第7話「傭術(ようじゅつ)」

 大陸中央部、池——

 いまを昼夜どちらかと問うと昼であり、その幅は広い。

 空が明るい時をすべて昼だと解釈するなら日の出から日没まで含まれそうだ。

 だから〈昼〉とまとめずにもう少し具体的に記したい。

 現在は午後であり、ついでに天気は晴れだ。

 午後の日差しがユラユラと水面を照らし、ほとりに乗り上げているスキュートのことも照らす。

 彼は気絶しているのでまだ白目をむき、ブクブクと泡を吹いていた。

 隣では、脳天を特大の棍棒でやられた鎧鰐もぐったりしている。

 ピクリとも動かないので死んだかと疑ったが、よく見れば息をしている。

 恐るべき棍棒だった。

 大陸中央部では、大木から作った棍棒を振り回す大型モンスターがいるのだ。

 そのモンスターがズシン、ズシンと二足歩行で池にやってきた。

 二足——種類は人型モンスターだ。

 大きさは一〇エールト(一エールトは約一メートル)あり、体格は筋骨隆々としている。

 現れたのは単眼巨人サイクロプスだ。

 足音はスキュートの前で止まった。

 鎧鰐の次は彼にも棍棒をくらわせるのか?

 しかし大上段に振り上げてはいない。

 ただ下に向けて持っているだけだ。

 どうやらトドメを刺しにきたのではないらしい。

 では何のために立っているのか?

 それは単眼巨人が従者だからだ。

 主人からの別命があるまで、そこで待機が続く。

 従者……

 繰り返しになるが、この地には鎧鰐を倒した単眼巨人を従わせる化け物がいることになるのだ。

 主人はどんな化け物なのか?

 見ればきっと驚くに違いない。

 単眼巨人に遅れて主人が現れた。

 トコトコと。

「片付いたようね」

 主人は、長い黒髪を後ろで縛っていた。

 年齢は一〇代半ば。

 目は黒く、肌は白い。

 鼻と頬に少しそばかすがある。

 これは確かに驚いた。

 化け物どころか、可愛らしい少女だったのだから。

 少女の名はリッサ。

 黄土色の貫頭衣を身に纏い、左肩から腰まで広い帯を掛けている。

 また、その上から飾り紐を腰に巻いて縛っている。

 これが彼女の属している部族の衣装だ。

 リッサはギニ族の若き傭術師(ようじゅつし)だった——と、これではさっぱりわからない。

 二つ、説明が必要だろう。

 ギニ族と傭術についてだ。

 説明の一つ目はギニ族について。

 昔、大陸西部にはいくつもの部族が点在していた。

 その中で特に大きかったフェイエルム族が王国になると、他の大部族も次々と王国になった。

 これらが大部族になれたのは、縄張りが西の海の沿岸に面していたからだ。

 大陸西部の平原で農耕ができるし、海の幸にも恵まれているので栄えたのだ。

 おかげで海のある〈西側〉が王国になれたのだが、では内陸の〈東側〉は?

 大陸西部の東側というのもややこしいので正しく記す。

 大陸中西部だ。

 中西部では王国に吸収された部族もあったが、それ以外は放置された。

 中央部に近いからだ。

 これではそのような部族を頻繁に救わねばならず、元大部族の負担が大きすぎる。

 要するに、得より損が大きいので避けられたのだ。

 放置された部族は縄張りを捨ててモンスターから逃げるしかなかった。

 残っているのは弓矢が得意か戦闘力の高い部族くらいだ。

 少数部族が〈大分断〉付近で生きるには優れた能力が必要なのだ。

 ギニ族もそうだ。

 得意な能力は〈傭術(ようじゅつ)〉という使役魔法の一種だ——と、ここで説明の二つ目が登場する。

 二つ目は傭術についてだ。

 その前に似ている使役魔法から説明する。

 これは元々、モンスターや獣等の対象と心を通わせる交信術が始まりだった。

 心が通うと、術者と対象が友人関係になれる魔法になっていったのだ。

 大事なのは〈心〉への働きかけだ。

 使役魔法と傭術はどちらも〈心〉を重視しているところが似ている。

 しかしこの二つは名前が違うだけでなく、目的が違うものなのだ。

 使役魔法の目的は友人である対象に力を貸してもらうことだ。

 どこまで力を出してもらえるかは常日頃からの親しさによる。

 対して傭術の目的は従者たる対象の力を限界まで引き出すこと。

 そのために傭術の魔法で意識を失わせ、対象を自在に操る。

 主人たる術者に(戦え)と命じられれば従者は力尽きるまで戦う。

 この関係に使役魔法の様な友情はない。

 忠誠心もない。

 主人と従者より、雇い主と傭兵に例えるとわかりやすい。

 雇い主は傭兵の命を惜しんだりはしないだろう。

 それが傭術なのだ。

 凶暴なモンスターや獣を支配するなら情は無用。

 支配する対象に対しては非情であれ、だ。

 冷酷な魔法?

 とんでもない。

〈大分断〉付近で生きるには優れた能力が必要だと申したではないか。

 傭術師が冷酷なのではない。

 非情であらねばならないのだ——と、ここまでは単なる心得だ。

 実際、彼らが非情になる場面は少ない。

 主人が従者に捨て身で戦えと命じなくても、敵も一緒に支配してしまえば良いのだ。

 あとは従者に(左へ行け)と命じ、敵には(右へ行け)と命じれば終わる。

 簡単だ。

 非情になる必要がない。

 それが傭術師の実際の姿だった。


 少数部族ギニ族は傭術という魔法の使い手だった。

 傭術で敵を支配できれば簡単なのだが、支配の効力を発揮するのが楽ではない。

 よって、できれば支配をしたくないし、戦闘は疲れるのでもっと嫌だ。

 リッサも他の傭術師と同じだった。

 モンスター退治なんてやりたくもない。

 それがなぜ攻撃させたのかというと、池から人間の悲鳴が聞こえたからだ。

 悲鳴は一人の若者だった。

 若者のすぐ後ろには鎧鰐二頭が迫っていた。

 そこでやむを得ず単眼巨人の棍棒で倒したのだ。

 これで一頭は片付いた。

 残る一頭を片付けたのは、目に火球をお見舞いした魔法使いだった。

 リッサが「片付いたようね」と声をかけたのは彼に対してだった。

「うん。救助が間に合って良かったよ」

 黒くてつばが円形で広いとんがり帽子に黒衣を纏っている男性は、いかにも魔法使いらしい

 名前はハリム。

 年齢は一〇代後半。

 肌は白く赤毛であり、髪型は長くも短くもない。

 特徴的なのは、襟足の右の毛を伸ばして三つ編みで編んでいることだ。

 彼もスキュートと同じフェイエルム人だった。

 また、同じ点は他にもある。

 細身で小柄なのだ。

 体格に恵まれていない者が、ミスリル歩兵としてやっていくのは厳しい。

 いや、はっきり言おう。

 無理だ。

 無理なのにいつまでもミスリル歩兵にしがみついていると、同僚との差で弱虫になってしまう。

 人として、弱虫と呼ばれるのだけは嫌だった。

 故に魔法使いになった。

 この選択は正しかったと言える。

 彼の火球で、同じ年頃のスキュートを救えたのだから。

 術師として弱虫ではない。

 なのにどうしてここにいるのか?

 ここ——つまり大陸中西部のギニ族と一緒にいるのかという疑問だ。

 それは……

 彼も飛行型モンスターに捕まって連れてこられたからだ。

 三年前、国境を移動中、飛竜ワイバーンに攫われて雛の餌にされかけたことがあった。

 その時に助けてくれたのが傭術師だった。

 助かったので帰ろうと思うが……

 ギニ族の集落と首都ケイクロイは遠く、中西部を突破しなければならない。

 魔法使いが単独で通るのは危険だ。

 傭術師に同行してもらえば辿り着けそうだが、帰り道が単独になってしまう。

 これは頼めない……

 でも五年に一度、傭術師たちが首都に行く時があるという。

 珍しいモンスターの皮革を売り、その金で鉄製品を買うのだ。

 帰り道は傭術師〈たち〉なので当然複数だ。

 これに彼が同行するしかなかった。

 それまではここ、ギニ族の集落に滞在していた。

 リッサとハリムについての紹介と説明は以上だ。

 さて、弱虫が気絶して静かなうちに池から運ぼうと思うのだが……


 ザバアアアァッ!


「ケエエェッ!」

「キシャアアアッ!」

 禽獣グリフォンと多頭竜ヒドラの戦いは終わっていなかった。

 多頭竜が優勢になると水中に沈んで静かになるが、禽獣が勢いを盛り返すと水から上がって飛行しようとする。

 どちらも大変うるさい。

 騒音によって、気絶していたスキュートも目が覚めてきた。

「……う、うぅ……」

 顔を正面に向けても、視界がくもっていてよく見えない。

 目を擦り、視界がハッキリしてくるにつれて見えてきたものがあった。

 屹立する褐色で太い足が二本あり、隣に同じ位の丸太もある。

 あるのはすぐ近くだ。

 至近だ。

「?」

 スキュートには一体何なのかわからず、上を見上げていった。

 二本の太い足、逞しい腹筋と胸板……

 そして、その上にある大きな単眼と目が合った時、自分が至近で見上げていたものが何なのかを理解できた。

 即座に。

「ああああ☆¥%○€÷——!」

 目を覚ましたら、至近にいたのは単眼巨人だった。

 さっきの様に「ヒド、グリ!」と連呼する余裕はない。

 彼が意味不明な声でわめくのは当然だった。

 けれども弱虫が静まるまで、リッサとハリムが付き合うつもりはない。

 彼女から溜め息が漏れた。

「うるさい男ね……ハリム、頼むわ」

 溜め息を吐きたいのは彼も同じだった。

 でも仕方がない。

 傭術師と魔法使いでは役割が違うのだ。

「やれやれ」

 と、彼は帽子を被り直し、右掌を出して詠唱を始めた。

 唱えているのは〈眠りの雲〉という魔法だった。

 短い呪文の後、掌の上に球状の雲が現れた。

 薄い雲が濃い白雲へモクモクと。

 ハリムは完成した雲を、わめいている若者に向かって放った。

「⁉︎」

 雲は頭に命中し、スキュートの意識を奪った。

〈眠りの雲〉は成功した。

 魔法による深い眠りなので、ヒドラとグリフォンの咆哮位では起きない。

 先程語った役割の違いがこれだった。

 傭術師がうるさい者を静まらせようとしたら、単眼巨人の棍棒で即死させてしまう。

 ここは魔法使いの〈眠りの雲〉が最適なのだ。

 何の怪我もなく、スキュートを安全に静まらせることができた。

 そしてここからは傭術師が最適だった。

「終わったよ」

「おつかれ。じゃあ、後は私が——」

 と、彼女は単眼巨人に手をかざした。

 傭術による〈命令〉だ。

 主人の心の声が水紋のように従者の心に届く。

(その男を抱えろ)

 こういう時に怪力の従者がいると重宝する。

 魔法使いの場合だと魔力で持ち上げなければならないので難儀だ。

 傭術師なら簡単だ。

 単眼巨人は主人の命令通りにスキュートを小脇に抱えた。

「行こう。あんなのは構っていられないわ」

 あんなの——

 ヒドラとグリフォンだ。

 池の中程ではまだ争いが続いていた。

 そもそもは人間一人を攫って見せしめにしようとしていたのに、これではキリがない……

 彼女の言う通りだった。

 二大モンスターの持久戦など興味ないので放置し、リッサたちは池を後にした。

 ギニ族の集落へ。

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