忌々しいある借家

第24話 母が見つけて来た安すぎる借家


「たまたま不動産屋さんの前を通ったら、すっごく良いお家を見つけたの!」

 母が大喜びで帰ってきたのは、私が高校生の時です。


 聞けば、7DK、築古ですが、家賃は相場の半分強と言った所です。


 私の住んでいた町は片田舎ではありましたが、東京都内に通勤できる、いわゆるベッドタウンと呼ばれる住宅地でした。


 7DK、という間取りをどう思うかは、地方に寄ってばらつきがありそうです。

 私の母方なんかはど田舎の農家ですから、納戸や離れを合わせると最早何部屋あるのか良く分かりません。


 しかし私が住んでいた辺りだと、7DKというのはかなり部屋数が多かったのです。3LDK〜広くて4LDKが、周囲の一軒家の一般的な間取りでした。

 そして、そのやたら広い借家の家賃は、築古の3LDKと変わりませんでした。

 母は直ぐにその借家を契約しました。


 契約後のある夜、私は父親と車に乗って、その借家を見に行きました。

 大通り沿いにあり、夜でも明るい道。

 高校は少し遠くなりますが、自転車で通える範囲。しかも、部屋数があるので一人部屋が貰えます。

 外観は、思ったよりボロくありません。新しくもありませんが、普通の一軒家です。

 父が玄関の扉を開けます。

私はわくわくしながら家に入りました。

玄関はちょっと広くて、締め切った部屋特有の空気の淀みはありましたが、かび臭い感じもしなかったです。

 廊下の床は、昔の家らしくカーペットが敷いてありました。

 一階は台所や水周り、居間、あと居室が二部屋。

「古いし、壁紙とか好きに貼り替えて良いですよ」

 と大家さんが仰ってくれたとの事、しかも安いのでとんでもないオンボロな家かと思いきや、なんというか、「お金をかけて作った和風な内装」という感じです。

 見た事も無い、雲母の様なものと、和紙を混ぜ込んで作った深緑の土壁。

(雲母はキラキラした鉱物です)

 ガラスを嵌め込んだ昔ながらの建具の引き戸は、大工さんが丁寧に作ったものでしょう。

 違い棚を備えた床の間は、掛け軸や絵を楽しんだ気配を感じます。

 古いながらも、大変気品のある佇まいでした。

 でも、そうすると余計に家賃がおかしい。

 なのに、なんで誰も借りてないんだろう。


「ヨリ、二階に箒があったから持ってこい」

「わかった!」


 父は掃除が趣味みたいな人でしたから、ホコリか何かが気になったのでしょう。

 私ははしゃいだ気持ちのまま、一人で二階に駆け上がりました。


 二階には四部屋とトイレ。サンルームとベランダ。

 四部屋のうち一部屋は、竹や木材を組んで作った船底天井に、壁一面の床の間を備えた恐ろしく豪奢な造りの和室でした。

 そうすると、床の間がある部屋が一階と二階にある訳ですから、本当に立派なお家です。


 しかし、二階に入った途端空気は一変しました。

 寒い。

 締め切っているのに、兎に角ヒヤリとします。そして、何だか見られているというか、閉められた隣室から人の気配がする……様な気がする。

 兎に角ものすごく怖い。

 早く箒を探さないと。でも閉められた扉を開けるのは怖い。

 どうしよう、と思うと、サンルームに箒が立てかけられているのを見つけました。

 良かった、これで一階に降りれる!

 私はほっとして、カラカラと窓を開けて箒を取ります。

 そしてまた、窓を閉めます。


 背後を振り返れない。


 息遣いが聞こえる訳ではありません。足音がする訳でもありません。たた、今にも肩にポンと手を置かれそうな程、近い所に何かを感じる。


 怖い。でも、逃げなきゃ。


 意を決してバッと振り返りました。

 当たり前ですが誰も居ません。

 私は必死に部屋を出て階段を駆け下り、父の所に帰りました。

 私は父に箒を渡しながら、小さな声で言います。


「パパ、ここお化け屋敷だよ」

「だって、ママが気に入っちゃったんだもん」


 自称、見える人の父も何か思う所があるらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしました。


 思えば、この頃の父はまだでした。




 ちなみに母はこの家が大変気に入ったらしく、昼間に通い、DIYで土壁以外の所の壁紙を自分好みに替えたり、一人通ってコツコツ作業を楽しんでいました。


 良くも悪くもコミュ力お化けな母は、お向かいの奥様と直ぐに仲良くなりました。この土地に長く住まわれている方でした。

 母は私に言います。


「お向かいの奥さんがね、前の人は一週間もしないで居なくなっちゃったって言うの! それこそ三日くらいで逃げちゃったんだって!」


 そりゃあれじゃ逃げたくもなるよな。

 そう思いましたが、母は何故かあんまり気にせず、引き続きDIYを楽しんでいました。

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