第14話 曾祖父とカラス

 私が小学生の時の話です。

 曾祖父が亡くなり、お葬式が行われました。


 母方の曾祖父はとても立派な人でした。

 父親を早くに亡くし、男性社会の時代でしたから、十四歳で家長になられたそうです。

 それ故に集落では舐められ、会合の時間をわざと遅れて教えられたりと、陰湿に虐められたと聞いています。

 しかしとても優秀な人で、軍に入った際には先任将校(所在の最高級指揮官)になられたそうです。

 故に前線には行かず、軍本部とかそういう所でお勤めになったと聞いています。


 その曾祖父の息子さん、つまり私の大叔父は、若くして前線に出られてお亡くなりになったそうです。

 出征前に撮られたであろう軍服姿の遺影のご尊顔は若く、しかし静謐で、大叔父を送り出した曾祖父がどれだけ心を痛めたか、想像もつきません。

 曾祖父は、

「天皇陛下万歳なんて言うやつは大馬鹿者だ、アメリカに負けてよかった。日本人は馬鹿だから、日本が勝っていたらアメリカ人全員皆殺しにしていた」

 と生前おっしゃっていました。

 当時の天皇陛下を侮辱する意図ではなく、行き過ぎた富国強兵の狂乱への憂いの言葉でした。


 曾祖父は戦後も集落の顔役として、人に尽くしてらっしゃいました。

 集落の古い墓地を先頭に立って整備し直し、その功績が石碑に刻まれている。そういう人生の人でした。


 田舎の大きな農家ですから、お葬式というのは家にお坊さんをお招きして行います。

 曾祖父のお通夜もお葬式も、沢山の方がいらしてくださいました。

 私は知らない人が沢山いる仏間を避けて、居間に引っ込んでいました。


 変な音がしました。


 見るとカラスが窓の所に居て、嘴で何度も窓ガラスを突いています。軽くコンコンと突いている訳では無く、ガラスに沢山の傷がつくほど、強く必死に突いていました。

 悪意の様なものは無くて、ただ家に入りたい、そういう風に見えました。


「おばあちゃん、カラスが居るよ」

 祖母にそう言ったのですが、田舎のお葬式は家でご馳走も出すので、女の人は大忙しなのです。

「そうねぇ、ほっといて良いよ」

 流石に窓を開けて入って来てしまったら困るのは分かりましたし、私は祖母の言う通り、カラスが窓を傷だらけにするのを見ていました。

 誰も気にしないので、

「いっつも居るカラスなのかな?」

 と思っていました。

 やがてお式が始まり、私も仏間に行きました。

 後でもう一度見てみると、カラスは居らず、ただ点々と、沢山の傷がついた窓ガラスが残っていました。


 祖母に聞くと、カラスが来ていたのは曾祖父のお葬式の時だけだったそうです。


 曾祖父は立派で、とても優しい人でした。

 田舎の方言だと、曾祖父を「ののちゃん」と呼びます。

 きっと、ののちゃんの事が大好きだった誰かがお迎えに来たんだと、私は信じています。

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