第5話

本当に只の気まぐれだった。バイトの無い放課後に何の気なしに屋上へ行ったんだ。校庭からは部活動の生徒の声が空に消えていった。


彼女は小柄で可愛いらしい容姿をしていた。ただ変わっている事は彼女がフェンスの外側に立ち今にも身を投げ出そうとしていたこと。


あっ


久し振りに全力で駆け出し、フェンスを飛び越えて彼女を追って飛びおりた。直ぐに彼女に追い付き、右手に彼女を抱えて、壁を蹴り屋上へと戻る。


「誰にも見られ無くて良かった。」


彼女は気を失っているようで、彼女が目を覚ますまで待つことにした。


「うぅ・・ハッ! 何で・・・」

「俺が助けた。君がどうしようもなく追い詰められて死のうとしたのはわかっているんだ。ただ、どうしてもここで君を死なせるのは違うと思った。助けた責任として事情を聞かせてくれないか?」

「うぅ・・うあああ・・・」


屋上に彼女の悲痛な叫びが木霊した。


「一人で頑張ったんだね。でもね、ここで君が死んだら、残された人は凄く悲しむよ。」

「でも! もうどうしようも」

「なら葵さん、俺に手助けさせてくれないかな?」

「えっ!?」

「迷惑かも知れないけど、お節介させて下さい。」


両親が離婚して、母親一人で葵さんと妹さんを養っていたけど、3ヶ月前に母親が過労で倒れた。母親は今も体調不良で仕事が出来る身体じゃ無く、今住んでるアパートも近日中に追い出されるようだ。


それだけでは無く、人気のある先輩から告白され断ったら変な噂を流され虐められるようになった。虐めは日に日にエスカレートして、担任に相談するも気のせいだと言われた。家の事と学校の事が重なり等々限界が来て今日飛び降りたと言うことだ。


「グスッ・・助けて下さい・・・もう私にはどうすることも出来ない・・」

「任されました。」


先ずは携帯を取り出し連絡を入れる。




「忙しいのに呼び出してしまってすいません。叔父さん理事長。」

「ハハハ、気にする必要は無いよ。それで要件は何かな。後ろの女子生徒が関係している事かな?」

「えぇ、そうです。彼女は本校の1年D組の橘葵たちばなあおいさんです。先程、屋上から飛び降りたところに居合わせまして助けました。」


ガタッ!


「葵さんは学校で酷い虐めにあっていました。担任の教師に相談しても取り合って貰えず、ずっと一人で耐えていたそうです。それでですね、叔父さん。俺は葵さん側に立ち動く予定ですが問題無いですよね。少し学校側に迷惑をかけてしまいそうですが」

「葵くん、学校を管理する立場として気づいてあげられなくて済まなかった!」

「い・いえ・・」

「それと仁夜くん、この件は叔父さんの仕事だからね。叔父さんが責任を持って対処するから動かないでくれるかな?」

「虐められる側にも問題あるとか良く言われるけど俺はそうは思わない。絶対に虐めている奴が悪い。子供の軽はずみの行動で葵さんのような人が命を落とす事はあってはならない。子供だから、学生だからと言って大目に見て良い事では無いと俺は思う。だからこそ厳正な対応をお願いします。」

「わかった。」


【ーー臨時休校のお知らせ】


問題が公表される前に学校の裏掲示板にある書き込みを全て抜き取り、叔父さんにデータを渡していた。裏掲示板には、虐めている生徒が面白ろ可笑しく書き込んでいた為、虐めの実体の把握が容易だった。犯罪意識も罪の意識も無く、遊び半分で有ること無いことが書かれている。本当に胸糞悪い。


翌日、臨時休校となったため、俺は朝から葵さんのアパートへ足を運んでいた。


「棗ちゃん、無理を言ってごめんね。」

「仁夜様の頼みですもの問題ありませんよ。それで説明して頂いても宜しくですか?」


葵さんに断りを入れてから昨日の事とこれからの事を説明する。


「葵様のお母様を病院へお連れするのと引っ越しの為の車の用意をお願いしたいと言う事ですね?」

「うん。知り合いの病院には話をつけておいたから、これを機会に身体を治して貰う。優秀な医師だから任せておいて問題無いからね。」

「引っ越し先が仁夜様のマンションというのは?」

「今の葵さんを一人にさせられ無いし、一緒のマンションとは言っても、うちの親が用意したマンション2フロアあって一人だと使ってない部屋が多すぎて勿体ないからね。」

「仁夜様、そう言う問題では無く、年頃の男女が同じ場所で生活するのが問題なのです。」

「あっ! ごめん葵さん、勝手に決めてちゃって。嫌だったよね?」

「い・いや・・じ・仁君くんとなら、そ・そのぅ・嫌では無いよ。」

「ほ ほんと! 良かった!」

「ハァ~由々しき問題ですね。銀! 直ぐに車の手配と人手を集めなさい。それと仁夜様、私も一緒に住まわせて頂きますね。」

「えっ!? 俺は問題無いけど、流石に陸弥さんが許可出さないんじゃない?」

「問題ありません。事情を説明したら〈OK〉とかえって来ましたので。」

「それなら問題無いかな? これから宜しくね、棗ちゃん。」

「こちらこそ宜しくお願いします。」


棗ちゃんは自身の引っ越しの事もあり、一度帰り後で合流する事になった。


「銀さんも迷惑かけてごめん。」

「気にする必要は無い。母親の方には、こちらで状況を説明しておくから任せてくれ。」


銀さんは棗ちゃんの護衛である。寡黙で見た目は怖いけど、陸弥さんが棗ちゃんを任せているだけあって信頼があつい。


「銀さんなら安心して任せられるね。お母さんには落ち着いたら二人を連れてお見舞いに行くと伝えておいて下さい。後、うちのマンション何だけど、セキュリティーが高いから後で銀さんや真さんだけでも登録しておきたいから、暇な時にマンションに来て欲しい。何故か棗ちゃんまで一緒に住む事になったし、護衛である銀さんも気軽に入れた方が良いでしょ?」

「気づかいありがとう。若には私から伝えておきます。」


葵さんのお母さんは予想以上に体調が良く無かった。慎重にお母さんを車に乗せて、病院まで連れていって貰った。


「お母さん・・・」


小学生になる妹さん、橘美里ちゃんが今にも泣きそうな顔でお母さんが乗った車を見送っていた。


「え~と、美里ちゃん。お母さんは元気になる為に病院に行ったんだよ。だから、心配しないで待ってようね。それと、お見舞いの時に元気な姿をみせないとだからお姉ちゃんと元気に待ってようね。」

「うん。ありがと、お兄ちゃん。」


棗ちゃんのお陰で人手が集まり、あっという間に物は運び出された。アパートの大家さんには滞納金を全て納めて話しをつけた。葵さんは申し訳無さそうにしていたけど気にしないでと言ってある。

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