第14話「悪ガキ共」
自分にしかできない——
いや、自分にもできる〈生活〉の才能を見つけねば!
スキュートはギニ集落の中を歩いて探した。
とは言っても探す必要もなかった。
これまでは〈戦士〉に拘っていたから見えてなかったのだ。
いまは簡単に見つかる。
集落のあちこちでその作業は行われていた。
川岸での洗濯、干し肉作り、獲物の皮をなめす作業……
まずは干し肉作りに参加してみた。
干し肉にしやすいように、ナイフで獲物を解体する。
歩兵隊でも短剣を使っていたのでこれを選んだのだった。
戦士らしくて未練がましいが……
しかしこの選択は間違いではなかった。
戦闘が怖くて武器を投げ捨てていただけだ。
戦闘でなければ落ち着いて作業ができるのだ。
初めての干し肉作りは上出来だった。
次は皮革に挑戦してみた。
皮革——
動物の皮を〈鞣し(なめし)〉て革にする技術。
ギニ族では主にモンスターの皮で作る。
他の部族では弓矢や槍で動く獲物を狩るので、皮に意図せぬ穴が開いて価値が下がってしまう。
この点、傭術師なら心配いらない。
獲物を〈支配〉して動きを止め、最小限の手数で仕留めるのだ。
これなら価値があまり下がらない。
よって皮革はギニ族の主力商品だった。
それだけに重要な〈なめし〉に参加してみた。
結果は……上出来とは言いがたかった。
上手になるためには経験を積む必要があるようだ。
やってみた感想は、手に負えないものとは感じなかった。
皮革作りが簡単だと言っているのではない。
日数をかけることができれば、上手になることも不可能ではなさそうだと言っているだけだ。
だがいま必要なのは時間だった。
日暮れまでに〈何か〉を見つけ、ハリムと仲直りがしたいのだ。
皮革作りは日数がかかってしまうので、参加させてもらったことに礼を述べて一旦離れた。
次は川岸での洗濯を……と、そこで問題が発生した。
取り組みが上手くいかないと発生する。
いや〈発生〉ではなく〈きやがった〉というべきだろう。
問題というより問題児共が。
「あっ! クートだ!」
「わーい! ブクブクブク!」
悪ガキの群れが現れた。
数は五人、六人……一〇人……もっといる。
とはいえ、初めは大人しい子供だった。
それが悪ガキに変貌してしまったのは〈お手伝い〉が原因だった。
本来は親の洗濯を手伝おうと川岸へ付いてきた子供だったのだが、まだ不慣れだったために申し渡されてしまったのだ。
「向こうで大人しく遊んでな」と。
せっかく手伝おうとしたのに……
仕方なく〈向こう〉に行くとすぐに気が付いた。
下手なのは自分だけではなかったのだ。
そこには追放された子供たちが沢山集まっていた。
皆ひまだった。
洗濯の〈お手伝い〉が不十分だったので不完全燃焼なのだ。
自然と子供たちが訴え始める。
「遊びたい」と。
しかし普通の遊びでは満足できず、さらに訴え出す。
「何か、何かもっと面白いことはないか? もっと!」
……確かに親がほったらかしにした理由は、洗濯が忙しかったからだ。
しかしほったらかされた子供が楽しさに飢えた結果、悪ガキに変貌してしまったのだ。
スキュートが川岸へ行こうと〈向こう〉を通りかかったのはその時だった。
「あっ! クートだ!」
「わーい! ブクブクブク!」
悪ガキはある意味で貪欲だ。
面白い、楽しいと感じるものを決して手放しはしない。
皆で〈お笑い芸人クート〉の両手を掴んで回転し始めた。
「ぐるぐるぐるー!」
「や、やめろ!」
……と言われた位で誰がやめるものか。
悪ガキ共の思いは同じだった。
遊ぶんだ……絶対に楽しく遊ぶんだ!
それは、楽しさへの執着だった。
もっと楽しく!
もっと、もっと!
そのためには回転の勢いが足らなかったらしい。
悪ガキ共が両足にも取り付き、さらに回転を増やした。
「くるくるくるくるくるー!」
〈ぐるぐる〉と〈くるくる〉……
二つは同じなのでは?
もしくは僅かな違いなのではないか?
大人はそう思うのだが、子供の感性では強弱が違う別物だった。
「オ、オエエエッ!」
気の毒に……
〈くるくる〉に加速されているスキュートはいまにも吐きそうだった。
〈回転地獄〉とでもいうべきか。
もし腕を掴んでいるのが歩兵隊の同僚達だったら、もっと強烈に振り回していただろう。
そもそも良い大人がこんな遊びをやったりはしないが……
この〈回転地獄〉で、先に参ったのは悪ガキ共だった。
よってたかってスキュートを回転させることはできたが、彼らも回っているのだ。
同じく回転するなら体格で劣っている子供が不利だった。
一人、また一人と倒れていく。
「うわ、うわあああ〜」
「ま、回る……空が回るぅ〜」
悪ガキ共は苦しみで次々と脱落していった。
やがて最後の一人が倒れると、ようやくスキュートは回転地獄から解放された。
ドサッ!
彼も立ってはいられない。
たまらずヨロヨロと回転しながら倒れた。
「お、おまえら〜〜」
さすがは一〇代後半の若者だ。
耐久力なら子供より上だった。
おそらく倒れた悪ガキ共より早く復活できるだろう。
回復する暇(いとま)があれば、なのだが……
残念ながらその暇はなかった。
「あー! ブクブクになってない!」
「もっと回ろう! もっと!」
別の悪ガキ共がスキュートの周りに集まっていた。
別?
そうだ。
全員で一斉に回っていたのではなかった。
前衛と後衛に分かれていたのだ。
前衛は勢い良く回転させ、後衛は遠巻きから「くるくるー!」と応援する係であり——
クートがちゃんと泡を吹いたか確認する係でもあった。
今回、泡は出なかった。
そこで後衛が〈回転係〉を引き受け、前衛が復活できる時間を作るのだ。
これで泡が出れば良し。
出なければ復活した前衛が交代して回転する。
……悪ガキというより悪魔か。
「そーれ、くるくるくるー!」
「や、やめ……助け……」
彼のめまいは完全に治まっているわけではない。
足腰が弱っている。
しかしそんなことなど気にもせず、後衛だった悪ガキ共が強引に引っ張り起こす。
こうして泡が出るまで〈回転地獄〉は続くのだ。
でも……
スキュートが泡を吹いたのは極限の恐怖だったからだ。
倒れるまで回転させる方法は間違っている。
その方法だと泡ではなく、変な物を吐き出してしまうのではないだろうか。
と、一抹の不安を感じても、
「そーれ! そーれ! そーれ!」
「〜〜〜〜っ」
悪ガキ共には些細なことだった。
方法の正誤よりも、やって面白かったかどうかが大切なのだ。
前衛は倒れるまで頑張った。
だから後衛も頑張るのだ!
彼は〈ブクブク〉になるのか。
あるいは新しく〈ゲロゲロ〉になってしまうのか。
だがその時だった。
回転する悪ガキ共の頭に次々と落ちた。
雷の如きゲンコツが。
ゴツン!
ゴツン!
ゴツン!
「っ⁉︎」
「痛っ!」
恐るべき命中精度!
速く回転しているのに、肩や背中ではなく頭へ的確に命中した。
ゲンコツで頭が痛くて悪ガキ共の回転が止まってしまった。
この後も雷に良く似ている。
稲光の後に雷鳴が続くように、ゲンコツの後に続いたのは怒鳴り声だった。
「何やってんだいっ!」
「ここで大人しくしてろって言っただろ!」
それは洗濯していた親達だった。
子供達の騒ぎ声が川岸まで届いたので〈向こう〉の様子を見に来たのだった。
「か、母ちゃん……」
さっきまでの悪ガキは消え去り、子供に戻った。
しかしいまさら大人しくしても遅いのだ。
〈くるくる〉の悪行を親達にしかと見られてしまった。
次々と子供達の耳たぶやほっぺたが吊り上げられていった。
「いてててっ! は、放せ」
「ひたふぃ(痛いぃ)……」
悪ガキだってスキュートの悲鳴に耳を貸さなかったのだ。
子供の鳴き声に耳を貸す親達ではなかった。
「ほら、行くよ! ……まったく、ちょっと離れるとすぐ何か始めるんだから……ブツブツ」
「み、耳が千切れるっ! いててて!」
「ごへんにゃひゃい(ごめんなさい)……ごへんにゃひゃい……」
斯くして悪は去った。
いや——
子供が悪ガキにならないよう、親に連行されたのだった。
一人残らず。
後にはスキュートだけが倒れていた。
彼はまだ〈くるくる〉に苦しめられていた。
とはいえ、その効果は一時的なものだ。
少し経ち、ようやく身体を起こして座ることができた。
「……助かった」
親達のおかげだ。
〈ブクブク〉にも〈ゲロゲロ〉にもならずに済んだ。
「…………」
暫し放心が続く。
仕方あるまい。
〈回転地獄〉から解放されたばかりなのだ。
でも大丈夫だ。
そんなに長くは続かない。
放心が終わったのとめまいが治まったのは、ほぼ同時だった。
彼は思い出した。
「! そうだった」
めまいが苦しくて大事なことを忘れていた。
早く〈生活〉の才能を見つけ、ハリムに謝らなければ。
まだ日は高い。
体調が戻ったスキュートは元気良く立ち上がった。
午後——
スキュートはギニ集落の川岸に座り、深い溜息をついた。
「はぁ……」
後に心の声が続く。
どうしたら良いのか、と。
察するに〈生活〉探しがうまくいかなかったのではないだろうか。
溜息がその証拠だ。
うまくいっている時に溜息など出ない。
ところがそうではなかった。
彼は〈回転地獄〉から復活すると、すぐに〈生活〉探しを再開した。
薪割り、食事作り、洗濯も参加した。
結果はどれも順調だった。
特に洗濯は感謝された。
親達は子供が悪ガキ化しないように見張りながらなので、洗濯がなかなか捗らなかった。
そこへスキュートが参加を申し出たのだ。
彼にとって洗濯は初めてではない。
子供の頃は母エミリアと一緒に洗濯係をやっていたのだ。
悪ガキ共とは経験値が違う。
親達にとっては参加どころか加勢だった。
「助かるよー!」
「ありがとね!」
感謝しているのは親達だが、口を尖らせているのは子供達だけだった。
ゲンコツが怖くて楽しい悪ガキになれなかったからだ。
スキュートは手を振り、川岸を後にする親子を次々と見送っていった。
そして最後の一組が見えなくなったところで、問題の溜息が出てしまったのだ。
何が問題なのかというと……
〈戦士〉の道を諦め、これからは〈生活〉の道を行く。
参加してみると、体格や才能が足りなくて歩めない道はなかった。
さすがは〈生活〉だ。
そこでだ。
どの道を行くのか?
食事作り?
洗濯?
……皆やっているではないか。
皮革作りもいつかできるようになっていくだろう。
作業していた皆が。
皆……
悩んでいるのはそこだった。
スキュートが求めているものは、皆ができることではなかった。
一例を挙げると、薬師がそうだ。
薬草についての知識か技術が必要であり、皆ができることではない。
それが〈専門〉だから。
別にハリムの真似をして薬師になりたいと言っているのではない。
何かで良いのだ。
その者にしかできない〈専門〉であれば。
だがいまの彼は、
「……謝ろうか、いまから」
と呟くしかなかった。
やっぱり何者でもなかったのだから。
父ナビトのような立派な〈戦士〉ではない。
〈戦士〉に匹敵していると胸を張れる〈専門〉でもない。
自分はこんなにもちっぽけな存在だったのだ。
戦士でなければ意味がない……
と豪語した恥ずかしさが刻々と増大していくようだ。
〈専門〉は今日に拘らず、明日以降探そう。
ケイクロイに帰ってからでも良い。
それよりも、今日中にハリムへ謝罪するべきだ。
暴言の恥がこれ以上増大しないうちに……
いまから詫びに行こうと決まったスキュートは立ち上がり、川岸を背に歩き始めた。
その時だった。
背後から母子の声がする。
「うわー!」
「ち、ちょっとラシンタ!」
どうやらリマ兄の小さな勇者が網に絡まっているらしい。
全身網だらけで、まるで団子のようだ。
網を解こうとしている母親がダリアだ。
年齢は二〇代後半であり、夫リマルカタより年下だ。
そして、彼女は身重だった。
お腹が膨らんでいるお母さんが幼い息子を網から救い出そうとしているのに、当の小さな勇者は暴れていた。
もう少しでラシンタ兄ちゃんと呼び名が変わるというのに……
そんなことはお構いなしだ。
「助けて! 助けて!」
「助けようとしているでしょ! いい子だからじっとして——」
動転している最中の者に助言するのは難しい。
まして子供ではどんな言葉も耳に届いてないだろう。
最初は網が少し絡まっただけなのに、ジタバタと暴れるからますます複雑になっていく。
ついに、
ビッ、ビリリィッ!
ラシンタの会心の一撃が網に決まり〈団子〉から小さな右足が飛び出した。
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