第19話 神様が助けてくれた愛魚
結婚してすぐの話です。
当時の私には彼氏が居ました。
体長四センチ程の、ベタという熱帯魚です。
このベタという魚、ものすごく長い年月品種改良されてきたので、金魚と同じくとても良く人に懐くのです。
人の顔も覚えます。
ご飯が食べたいと、私には、
「餌くれダンス」
(大体のベタの飼い主が死ぬ程好きなやつ)
という身体全体を使った可愛らしいお強請りを披露してくれるのですが、横に居る餌を与えない夫には見向きもしない。
そのくらい賢くて可愛い魚なのです。
ちなみにベタが「瓶でも飼える」という噂があります。
これは大体嘘で、面積の限られるブリーダーがものすごい手間と労力と電気代をかけて、大量のベタを瓶で飼育している場合がある、という事です。
と言うのも、このベタというお魚、オス同士激しく縄張りを争います。闘魚という二つ名がある程です。離さなければ相手が死ぬまで攻撃し続けます。
そんな訳で、ブリーダーさんは雄のベタを単独飼育にしなくてはならず、巨大なポリバケツに水を汲み置きし、エアコンを入れっぱなしにして室温を保ち、水質悪化を防ぐ為全ての瓶を一日〜三日に一度換水する。
これはもうある種のプロのテクニックです。
これが「瓶でも飼える」の正体です。
(※兄弟を一度も離さずに一つの水槽で飼うと縄張り意識が覚醒しないという噂もある)
一般人が瓶で飼うとすぐ死にます。
水質の悪化や水温を保ち辛い事が理由です。
なので通称「ベタの奴隷」と言われる我々愛好家達は、一匹のベタに夏は水槽クーラー、冬は水槽ヒーターを用意して、少なくとも五リットルくらい入る水槽で、繊細な彼らがくたびれないように水質を保ちながら、ヒラヒラの美しい王子様のお世話をするわけです。
(ちなみにメスを飼う人は繁殖目的か、更にディープな愛好家です)
ベタの話、あと二万文字くらいしたいですけど本筋から離れるんでこの辺で。
ちなみに我が家の猫三匹は、かつて飼っていた、他のベタの生まれ変わりだと勝手に思っております。
顔も性格もそっくりなのです。
(これは単に私の希望と妄想です)
私が初めに飼ったベタは、ホームセンターで夏休みの終わりに、自由研究用として売れ残っていた子でした。
熱帯魚コーナーがあるホームセンターではなく、カブトムシとかと一緒に、値引きシールを貼った小瓶で売られていた訳です。
(察するに、餌は与えられて居なかったと思います。売れる前に餓死すれば廃棄という存在です)
この子は飼い始めて間もなく体調を崩して、私は数か月間その子にかかりきりでした。
(当時の闘病記録は一つの記事にまとめてありますので、情報が必要な方居ましたらそちらをご覧下さい。コレクション「エッセイ」に入っています)
色々な病気を想定して薬を使いましたが治らず、打つ手なしという所まで追い込まれました。
私の大切なベタは背びれを折り畳み、水面近くを力無く泳いで居ました。
身体は無数の病巣に犯されています。
人間、力を尽くして、それでもどうしようもないと泣くしか無いのです。
私は床に蹲って、愛魚に申し訳なくて、わあわあと声を上げて泣きました。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
誰か助けてください。
誰か助けてください。
神様助けてください。
頭に直接、男の人の声が入りました。
“ ツ リ ガ ネ ム シ ”
私はボタボタ泣きながら起き上がりました。
ツリガネムシ。
ツリガネムシ病。
そんな訳ない、あれはどんな薬でも治る弱い病気の筈だ。
と言うのも、今は知りませんが、当時参考にしていたホームページにはそう書いてあったのです。
今にして思えばそれは、親切なホームページを作った方の「仮説」だったのでしょう。
私は涙をぬぐって、出来うる限り集めた魚病薬を並べます。 海外から個人輸入したものすらありました。
ツリガネムシ病に効くもの。
瓶に書かれた効能を辿っていきます。
ありました。
「メチレンブルー」
それは言わば、
「とりあえず気休めに使っておくか」
程度の、一般的な、どこにでも売っている弱い薬でした。
人間で言えばオロナインくらいのイメージです。
私も最初に打ちましたが、あまりに弱い薬故、数日でやめていました。
ツリガネムシ病というのは、バクテリアの異常繁殖により引き起こされる病気です。
メチレンブルーというのは、バクテリアを破壊する事が出来る薬です。
ベタは回復しました。
その後元気に過ごし、恐らくその短い寿命まで、小さな彼氏として私の傍に居てくれました。
病名を教えてくれたのは、きっと神様だと思っています。
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