りなさい! どうぞ気のすむまで!」


「いやいや殴れじゃなくてね……」


 どうやら食い逃げらしい。犯人は金髪の、多少身振りのいいいで立ちをした少女だった。そこそこ、いいとこのお嬢様にも見える。

 言い争っている……のとは少し違うようで、どうも、その少女は金がないから殴って解決してもらおうとしているらしい。

 で、店主はさすがに女の子は殴れないと。

 そこへ、マリー・ベルの頭に、ピコーンと何かが閃いた。


「む、これはチャンス……! どうした、店の主人よ。もめごとか?」


「ああ? なんだあんた?」


「私は【斉天大聖モンキーダンス】のマリー・ベルという。四天王とも呼ばれてはいるが」


「あ、あなたがあの四天王の……!?」


「そんなことより、どうやらこの子は食い逃げだそうだな。どれ、私が憲兵に届けよう。それがいい」


「え? いえいえ! マリー・ベル様のお手を煩わせるわけには」


「構わん! どんな小さな悪事も四天王の名が許さん! よし行くぞ! この不届き者は責任をもってこの【斉天大聖モンキーダンス】のマリー・ベルがしょっぴいてくれる!」


 かくして俺たちは、食い逃げ犯を捕まえるという名目で、食い逃げをした。

 あんたの神が泣くぞ……。

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