第17話 お話します。②
「それでね、ルーク様はその後、特別戦略魔法士として、アルバ国を守る役職になるんだ。任せられたのがアガルタ山脈の向こう側にある、ナイトフォール領。その中でも特に魔獣の巣と言われる、ノクスにある『始原の森』。私が住んでいるお家もその近くにあるの」
「ナイトフォール領、ノクス、始原の森…」
オウム返しのような返事しか出来ないが、どれも聞いたことがあるものばかりだ。遥かに遠い存在だと思っていたんだけどなぁ。まさかこんな出会いがあるとは。
『始原の森』
ここはウィルが言っていた通り、魔獣の巣と呼ばれる場所だ。魔獣発生の地の一つであり、五大神域と呼ばれる人類未踏と言われた場所である。神域とは神話の時代からこの世界にあり続け、神が宿ると言われる領域のことである。結界が張られており、一般人は入ることはおろか、近づくことすら難しい。
魔力濃度が高過ぎて、魔力の少ない者は、近づくだけで、体調を崩しかねないのだ。Aランクどころか、Sランクを超える魔獣が闊歩すると言われている。
「それでね、ノクスに赴任したルーク様なんだけど…、破天荒な性格は変わらなかったみたいで、色々な場所で、その、やんちゃしてたみたいなんだ…」
「…やんちゃかぁ」
ウィルが何を言いたいか何となく分かった。派手に暴れていたようだ。実際、歴史の教科書にもその事が記載されている。
「子どもが生まれて、家族思いなのが、更に強くなったらしくて、子どもがイジメられているのを知るとその村を焼こうとしたり、シャルロット様にかすり傷を負わせた酔っぱらいの家族もろとも木端微塵にしようとしたり…」
「おぉう…」
つい変な声が出てしまうが、仕方ないとは思いたい。家族を傷つける者は絶対に許さないようだ。過激派過ぎないルーク様?
「その分家族には、優し過ぎるほど優しかったみたいで、シャルロット様や子ども達への誕生日に、旅行に行ったり、子どもが大きくなったら別荘をプレゼントしたりして、家族仲は凄く良好だったんだって」
「そうなんだ。他人には厳しいけど身内には優しかったんだね」
「うん。家族からの手紙を生涯大切に保管してたり、子ども達から誕生日プレゼントの時計を貰って、感動で咽び泣いたって記録もあるの」
良い人かと言われると首を傾げるが、根っからの悪人ではないようだ。身内か、それ以外かって感じで分けて考えてたのかな。
「ただ、そんな感じの性格だから、その、ノクスの住人達からは慕われてはいたんだけど、それ以外の人達からは、怖がられていたというか、嫌悪される事が多かったみたいなんだ。200年経った今もそれは変わっていないみたい」
「ふむ」
分からないでもない話だ。聞いた限りだと、ルーク様は、家族の為なら過激な行動も辞さないタイプのようだ。それにゾルト帝国の1件もある。噂に尾びれがついて、悪い印象が先行していてもおかしくない。噂が噂を呼んで、今もなお、恐怖は消えない。いや、更に誇張されているのかもしれない。
そんなことを考えていると、ウィルが俯きがちに呟いた。
「私ね、魔法士のお仕事自体は嫌いじゃないんだ。でも…人と接するのは…」
ウィルが言い淀む。静かに耳を傾ける。
「私、実は人の悪意や敵意が分かるの。ううん、分かるようになったかな」
「人の悪意?」
人の悪意が分かるとはどういうことだろう。
「昔、お父さんに魔獣退治の現場に連れて行ってもらった時に、村人達が襲われていたんだ」
「EランクやDランクぐらいの魔獣で、大したことはないんだけど、数が多かった」
「私はその人達を助ける為に、魔獣達を倒そうとしたんだけど…失敗しちゃった…」
「……」
「魔獣を倒す為に放った火魔法の威力が高過ぎて、近くにいた一人が火傷しちゃったんだ」
「そんな…」
「治癒魔法で火傷は無くなった。でも、私の炎を見た人がパニックになって逃げて、逃げた先に遠距離攻撃ができる魔獣が居て、攻撃を受けて死んじゃったの…。お父さんは私を庇ってくれて、魔獣退治の現場では仕方ないことだから気にしなくていいって言ってくれたんだけど…」
「ウィル…」
何を言うべきだろう。何が言えるのだろう。
「襲われていた人達に、『人殺し』、『化け物だ』って…。『お前のせいだ』、『お前が殺したんだ』って言われて…」
「それを見ていた人達は『人殺しの子どもは所詮人殺しだ』って、『蒼天の子孫なんかろくな奴じゃない』って言ってたの…」
「…ふざけるな」
気がつけば呟いていた。爪が手のひらに食い込む程握りしめていた事に今気づいた。ルーク様とウィルは違う。ウィルはウィルだろうが。
助けてもらったのに、感謝の言葉がないどころか、彼女を傷つける?『お前が殺した』?『人殺し』だと?ふざけるな!パニックになっていたとして、言っていい言葉と悪い言葉があるだろうが!
言葉にならない怒りが胸の内に募っていく。想像しただけで感情が爆発しそうだ。
「怖かった。私がしてしまったこと、私が悪いのに、私はそこから逃げちゃった…」
「魔獣退治の後に村人達の目を見たんだ。冷たい目だった。怒りや悲しみ、侮蔑、嘲笑、憎悪や嫌悪、何より恐怖でいっぱいだった。その時に気付いた。これが、敵意なんだって」
「……」
「ユーグベルトの一族だって分かると、村人達の態度が変わったこともあるんだ。さっきまではにこやかだったのに、名前を告げると、よそよそしくなったり、冷たい態度になったこともあったの。酷い時は罵声を浴びせられたり、遠目から石を投げられたこともあった」
「……。そうか…」
…落ち着け。怒りを抑えろ。まだ、ウィルの話は続いている。その村人達はここにいない。怒りをぶつける相手を間違えるな。
あぁ、ルーク様の気持ちが良く分かったよ。大切な人が傷ついていることがこんなにも、辛く、怒りが湧いてくるんだと初めて知った。ソイツラヲコロシテヤリタイ。
振り切れそうになる怒りを一旦抑える為に奥歯を強く噛み締めて、話に耳を傾ける。
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