第28話 パパ、このまま悪霊と化す?
父の死後は、それはもう惨憺たる有様でした。
父方の親類は大体皆性格が悪いのですが、その中でも大層性格の悪い親戚がおりまして。
その方がとにかく場を引っ掻き回しました。
詳しい事は怪談の趣旨から外れるので書きませんが、その方が喪主をすると言って予定されていた葬儀は諸々あって開催未定の延期となり、結局母や私の兄弟すら葬儀に参加出来ませんでした。
そんなとんでもない状況で私が何をしていたのかと言いますと、親戚に対応している母と弟の愚痴を聞きつつ、なんだか父が死んだ実感も湧かずに忌引を持て余していました。
元々葬儀の日程も会場も決まっていたのに覆されたので、長めの休みに入ってしまっていたのです。
遺体が何処にあるのかも知らず、葬儀の予定も立たず、警察も介入しているという混沌とした状況。
そんな中どうする事もできず、仕方なく自分の家で掃除などして過ごしました。
数日でやる事も無くなり、目を閉じます。
弟とやった、「家の中を目を閉じて一周する遊び」を思い出しました。想像の中で実家の玄関を開けて、家に入ります。
一階の書斎で、何か思案するようにブツブツと呟きながら、ウロウロと歩き回っている父が見えた様な気がしました。
とは言えそれは幼少の時から見慣れた父の仕草で、単に私が見たいと思ったものを想像してしまったのかなとも思います。
父は仕事の事で揉めるまでは妹を大変可愛がっていまして、逆に私や弟には興味を持ちませんでした。
他の話でも書きましたが、弟が自殺未遂をした時に、血塗れの弟に言った言葉が「あっそ」だったと言えば、父の異常さは伝わるかと思います。そんな話が他にもいくつかありました。
母や私達へのモラハラも酷いものでした。
大変プライドが高くて周囲の人間を馬鹿にしており、二言目には「ここは俺の家だ出て行け!」と言うので、結局皆出ていってしまった。そういう人でした。
診断をしていないので何とも言えませんが、恐らくは「自己愛性パーソナリティ障害」とか「サイコパス」とか、その手の名前が付く人だったのでは無いかなと思います。
とにかく他人の気持ちが全く読み取れない、しかし外面は良いという変な人でした。
かと言って、私と仲が悪かったかと言うと、実はそうでもありません。
興味が無い故に喧嘩もあまりせず、強いて言うなら、高校生の時に大好きなアーティストの曲を聴いていたら、「ビートルズのパクリだ」と言ってバカにされまして、その場で手元にあった自分のケータイを床に投げ付けて(壊れなくて良かった……)、その後一週間口をきかなかった……そんな事がありました。
逆に、喧嘩という喧嘩はそのくらいしかありません。
口答えすると二言目には「出て行け!」と言う父でしたが、口をきかないとなるとやり様が無かったようで、流石に少し反省したらしく、私は母から「そろそろ許してあげて」と言われて通常通りの対応に戻しました。
その後は「音楽をバカにすると良くない」と学習したらしく、私がラジカセにCDを入れて聴いていても何も言わなくなりました。
考えてみれば、そのラジカセを買ってくれたのも父でした。
興味を持たれていなかった故にそこまで悪い思い出も無く、かと言って良い思い出は片手で数えられるかどうかくらい。そういう何とも素っ気ない間柄でした。
私は父の死後、毎日母からの嵐のような愚痴を電話で聞いていました。
母も悲しみはまだ湧かず、戸惑いと親戚への怒りが勝っているという時期でした。
離婚前提に別居していたので、例の実家には父のものしか残っていませんでした。
片付けに行った方が良いかと聞いたら、「例の親戚が警察に『物が無くなった!』とか言って騒いでいるから、絶対に入るな」と言われました。
警察も当初「病死でしょう」という判断だったので現場の写真も殆ど撮っておらず、親戚の虚言に困っている様でした。
そんな異常な状況だったのですが、母と電話をしている最中、目の前をものが通りました。
強いて言うなら、肉塊の様なものでした。
鮮やかな肉色の塊が、目の前をゆっくり通り、直ぐに消えました。
ああ、父が来たなと思いました。
母はまだまだ電話で愚痴を言っていました。
その後直ぐ、夢に父が出てきました。
出てきたと言うより、私が父の所に行ってしまった、そういう感覚の夢でした。
集会所のような大きな畳間で、人が沢山居て、父はガラの悪い人達に「こんなに良い商売があるんですよ」とニヤニヤとしながら話をしていました。
父の顔色は赤黒く、空間全体が赤くて暗い、とても怖い夢でした。
私は父に見つからない様に、顔を隠しながら小走りでその部屋から逃げました。そこで目が覚めました。冬だというのに嫌な汗をベッタリとかいていました。
忌引を過ぎて、職場の人に労われつつ、葬式が無かったとは言えないまま働いていた頃、父の検死解剖が決まりました。
持病もありどう見ても病死でしたし、病院で死亡確認をした訳ですが、親戚が「嫁に殺されたから解剖して調べてくれ」と言い張ったそうです。
警察からそれを聞いた母は、そこで初めて「折角綺麗な身体が残ってたのに、お父さんが可哀想だ」
と言って泣いたそうです。
私はまた目を閉じて、実家を想像し、玄関の扉を開けました。
父は玄関先で頭を抱えて居ました。随分困っている様子でしたが、夢で見た時より少しまともそうに見えました。
「後悔している」そういう風に見えましたが、これも私の妄想であり、見たいものを見ただけかも知れません。
私は妹に電話しました。
幼い頃は気が強くておっかない妹でしたが、大人になってからは父親との仕事上のトラブルの愚痴なんかも良く聞いていましたし、私との関係は良くなっていました。
彼女自身も結婚し子供も居て、今やすっかり落ち着いた大人の女性です。
電話をしたのは、生前の父に「妹は感が良くて『視える』方の人だ」と聞いていたので、今現在父がどうしていると思うか聞いてみようと思ったからです。
「玄関のとこで頭抱えて悩んでるね。誰かに来て欲しいんだろうね」
やっぱりというか、彼女にもそう視えたそうです。
離婚寸前の壊れかけた家族と、母にずっとモラハラをし続けていた父方の親戚。
和解できる訳もなく、父の葬儀の知らせも来ないまま、日にちばかりが過ぎました。
母は警察の方から、「解剖が執り行われたが、やはり病死だった」という報告をいただいたそうです。警察の方もやはり例の親戚には大分悩まされたそうで、
「あの人はおかしい。現場検証はもっとちゃんとしておくべきでした。私達が何か持ち出したと言いがかりをつけられたりもしています。こちらもなるべく早く手を引きますから、奥さんもとにかくあの人には今後関わらない様にされた方が良いです」
と仰っていたそうです。ご迷惑をおかけして申し訳ない限りです。
そして、父は数日に一度は夢に出てきました。
内容ははっきりとは覚えていませんが、総じて「父が訳の分からない事を言っている」という悪夢でした。
四十九日を少し過ぎた頃、私は母をお墓参りに誘ってみました。
お葬式も行かずご遺体も見ていないので、未だ父が死んだという実感はありませんから、お墓に名前が入っているのを見て安心したかったのです。
そして、四十九日を過ぎても夢に見る父はやはり上がってはいなさそうで、このまま放っておくのは可哀想だとも思っていました。
待ち合わせの駅の近くに車を停めて待っていると、母が駅から歩いてきました。
私は助手席に座った母に言います。
「久しぶり。お疲れ様です」
「ほんと久しぶり。バタバタだったもんね」
「ママめっちゃ手ぶらじゃん。私お花とお線香持ってきたよ」
「えぇ……そっかそういう感じなんだぁ、とりあえずお墓に入ってるの見て安心する日だと思ってた」
私は不服そうに言う母の声にカラカラ笑いつつ、お墓に車を走らせました。
私が父の事を好きだったかと言うと好きではなく、晩年の別人の様な父に関しては普通に「もうこいつ本当ダメだわ」という感じでしたが、憎んでいるかと言われると、決してそうでもありません。
遥か昔、小学校から保護者向けに返信用封筒付きのアンケートが配られて、それを書いている父をコソッと覗き見た事があります。
何ページかあったようですが、その時書いていたのは、
「子供の命と自分の命はどちらの方が大切ですか」
という設問でした。
父は私が見ているのを意識していなかったと思うのですが、難しい顔で迷わず「子供」に丸をつけていました。
そういう僅かな思い出に縋り、私はモラハラサイコパスクソジジイたる父を愛していました。
たどり着いた霊園はびっくりするくらいの強風でした。
いつからこんな強い風吹いてたの?というくらい。
お墓を見ると、四十九日を過ぎて一週間以上経っているにも関わらず、まだ生気を感じる花が生けてありました。水の量からしても、二日か三日くらい前に生けたのかしら?という感じです。本当につい最近、父をお墓に入れたのでしょう。
名前もきちんと墓標にありました。
ちなみに仏教徒ではないので、戒名ではなく本名がそのまま掘られています。
まだ枯れてはいない花を母が指さします。
「お花どうする?」
「捨てちめえそんなもん」
私はへらへら笑いつつ言いました。なんせあの親戚が生けたものです。
私は早々に花を引っこ抜いて近くに設置されていた霊園のゴミ箱に捨て、お墓を水で流し、花瓶に新しいお水も入れて、自分で持ってきたお花を生けました。
「ヨリちゃんちゃんとお花持ってきて偉いねえ、お父さんも喜んでるよ」
「いやそうでも無くね?」
風はますます、ゴオゴオと強くなっていました。最早春一番みたいな風です。
怒っているのか拒絶なのか……まだこんな子供っぽいことをするのかこのクソ親父め。
母曰く、どうやら我が家の宗教的に線香は要らないらしいのですが、別にあげてはいけないという訳では無いでしょう。
それに、何かの怪談で、「亡くなった方は線香の煙を食べる」みたいな事を聞いた事がありました。だったらあげた方が良いでしょう。知らんけど。
ですが、新品のライターを持ってきたのに、風が強すぎて全然お線香に火が着けられません。
ずっとそんな調子なので、だんだんイライラしてきました。
「パパちゃん! ちょっと大人しくしてなよ! 線香要らんの!? 要らんならもう帰るよ!」
そう言うと、しゅん、としたように風が弱くなりました。
私はまだイライラしつつ、やっと火が着いた線香を仰いで炎を消して、煙を確認してお墓に供えました。
母と手を合わせます。
「パパちゃんは本当に
何処から目線だよと思いますが、そういう話を墓石に向かって結構大きい声でしました。
母は無言で目を閉じて、手を合わせて居ました。
そんな不遜な態度で良かったのかは知りませんがその日の晩、父が夢に出てきました。
あの忌まわしい借家でしたが、畳の部屋は明るく、父は正座をしていて、表情は仏の様に穏やかでした。
父はゆっくりと頷いて、言いました。
「もう大丈夫だ」
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