第2話 ずぶ濡れの少女を拾いました。

明朝

ついに学園に向けて出発する日がきた。僕が馬車に向かうとすでにアルトとオーラの姿があった。驚いたのが数人の村人達の姿もあったことだ。まだ、朝も明けきらない時間なのに。


「おはようシオン」


「シオンくん。おはよう。準備は出来てるよ」


「おはよう。アルト。オーラさん。今日からよろしくお願いします」


「おはようシオンがんばれよ」


「おはようローグおじさん。頑張るよ」


「体には気をつけるんだよシオン。若いんだからって無理はしないこと」


「分かってるよマリーおばさん」


「おはよう。これはシオンにだ。良ければ貰ってくれ」


「え、これって剣?良いの?ルンダさん」


「お前のために打った剣だ。頑丈にできてるから多少の無茶なら出来る。儂が出来るのはこれぐらいだ」


「ありがとう。ルンダさん。大切に使うから」



皆と朝の挨拶を交わし、忘れ物がないかを確認する。家で一度確認したが、念の為にもう一度。数冊の教本、受験票、筆記用具、護身用のナイフ、初心者用の魔導書。よし、完璧だ。


ルンダさんからもらった剣をベルトに差す。少し長めの直剣だ。陽光を反射する剣身、無駄な装飾のない鍔に、柄尻に小さな緑の宝石が埋め込まれている。ルンダさんいわくこの宝石はお守りだそうだ。


剣のことには詳しくないけど、そんな僕から見ても、この剣は凄い剣だと思う。軽くありながら頑丈で、振りやすい。武器屋で買えば非常に高価になるだろう。この剣に見合うように頑張らないと


「しかし、早いねシオンくん。まだ出発の時間まで30分はあるよ?」


オーラさんが話しかけてきた。確かに出発時間まで軽く30分はある。出発時間に間に合えば、5分前でもいいと言われている。ただ何だか早く行こうと思ったんだ。


「何だか待ちきれないといいますか、早く行ってみたいなと」


「楽しみだったのかい?」


「そうだぞオーラ。シオンのやつ数日前からずっとソワソワしてたからな」


「は、恥ずかしいから言わないでよアルト」


横から口を挟んできたアルトを軽く睨むが、アルトはどこ吹く風な態度だ。間違いではない。実際楽しみにしていたのだ。学園に向かうことも、村の外に出ることも。ただ、面と向かって言われると何だか恥ずかしい。


そんな僕にオーラさんは柔和な笑みを浮かべていた。


「それなら良かったよ。普通とは違うけど、あそこも学校であることは違いないんだ。きっと色々な経験が出来ると思うよ」


「楽しみです」


「まずは、受験に合格するのが大切だぞ」


「分かってる」


アルトが釘を刺してきた。そうだ。まずは受験に合格しなければ学園生活は無くなってしまう。気合を入れ直す。


「それじゃ少し早いけど、出発しようか」


「しっかりするんだよ」


「いつでも帰ってこいよ」


「次あった時は土産話を楽しみにしておくわい」


「またね~シオン」


そうして馬車に乗り込み出発した。村を出発して少し進んだところでふと後ろを振り返れば、村人全員が手を振っていたのが見えた。まだ朝早いのに小さな子どもの姿も見えた。


声は聞こえない。だが、行ってらっしゃいと背中を押された気がした。

行ってきます

心の中でそう答えた。



馬車での旅は結構快適だった。振動がキツいと聞いていたから、そこは覚悟していたが、そこまで揺れることなく、進んでいた。村の外を見ることが出来て嬉しくて、気にならなかっただけかも知れないが。


草花生い茂る平原と石造りの街道、豊かな森に、光を反射する透き通った小さな川、遥か遠くの山脈が力強くそびえ立っている。本当に村の外に出たんだという実感が湧いてきた。隣の村までは出かけたことがあったが、ここまで遠出するのは初めてだ。


そんな小さな旅に感動していると、ちょっとしたトラブルに見舞われる事になる。二日目のことだ。


一日目は馬車の中で寝泊まりした。翌日、街道を進んでいると、道の先に小さな村を発見した。この村で必要な物資を買うとのことで、この村で小休憩を取ることになった。


馬車から降りた僕は、ブラブラと村を散策していた。2時間後に馬車に集合する運びとなり、アルトとオーラさんとは別行動になった。


「遠くまで行くなよ。魔獣がいるかもしれないからな」


「わかってるよ。アルト。気をつけるよ」


「私達は物資を補給してくる。シオンは、村の観光か?」


「そうだね。ぶらぶらしてくるよ」


「そうか。では、2時間後にここに集合だ」


「さて、どうしようかな。昼はまだ早いし。何かあるかな?」


小さな村だ。歩いて30分ぐらいで一周出来る。民家がほとんどで、寂れた雑貨屋ぐらいしかない。村の外にあるのは川と平原。することがない。


「勉強でもしておこうかな。それとも近くの川で魔法の練習でもしておこうか」


少し悩んだ末に近くの川で魔法の練習をすることになった。


目の前には小川が流れている。水底まで澄んでおり、触れると少し冷たくて心地よい。


そこで、僕は魔法の練習をしていた。オーラさんが教えてくれた効率の良い魔力変換のやり方だ。


身体の内側に集中する。へそのあたりに渦巻いている力を感じる。これが魔力だ。魔力を全身に行き渡らせるように意識する。ゆっくりと身体の中心からつま先まで行きわたるように魔力を練る。体全体が温かくなるのを感じる。魔力が体内を循環しているのだ。いい感じだ。


魔法使いとしては基礎中の基礎である身体強化を行うにはこれが必須だ。これを怠り、疎かにすれば、怪我や事故につながる。最悪の場合、魔力が暴発し、死ぬこともあり得る。


全身に魔力を行き渡らせると、身体の感覚が鋭くなる。目は遥か遠くまで見えるようになり、耳は小さな物音もハッキリと聞こえる。筋力や体力も底上げし、傷の治りも早くなる。


1分ほどかけて、魔力の循環を行う。オーラさんから魔力の循環は早すぎると身体を傷つけることからと注意するようにと教わった。ゆっくりするように心掛ける。魔力の循環を早くするのが、今の目標だ。


魔力の練習をしていると、ふと目の前に影が差した。鳥かなと一瞬思ったが、鳥にしては大きすぎる。なんだと上を見上げると


「…人?」


人が降ってきた。


「え?ちょっ、危ない!!」


川とはいえ、小さく浅い川だ。このままでは怪我するかもしれない。そう考えるよりも前に身体が動いた。


咄嗟に手を伸ばし、受け止める形で、身体に力を入れる。腕に衝撃が走り、更に力を込めて、踏ん張る。


だが、足場が悪かったのだろう、片足を水に踏み込んだ状況では、踏ん張り効かず、受け止めた人物もろとも川に落ちてしまう。落ちてきた人に怪我させないように、シオンが下敷きになった。


派手な水しぶきが上がる。川底で打った背中の痛みはあったが、それよりも今は落ちてきた人のことが大事だ。


痛みをこらえながら、受け止めた人物を見る。どうやら女性、というか少女のようだ。黒のロングヘアに漆黒のローブ。年齢は分からないが、自分と同年齢ぐらいに見えた。


「大丈夫ですか!?」


少女に問いかける。だが、返答はない。見たところ怪我はなく、気を失っているようだ。

気絶している少女を背負い、川から上がる。シートを広げ、少女をそこにゆっくりと下ろす。


(まずは、怪我の治療。次に服を乾かすか。暖かいけど風邪を引くかもしれないし)


シオンは懐から一枚のカードを取り出す。魔法陣が描かれており、仄かに光を放っている。オーラさんに作り方を教えてもらった、治療用の魔導具である。


「簡易治療用魔導札」通称魔札である。治療は光属性と闇属性の分野だ。シオンはどちらも使えない。だが、魔札を使用することで軽い怪我の治療などを行うことが可能だ。


魔札に魔力を注ぐ。すると、魔札から光が溢れる。溢れた光は眠っている少女を包み込む。青白かった少女の肌が生気ある赤みを帯びていく。


「…ぅっう…ん…」


少女の口から言葉が漏れる。だが目覚めたわけではないようだ。


水魔法 《脱水》

水魔法を行使し、自分と少女の服から水だけを取り除く。

ずぶ濡れだった服が見る見る内に乾いていくのがわかる。

大体乾ききったところで自身のローブを掛布団代わりにして暖める。応急処置としてはこんなものだろうか。

「とりあえず、この子が目覚めるまで待つか。このままというわけにも行かないし」


少女が目覚めるまで待つことにした。










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