第26話 豪奢な和室の女
さてさて、お久しぶりでございます。
忌まわしき借家の話の続きを致しましょう。
私が高校生の時の話です。
私は米兵さんに散々絡まれた金縛りの際(※第7話参照)に、ハシゴ付きの高いベッドがほとほと嫌になってしまいました。
そうして、弟に交渉して、隣の豪奢な和室と部屋を交換して貰ったのです。
引っ越す前は異音がしたりしていましたが、住んでいる分には単に綺麗な和室で、当初そんなに嫌な感じはしませんでした。
しかし、部屋を換えてしばらく経った頃から、私は頻発する金縛りに悩む事になります。
真夜中、目が覚めると、或いは眠れぬ夜に、上から押さえ付けられる様な金縛りに遭います。
思い切り力を込めれば解けるのですが、解けたと思うとまた金縛り。
思春期で学校生活の悩みもありましたし、不眠症でしたから睡眠障害だと思っていました。
しかし、あまりにも多い。
一週間に一度はかかり、酷い時は一週間連続で金縛りに遭ったりします。
部屋を変えてもあまり意味がなかった……むしろ悪化した事に辟易しつつ、案外慣れるもので最早怖くは無くなったのですが、それでもとにかく疲れるし、眠れない。
バイトもしているし、専門高校故に課題も沢山ありましたから、私はいつも疲れ切っていました。
普段の会話の中で、なんとなく弟に聞いてみます。
「あの部屋お化け出た?金縛りが酷くて眠れんのよ」
「出る出る!俺夜に部屋入ろうと思って襖開けたら奥の窓の障子が開いててさあ、白い腕だけがめっちゃおいでおいでしてた!」
弟はそう言って、右腕を上下にブンブン振りました。
外は夜で、鏡のようになった窓ガラスに白い腕だけが映り、激しく手招いていたと言います。
「ええ……それはどうしたの?」
ちょっと引きながら聞いてみると、
「うわあああ!って言いながら慌ててバンって障子閉めて寝た!」
「嘘でしょ!? 良く入れたね……!?」
弟は良い奴ですが、ちょっとズレておりました。
「ヤバいべ、この家」
弟は笑いながら言いました。別におもしろい訳では無く、笑うしかないという感じです。
「ヤバいんだけどさあ……なんか親父はヤバくないって言うんだよ」
そうなのです。
例の自称見える人の父親、この家を非常に気に入っておりました。
「しょっちゅう金縛りに遭うしなんか怖い」
と訴えても、
「この家は俺が綺麗にしたから大丈夫だ。黄金の軍勢に守られているし、綺麗なお姫様が居る。きっと昔この辺りで亡くなった◯◯姫様だ」
とイマイチ話が通じません。いやいや私はしょっちゅう嫌な目に遭ってるし、黄金の軍勢って何。あと何で◯◯姫がわざわざこの家に居るんだよ。
「◯◯姫」というのは戦国時代にこの辺りのお城で自害されたお姫様です。歴史上の人物でして、郷土史に載っている様な人です。
しかしお城(と言っても小さなものです)は全然違う場所で、高校の友達の、更に友達の家でした。「△△ちゃんの家天守閣があるんだよ」と聞いた事がありました。地理的にも全く関係無さそうです。
「いやいやおかしいだろ」
と父親に言いますが、
「この家は綺麗だ」
の一点張り。
思えば父親も当初はこの家を気味悪がって居ましたから、その時は既におかしかったのかも知れません。
私と弟は、半ばヤケになって、「家の中に幽霊が居るのか分かる遊び」をやってみました。
手順は、目を閉じて、想像の中で家の玄関から入り、家の中を一周して見て回ると言うものです。
先ずは私から。
自分は家の中に居るので不思議な感じですが、目を閉じ、家の外、玄関の前に立ち、ガチャっと扉を開けます。
無人。
居間、台所、風呂、一階の部屋。
無人。
階段を上がります。
見上げると、階段の踊り場に、白い服の所謂貞子みたいな人がおりました。白い服はもしかすると着乱れた白い着物だったかも知れません。髪は長く、毛質はバサバサとしていました。
二階の部屋の入口の引き戸に手を付いて、じっと中を覗き込んでいます。
私は目を開けて弟に言いました。
「階段上がったとこ、女の人立っててそれ以上行けない」
弟は目を閉じるのを断念していました。
そんな日々を送っていた頃、私は夜中にふと目を覚まします。
身体が動きません。
動かないのは慣れていましたが、その日は様子が違いました。
左手だけが動いて、自慰の様に下半身を蠢いて居ました。
は?
ちょっと待って、え、気持ち悪!
パニックに陥っていると、耳元で女の声がしました。
「フフッ、アハハ、アハハハッ」
怖いを通り越して、私はブチ切れました。
何せ、当時はうら若き可憐な乙女です。
何でこんな痴女のクソババアに笑われてんだ?は?
「ふ ざ け ん な」
根性で怒声を出しました。
腹の底から怒っておりました。
このゴミクズ! アバズレ! とっとと地獄に落ちろ!
そういう気持ちです。
パッと金縛りが解けました。
私は自由になった身体で、なるべく大きく聞こえるように舌打ちをし、ブチ切れながらまた寝ました。
怒った事が功を奏したのか、それから金縛りには遭わなくなりました。
その後、私は平穏に過ごし、十八歳で専門学校に通うために家を出ました。
その後何年かして地元に戻り、数年実家に厄介になって結婚。また家を出ました。
私には何もありませんでしたが、この家の先住人は私にちょっかいをかけるのを止めただけで、実際はまだ色々影響を及ぼしていた様です。
そのお話は、また次回にさせていただきます。
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