第3話 祖父の後妻さん、怖い

 祖母の死後、祖父は再婚しました。

 後妻さんは色々あって我が家含む親戚と大変折り合いが悪く、それ故か、祖父がまだ存命だったころは私の母に嫌がらせをしたりもしていました。

 例えば、母が何かの用事で、書類を送ってくださいとかそういう電話をすると、

「じゃあわたくし、おたくのポストに放り込んでおけばいいんですね?」

 と、おっしゃるのです。

「いや、放り込むって何ですか?」

「放り込んでおけば! 良いんですね!?」

 電話でこんなやり取りを母とする訳です。その電話を聞いていた祖父が怒って、後で母に、

「俺の嫁に書類を放り込んでおけなんて! お前何様のつもりだ!」

 と激怒して電話をしてくるという。

 後妻さんはそんな風に、なんとも姑息な嫌がらせをしてくる人で、端的に言うと皆嫌いでした。


 後妻さんは、色々な意味で何だか不気味な人でした。

 嫌がらせにしてもそうですが、例えば、後妻さんと祖父が家を建てる時、土地を撮った写真がありました。

 その写真は所々赤い光で染まっていて、それだけならフィルム写真の失敗かなと言う所ですが、何故か大きく、勾玉の様な形の光が映り込んでいました。

 地鎮祭をした神主さんが、「この土地は良くない」と言うような事を仰って、通常の鎮め物では無いものを土地の四隅に埋めた、なんて話も聞きましたが、昔の話故詳細は分かりません。

 

 その後妻さんの家に、一度だけ泊まった事があります。祖父のお葬式の時でした。従兄弟が泊まると言うので、じゃあうちの子も、という事になったのです。

 母も父も居ません。子供達だけです。

 印象的だったのは、テレビのコンセントが抜けていた事と、部屋に何十体……下手をすると百体を超えるようなコケシが、みっしりと並んで居た事です。祖父の趣味だったと言っていましたが、まだ祖父と暮らしていた時は、コケシなんて見た事もありませんでした。

 私含む子供達は一部屋に布団を並べて床につきました。

 が、当時小学校低学年だった私は、なんとそのまま、朝方五時まで眠る事ができませんでした。

 皆寝息を立てているのに、私だけが眠れず、時計だけが進んでいきます。

 なんとか眠りたい、帰りたい、母に会いたいと思っていました。

 夜中の二時を過ぎると、幻を見ました。

 母が私の布団の上で、手を広げて、

「ヨリちゃん」

 と呼びかけてくれるのです。

「おかあさん!」

 ガバッと起きても、そこに母は居ません。私は絶望しながらまた横になり、しばらくして、また母の幻を見ます。

 起きて、居なくて、また愕然とする。

 三回か四回、そんなものを見ました。

 やっと朝が来て、皆起き出して、両親が迎えに来た時は本当に嬉しかったです。

 どうして眠れなかったのか、何でずっと母を見たのか、全く分かりません。

 ただ、祖母の生き写しと名高く、祖父にも大変可愛がられていた妹はオネショをしていて、後妻さんが大嫌いな父は、

「良くやった!」

 と車の中で大笑いしておりました。

 今にして思えば晩御飯も朝ご飯も出ませんでしたし、(晩御飯はお葬式の流れで食べたのかな……?)なんで泊まったのか全く分かりません。


 その後、後妻さんは消えました。

 建てたばかりであろう家を売り払い、祖父が入っているお墓の管理費も一切払うこと無く、ただ消息不明になりました。


 何処か老人ホームの様な所に自分で入ったのでは無いか?という噂ですが、詳細は分からず、市営霊園のお墓は母が何度も市に交渉した末、なんとか管理する権利を移す事が出来たそうです。


 その後何年かして、私は小学校高学年になっていました。

 その頃は変に体調を崩す事があり、熱を出して、胸の痛みに悲鳴を上げたりする事がありました。看病していた母が、

「胸に太い杭が見えた」

 と言ったのを覚えています。

 父は、

「あのクソババア!」

 と激怒していました。

 それが果たして後妻さんの何かだったのか、はたまた単に体調不良だったのか、他の原因があるのか、分かりませんでした。


 最後の後妻さんかも知れない記憶は、胸の杭の件の少し後でした。

 私はその頃、例のオネショをした祖母似の妹と一緒に寝ていました。

 ある日、夜中に手が覚めました。

 見ると、横で眠っていた妹が激しく唸っていました。というか、唸りながら激しく魘されていました。

 そして何より、部屋が真っ赤でした。

 常夜灯の明かりなんて色では無く、真っ赤だったんです。

 何故か直感的に、後妻さんだと思いました。

「妹に何するの! 出てって! 出てって!」

 叫びました。夜中に。

 妹が静かになりました。部屋も、元の常夜灯の色にもどりました。


 何処から何処まで後妻さんなのか、後妻さんは何か能力がある人だったのか、あるいは恨みが強すぎて影響が出たのか、それとも全ては私達家族の思い込みで、後妻さんはただ自由に平穏に暮らしていたのか。


 最早確かめる術はありませんが、父が言っていた、

「もうそろそろ寿命だから、誰か連れて行きたいんだろうな」

 という言葉が印象的でした。

 後妻さんについては、これで終わりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る