第15話 決着です。

「《薄明領域》」


ウィルの魔法が発動した瞬間感じたのは、身体の軽さだった。さっき迄の戦闘、というか時間稼ぎで結構魔力を消費していたにも関わらず、体内に魔力が充実している。いや、いつも以上だ。身体の奥底から力が湧いてくる。


「これは…、どういう」


「身体が軽い。力が湧いてくる。この領域の影響か?」


アルトやオーラさんも同じ事を考えているようで、どうやらウィルの魔法の力であるようだ。《薄明領域》と言っていた。周囲の人間の力を引き上げる領域を作り出す魔法、なのだろうか?そこでふと、ドラゴンの方を見て、ただそれだけの魔法でないことに気づく。


「ガ、アア…ゴアァ…」


明らかに衰弱している。僕らの攻撃では、ほとんどダメージを与えられていなかった。だが、ウィルの魔法を受けて、今や身体を動かすことも難しいようだ。直に消滅するだろう。ドラゴンの体表には傷は確認出来ない。となれば


「(ドラゴンの、生命力か魔力を奪っている?)」


「シーくん!大丈夫!?怪我はない!?」


ウィルがこちらに駆けつける。当たり前のように抱き着かれるが、それは置いとくとして、ウィルにこの魔法の事を尋ねてみる。


「(…ねぇ、ウィル。この魔法ってさ、生命力や魔力を奪ったり、与えたり出来るの?)」


「(…うん。シーくんの言う通りで、この《薄明領域》は、領域内にいる存在全ての生殺与奪を握る魔法。シーくん達は今身体が軽くない?)」


「(…うん。凄く軽い。身体の奥から力が湧いてくるようだ)」


「(…良かった〜。ドラゴンから奪った生命力や、魔力をシーくん達に渡しているの。だから、この領域にいる限り、普段以上の力が出せる。身体能力も上昇してるし、魔法は凄い威力が出ると思うよ。後、この魔法は、光属性と闇属性の混合魔法なんだ。ちょっとした傷や、毒、呪いならここにいるとすぐに治せるよ)」


「(…教えてくれてありがとう。凄い魔法だね)」


「(…ふへへ。シーくんに頭撫でて貰うの好き…)」


アルトやオーラさん相手とは言え、人の魔法を勝手にばらすのは如何なものかと考え、お互いの耳元で内緒話をするために、囁やき合う。…周りから見たら、イチャつく恋人同士に見えるかも、との考えがチラつくが、気にしない。…アルトやオーラさんの『何をイチャついてんだコイツら』という視線は気の所為だ。


「それにしてもウィル、凄く綺麗な魔法だね。なんというか、夜明けや夕暮れみたいな感じがする」


ウィルが作った魔法を改めてよく見てみる。光と闇が混ざり合う空間。この空間にいると様々な感情が湧いてくる。


明日が始まる高揚

夜明けの安堵

今日が終わる寂寥

夕暮れの不安


矛盾する感情が共存している感覚。遥遠い昔から連綿と続く世界の営み。空が魅せるほんの一時の表情。永遠と刹那が寄り添う空間で、只々ただただ、目を奪われていた。


「ふへへ。ありがとう。シーくんにそう言って貰えて、嬉しい。私が好きな空の色を魔法で作ったのがこれなんだ。暁の空や、夕暮れの空が好きなの」


「なるほど。だから薄明なんだ」


薄明は日の出前、もしくは日の入後に見られる光景だ。昼間の青と夕方の赤。夜の黒と、朝の白。混ざり合い、普段の空とは別の姿となる。その時間のことを薄明と呼ぶ。別の呼び名では「マジックアワー」とも。魔法のように美しい姿は見るものを魅了することもある。ウィルはきっとこの空に魅せられたのだろう。


「うん。私空を見るのが好きなんだけど、この空が凄く綺麗だったから、作れないかなって思って」


「分かる。確かに綺麗だよね。僕も朝早くに起きた時はよく見てたよ。」


ニル村にいた頃。アルトは朝が弱いため、朝食はシオンが作ることになっていた。早朝に起き、朝食の準備をして、ふと窓の外を見る。夜明け前の空が広がっており、それを眺めるのがちょっとした楽しみだった。


「ふへへ〜。シーくんが分かってくれて嬉しい」


そんな僕らにアルトとオーラさんは呆れたような、微笑ましい物を見るような表情を浮かべていた。


その場にいる誰もが、戦いは終わったと思っていた。


「ガ…アァ…ガアアアァ!!」


「「「「!!!?」」」」


それは僕らへの怒りか、強者としての意地か分からない。だがドラゴンは咆哮を上げると、大きく息を吸い込む


―マズい!ブレスが来る!


咄嗟にウィルをかばうように躍り出て、前方に水の防壁を展開する。回復した魔力全てを使ってでも、ウィルを守るつもりだ。次の瞬間


ドゴォォォォォン!!!!


水の防壁に灼熱の炎が激突する。水が蒸発する音が絶え間なく響き渡る。蒸発した水の分だけ足し続ける。


―受け止めるな、受け流せ!ウィルが炎に焼かれるなんてゴメンだ!!


前方に展開した水の防壁を、渦巻くように回転させていく。正面からぶつかれば死ぬ。僕が死ぬのも嫌だし、ウィルが死ぬのはもっと嫌だ!!


「シーくん!!」


ウィルが抱きついてくる。否、支えてくれている。ウィルから温かい何かが流れ込んでくる。ウィルの魔力だ。


「う、が、あああああああああああ!!!」


ドラゴンブレスを押し戻すように力を込める。中心に受け流した業火が集まっていく。水属性なのに火を操っているようだ。


「ガアアァァ…!」


ブレスが途切れた瞬間


「うおおおおおおおお!!!」


水流を操り、ドラゴンに向けて炎を返す!!


ゴォォォォォォォォォォ!!


自分が放ったブレスを返され、焼け焦げていく。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


「ガアアアァァ…」


やがて燃え尽き、核だけを残し、消滅した。


水魔法 《渦盾》


受けた攻撃魔法を相手に返す水の防壁。


この先、色々と世話になるこの魔法はこうして誕生した。


「シーくん!!大丈夫!?」


「ウィルのおかげだよ。ありがとう」


「違うよ!私がちゃんとトドメを刺していなかったからこうなったんだ!本当にごめんなさい!!」


「気にしないで。確認していなかったのは僕も一緒だ。ウィルのお陰で勝てたんだよ」


「でも、でも〜…。う〜…」


ウィルは納得していない表情だ。そっとウィルの頭を撫でる。不満そうな表情だったが、撫でている内に、表情が蕩けていく。…しかし、ウィルの髪サラサラなんだけど。絹を触ると言うんだっけか?凄く触り心地がいい。


まぁ何はともあれ


「とりあえず決着かな」


呟いて、身体の調子を確かめる。怪我はなく、ウィルの魔法のお陰で絶好調だ。そうしていると、


「お〜い。大丈夫か〜?」


「何これすご〜い。綺麗〜」


「ドラゴンを倒したの!?すげーなあんたら!!」


「貴方達のお陰だ。本当にありがとう!!」


「「「「「ありがとう!!!」」」」」


先程まで避難していた街の人達が駆け寄ってくるのが見えた。どうやら町に被害はあまりなさそうだ。


「無事終わったみたいだね。ウィル」


「そうだね。シーくんが無事で本当に良かった」


周囲に喧騒が戻る。ほんの数分足らずの戦いは終わり、日常へと帰るように。

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