第16話

「アリス様、諒様、誠村長、下に来ていただけますか?」


ドアを開けたのはティーザで、彼女は再び元の無表情な姿に戻っていた。


「どうしたの?」アリスが尋ねでいる。


「第四、第五のゲーム「Miss. Stepney」、「Miss. Shoreditch」がまもなく開始されます。ゲームに参加する侍者たちが皆様に直接お伝えしたいことがあり、私では伝えきれないのです。」


「ん?」


俺たち三人は顔を見合わせ、ティーザに従って階下へ向かった。


どうやら洋館の外に出るようだ。


アリスのティーザに対する態度は依然として冷たかった。無理もない。アリスにとって、侍者たちは母を殺した仇であり、ゲームに参加する目的は彼らを殺すためだけだったのだから。


家族を失った子供にとって、自分の仇敵を目の前にし、無理有りその人たちを許すようにのは本当に正しいのか…


階段を降りる時、結び直した美しい銀色のポニーテールが少女の動きに合わせて揺れ、白いワンピースは汚れたため、同じデザインの新しいものに着替えていた。純白の後ろ姿は、まるで人間の世界に迷い込んだ小さな天使のようだ。俺はやはり、彼女が人間の醜い血に染まるのは見たくない…


玄関を出ると、誠が何も言わずに俺の肩を叩き、群れに近づき、何事もなかったかのようにした。


俺は彼の言葉を反芻しながら、洋館、この村、このゲームの全ての秘密に触れようとしているように感じた。


「後で来て。」


ティーザが俺たちを連れて行ったのは、洋館の正門前の芝生だった。芝生は石の柵で囲まれており、正門に向かう入り口だけが残されていた。左右には洋館の石の獅子が立っている。


そこには、四人の黒い服を着た子供たちがいた。


左側の二人の少年はジルとウルリヒで、彼の顔には絆創膏が貼られていた。


右側のは二人の少女、一人は長い黒髪をしており、もう一人は高いポニーテールをしている。ティーザの紹介によると、彼女たちはそれぞれブリジットとアンニらしい。ウルリヒも彼女たちのことを言及していた。


ティーザは彼らと一緒に並んで俺たちの前に立った。


「それで、僕たちに何の用ですか?ゲームはもうすぐ始まるんじゃないですか?」


「諒様、このような対面はブリジット姉さんと私が話し合った結果、ティーザ姉さんにお願いして来ていただいたものです。どうか彼女を責めないでください。全て私たちの責任です。」


「そんなことないわ、アンニ。私も同じ気持ちよ。」


「アンニの言う通り、もし不満があるなら、全て私たちの責任です。皆様には本当にご迷惑をおかけしました。ただ、どうしても一度場外からお詫びを申し上げたかったのです。」


「ブリジットもです。」


俺は初めて三姉妹の対話を見たが、侍者の感情がこんなに豊かだとは思わなかった。普段は抑圧されているだけなのか?


「それで、一体何の話なの?」


最初に我慢できなくなったのはアリスだった。侍者たちが和気あいあいとしているのを見て、アリスは心中穏やかではないだろう。


「アリス様、私たち侍者全員があなたにお詫びを申し上げます。」


ティーザが先に言った。


「私に?」


「はい、アリス様。ウルリヒが第三のゲームであなたに失礼な発言をし、侍者としてあるまじき行為をしたこと、本当に申し訳ございませんでした。」


アンニとブリジットがウルリヒの両腕を抱え、無理やりアリスの前に引っ張って行った。


「待って、まだ心の準備が…」


「早く、早く謝ってウル兄さん。」


アンニが彼の頭を押さえ、彼を何度も下に頭を下げさせた。まるでモグラ叩きの機械のようだった。


「違う、アンニ、そんなこと…」


「本当に申し訳ありません、アリス様。今後彼がこのようなことをしないことを約束いたします。どうか彼をお許しください。」


ジルは後ろで面白がっているだけだった。


「もういい!自分でやる!」


ウルリヒは二人の手を振り払い、一歩前に出て、顔を赤くしてアリスに頭を下げた。


「アリス様、本当に申し訳ありませんでした!」


侍者たちも一緒に謝罪した。


数秒後、アリスの冷たい声が皆の耳に届いたーーーーーーーーーーー「…必要ない。」


「……!!!」


空気が凍りついたようで、皆の目はアリスに釘付けになった。


ウルリヒだけが頭を下げたままだった。彼は歯を食いしばり、顔には青筋が浮かび、両手は拳を握りしめ、全身が震えていた。彼はなぜここまでしてもアリスが許してくれないのか理解できなかっただろう、そしてゆっくりと顔を上げた。


「どうせ皆、そう思ってるんでしょ。私がこんなに酷いことをして、皆私を殺したいと思ってる。なら、今すぐゲームを始めましょう。時間を無駄にしないで。」


アリスは侍者たちに向かって怒鳴ったが、視線は地面の草を見つめていた。アリスの目には侍者たちは草よりも価値がないとでも言うのだろうか?ウルリヒはそう思った。


ティーザが前に出て、表情を変えずにゲームの開始を宣言しようとした。


「分かりました。それではゲー…」


「ちょっと待って。」


ティーザを止めたのは誠だった。


「これじゃ駄目だ、アリス。僕は君にこんなことを言ってほしいわけじゃない。」


「何よ!?」


アリスは怒って誠を見つめ、少し悔しそうな表情を浮かべた。まるで運動会で親がクラスメートを応援しているのを見た小学生のように。


「アリス、僕は君に仇を忘れてほしいとか、家族を忘れてほしいとか言ってるわけじゃない。」


「ただ、今は誰も事故の原因を証明する証拠がないじゃないか?こんなことじゃ彼らに不公平だよ!」


誠はただ穏やかにアリスを説得していた。


「お前!」ウルリヒは驚いて声を上げた。目の前のこの男が自分のために話をするとは思ってもいなかったのだろう。


「何言ってるのよ!明らかに彼らがやったのよ!他に誰がやるって言うの!?」


アリスは地団駄を踏んで怒っていた。


「アリス、誰がやったにしても、これまで君のために色々やってきたのは彼らじゃないか?彼らが一言でも文句を言ったことがあるか?ウルリヒが事実を述べた一言がそんなに悪いのか?」


「うぅ…それじゃ、アリスが嘘をついているって言うの?」


「いや、そんなことはない。ただ、これは本当に…」


「アリス、」誠がこれ以上説得しても無駄だった。アリスはもう理解している。あとは言い訳を与えるだけだ。


俺は彼女の前に立ち、他の人の視線を遮った。「俺たちは誰もお前が嘘をついているとは思っていない。ただ、俺たちが見たものは全て有効で、それが真実とは限らないだろう?」


「うぅ…」


「だから、アリスの言っていることは正しいし、彼らが言っていることも間違っていない。一方的に泣き喚くのは赤ん坊の特権だよ。アリスはもう赤ん坊卒業でしょ?」


「…うん」


「だから、たまには他の人の意見も聞いてみるといいかもしれない。思いがけない結果が得られることもあるよ。これは中学生卒業のアドバイスだ。聞いたら得だよ。」


「分かった、分かったわよ…」


アリスはほぼ受け入れていた。これから侍者たちに対する態度はすぐには変わらないだろうが、少なくともこれまでのように冷酷ではなくなるだろう。


俺は間違っていないことを願う…


「さて、ティーザさん、ゲームを始めていただけますか?」


「分かりました、ありがとうございます、諒さん、誠村長。」


ティーザと全ての侍者たちは、俺たちに深くお辞儀をした。ジルのように普段はまともに挨拶しない人まで、今回ばかりは見事に礼儀正しかった。


「それでは、ゲームを正式に開始し…」


「ちょっと待って」ティーザを再び止めたのは誠だった。「トイレに行きたい、少し待って。」


皆驚いたが、この理由は無視できない。アリスは少し不満そうに誠の背中を見つめていた。


「…分かりました。ここでお待ちしています。」


「じゃあ、俺も行くよ。」


「…分かりました、諒様、ごゆっくり。」


「え?どうしてお兄ちゃんも行くの?」


「大人しくしろよ。」


——————————————————————————————————————————


二人が洋館に入るのを見送ると、アリスは自分も一緒に飛び込みたくなった。侍者たちと一緒にいるのが嫌だという理由もあるが、それ以上にアリスは彼らが自分の背中で何か話しているのを知っていたからだ。それでも彼女は我慢した。


ティーザはそれを見抜いたかのように、アリスに近づき尋ねた。


「アリス様、後を追わないのですか?」


「行かない。」


アリスは短く答えた。


「はい。」


「あなたが言ったでしょ?男の子がトイレで話すことは、女の子は盗み聞きしない方がいいって。記憶力が悪いわね。」


絶対に聞かないはずの答えを聞いて、ティーザは目を大きく見開き、何を言うべきか分からず、立ち尽くしていた。主人が言葉を発してからかなり経ってから、ようやく口ごもりながら言った。


「分、分かりました。」


アリスは軽く鼻を鳴らし、洋館に近い場所にある常緑樹が茂る庭のガゼボに歩いて行った。特別な理由はなかった。ただ、アリスはここが特に懐かしいと感じただけだった。しかし、失った記憶の中で、自分がここに来たことは一度もないはずだ。


しばらくすると、ティーザもやって来た。


「何しに来たの?」


「実は、お嬢様と呼ぶ方が好きです。」


「ん?」


意味不明な返答にアリスは疑問を抱いた。


「ずっと思っていましたが、お嬢様と私たちは昔、きっと仲良く遊んでいたんじゃないかと。よく夢を見るんです。」


今のティーザは何かを放り投げたようで、執事ではなく、アリスの友達のように話していた。


「どんな夢?」


ティーザは目を閉じ、腕を広げ、微風を感じていた。まるでそれだけで、ずっと心を引き裂く夢の中に戻れるかのように。


「夢の中で、お嬢様と私たちは、今のような関係ではなく、兄弟姉妹のような関係だったんです。」


「…」


「毎日一緒に遊び、一緒に食事をし、一緒に寝て、大人に叱られたりしました。」そう言いながら、ティーザは笑みを浮かべた。「毎回夕方まで遊んで、食堂からご飯の香りが漂ってくるまで、名残惜しく家に帰って手を洗って食事をするんです。」


「…それは…」


「私!私もあるよ!」


いつの間にか、四人の侍者たちも集まり、アンニが手を高く上げて発言を待っていた。


「どんな夢を見たの?」


「へへ、お嬢様と一緒にキッチンから焼きたてのクッキーを盗み食いして、大人に見つかって廊下で罰を受けたんだ。」


ぷっと、アリスは笑い出した。「それ、何なの?ちょっとふざけすぎでしょ。」


「それだけじゃないよ!お嬢様とウルが一緒に川で泥鰌を捕まえる夢も見たことがあるんだ。毎回お嬢様は一匹も捕まえられなくて泥だらけになってたよね、ウル?」


「え?…ああ…私も夢見たことある。一緒に釣りをしたり、おままごとをしたりしたんだ。」ウルリヒは照れくさそうに顔に貼った絆創膏を指で触りながら言った。


「そうそう、毎回ウルリヒがママ役をやってたよね。」


「そうだそうだ、俺も覚えてる。」


アリスは何も言わなかった。


たた、ウルリヒがエプロンを着てピクニックシートに座り、料理の真似をする姿を想像していた。そして大笑いした。


「ハハハハハハハハ、それって何よ…ママ役なんて…彼の平頭には全然似合わないわ、ハハハハハハハハハハ」


アリスは笑い過ぎて息が続かない。


「おい、それはひどいよ。この頭だってお嬢様が剃ったんだろう!」


「え?本当に?」


意外な発言に、アリスは涙を拭く間もなくウルリヒに問い詰めた。


ウルリヒの顔は真っ赤になり、何も言えなかった。ブリジットが説明を引き受けた。


「実際そうなのです。ウル兄さんの髪型は以前はジルと似ていました。おままごとの時に、お嬢様が娘役のウル兄さんの髪を結ぶのが面倒だと言って、バリカンで坊主にしたんです。彼はその髪型を気に入っていたんですよ。」


「おい、ブリジット!」


「ハハハハハハハハハハ」


子供たちの笑い声がガゼボの上に響き渡り、いつまでも止まらなかった。

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