第26話 裏切者

 また窓からかよ。

 僕が文句を言うと、レイはクサという連中が忍び込んでいるのは確かだから念を入れろと言った。

 そりゃそうだけど。

 もし連中がいるなら、僕たちの行動でウラカの身に危険になるかもしれないと心配していた。わたしたちはあんな奴は倒せるけど、ウラカは狙われたら自分さえ守れないかも。

 疑っていても、何だかんだ気にかけてるんだねと言うと、他の奴に殺されたら腹が立つと返してきた。

「開いてるのか?」

「開いてる。でも誰かいる」

「もう誰がいてもいいから突入しようよ。落ちそうで嫌だよ」

「わたしがいる」

「また首輪するだろ?首がとれそうになってたのにさ」

「わざとじゃないもん。それに今は大丈夫だし」

 イメージしたら首に巻きつくのだからしようがないらしいが、とっさにイメージしたら手首とかではないのか。腰とかにしてくれ。

「飛び込め。知らない奴は始末だ」

「間違えて殺すかも!」

 待てっ!

 窓から飛び込んだレイは一気に襲いかかる敵を斬り裂いた。僕は隙をついてウラカをベッドの後ろに隠した。すると下に気配がしてハンドアックスを投げ入れた。レイの蛇が半死の兵士を引きずり出してとどめを刺した。合計五人が死んだ。すべてが城内で働いている者の格好をしていた。隣の部屋に移ると、廊下と陰になるところを調べて潜んでいる者がいないことを確認した後、ウラカを死体から遠ざけた。すでにウラカは旅装束に身を包んで、簡単な荷物は客間に移していた。

「よく逃げられたな」

「ちょっとね。王子様かミア以外は入れるなと言われてたし。それにこれが教えてくれた。すぐ寝室に入って鍵かけたんだけど」

 細い腕に二重に絡まる革のブレスレットを揺らしてみせた。

「ウラカ、死ななくてよかった」

 レイが言うので、ウラカは芝居がかった様子で「レイのおかげよ。ありがとう」と答えた。また違うんだよなぁ。それでもウラカは二人とも凄くない?守ってくれたのね!

「まあね」

「どうしたの?」

 ウラカは水差しから水を飲もうとしたので、僕のひょうたん水を差し出した。毒があるかもしれないからこっちを飲めと。ウラカは少しだけ飲んで、たまらず床に吐き出した。

「レイ、おまえ!」

「まだお薬いるからミアに入れてもらってたの。忘れてた」

 激しく戦った後、喉が渇いて飲もうとしていたらアウトだ。吐き気だけを記憶して殺されている。

「二人とも」

 ウラカが咳き込みながら、線は僕の二振りの剣を瞬間に見た。

「それ……」

「戻ってきたんだ」

「ど、どうして?」

 僕から離れたウラカは咳き込むのをなんとか抑えようとしていた。

「これはあなたが持っていてはいけないのよ。もう何でこんなことになってるのよっ!」

 突然僕に向かって激しく詰め寄ってきた。今にも襲いかかってこようとしているかのようだった。

 僕は冷静に見た。しかし心の中ではレイの表情と同じく「ん?」という疑問を抱いた。ウラカは手にした水差しを床に叩きつけると、息を荒げて破片を何度も踏みつけた。

 普通に狂気だ。

 何だかウラカの勢いが変だということで、僕はレイに呼ばれた。

「シン、何かおかしくない?」

「うん」

「演技の可能性はあるけど、わたしにはわからないから決めてよ」

「今さらよく言うよ。こんなの決められるもんでもないだろ。でもよくよく考えたら人間不信の極みのウラカがたいした地位もないセゴなんかに預けるかな」

「確かに。雑魚にね」

 荒れ狂うウラカを見て、

「ウラカ、ちゃんと話せ」

 レイがなだめた。わたしは責めているわけではないの。何でもかんでも一人で背負い込むなと。

 いやいや。

 つい今まで責めてたよね?

「何から話せばいいの。まだ二人はわたしの話を聞いてくれるの?」

「なぜ剣を盗んだか話せ」

「そうよね。しかるべきところへ返すためによ。もともとノイタ王子へ預けたものだからノイタ王子が持てばいい」

 ウラカは息を整えた。さすがにレイもこれは迂闊には触れられないと考えて、距離を置いていた。

「これはあなたたちに関係のないところで済むことだったのよ」

 僕たちさえ逃げなければという注釈付きだが。今は戦場の真ん中、落城しようとしている城にいる。眩しい太陽、潮風、波の打ち寄せる音、マストが軋む音が甲板に伝わるのを楽しんでいるはずだったのに。

「どうして逃げたの?ねえ、どうして?」涙を流したウラカは答えは求めていなかった。「言わないでもいいの。わたしのせいなのよ。わかってる。あなたが不安になるような失言したのが悪いのよ。あなたはそんなこと許さない人なのもわかってる」

 レイの腕を掴んだ指がどんどん食い込んでいった。情緒が乱高下している様子が手に取るようにわかる。

「わたしはどうしてあんなこと言ってしまったの?油断したのよ。もうぜんぜんバカじゃないの。ハイデルへ入る前に剣を渡せたの」

 何とか呼吸を整えて、

「ええ。そうだわ。峠を越えたところで使いの者に剣を託した。共和国軍に囲まれるまでに間に合うのは内陸の峠越えしかないと判断した。王国は厳しい峠越えは渋ったわ。でもハイデルまでは待てない。峠でもギリギリだった。ただ使いの青年を見たとき、この子に託すべきだと信じたのよ。後でミアの弟さんだと知らされた。わたしは祝福をして、ズミと犬ころをつけた。それでも途中までしかできなかった。もっとわたしに力があれば、彼を城まで送ることができたかもしれない。わたしは何なの?もう死にたい」

「ウラカ、そんなこと言うな。死にたいなんて言うな」わたしが殺してやるから。「死ぬな」

「必死でやったのよ。でもそのときはまさか評議会がわたしに全任してくるなんて思いもしてなかった」

 僕はレイに「おまえはもうウラカを信じてるのか」と聞いた。するとレイは「わたしは初めからウラカを信じていた」と答えた。こんなにも泣いているのに疑えない。

 あのさ。

「あのときにわたしたちに相談してくれればよかったのに」

「わたしも二人に相談できればどんなに心丈夫だったか。でもコロブツの後に、また二人につらい思いをさせられない。話したら……」

 ウラカは言葉を詰まらせた。もし話していれば断ってくれたかと言われて、僕は「たぶん」と即答した。

 レイは、

「わたしはウラカが困っているんなら手伝ったかも。チウタキを見たら一緒に行ってたかもしれない」

 おいっ!

 嘘つけよ。

 僕は窓から外を見ていた。左右を確認して、遠くを見た。結界が破れた市街地からは、ところどころから炎と煙が上がっていた。

 城内でも爆発がした。

 燭台が倒れた。

「わたしは身も心も疲れていた二人にそんなことさせたくなくて」

 レイは僕に小声で「そんな疲れていたように見えたのかな」と聞いてきたので「ウラカにはそう見えていたんだろうね」と答えた。

 もう僕にはレイにウラカがどう見えているかもわからないよ。

「わたしは王国と連絡をして、評議会へも一報を入れて、以後わたし自身が交渉を命じられた。今もなぜ第一王子がその剣のことを知ったのかもわからないまんま。二人が行列が増えたことに気づいたとき、もう生きた心地がしなかったわ」

 剣が入城した後、調停の使者に紛れてノイタ王子と別で話そうとしていたとき、僕たちに出くわした。

「ここで二人に会ったときは目眩がしたわ。もうずっと吐き気も止まらない。怖くて怖くて。ミアがいてくれたから何とかいられたの。なぜ二人がいるのか。なぜレイが剣を持っているのか。それにこんなところで誰に相談すればいいのか」

 そんなときミアが現れ、僕たちとノイタ王子の関係がわかった。一筋の細い細い光が繋がった気がした。

「わたしは二人の人を見る目を信じてるのよ。ミアさんに賭けた」

 ミアの取り持ちでうまく王子と接触したウラカは剣について王子を叱責したが、逆に剣の持ち主が教会ではないと言い返された。

「でもノイタ王子が悩んでることを知ることかができた。あなたを巻き込んでいいのか、呪われた城を守ってきた第一王子の苦しみについて寄り添いたいことも話してくれた」

 ウラカに話すなんて迂闊だな。

 しかし彼女は教会としてできるだけの協力はしたいと考えたらしい。

「とにかく剣を王子の手に戻すことにしたわ。盗み返すこと。それなのにどうしてまたあなたが?」

 少し落ち着いたウラカだが、また気持ちが高まると、今度は喚かないように何とか我慢した。

「わたしの仕事は何かわかる?」

「講釈」と僕。

「それは布教と言ってほしいところだけどね。もう一つある」

「呪具の横流し?」とレイ。

「違うわよ。本職は教会に伝わる各地の古い呪いを解くことよ」

「でもやってることは横流しと同じじゃんね」

 レイが正しい。僕たちに内緒で預けたのだから、教会は駄賃をくれてもいいのではないだろうか。 

 ウラカは僕たちの冗談にも本気で頷いた。二人はますますこればまずいぞということになってきた。

 ちょっと精神バランスが。

「ごめんなさい。まさかノイタ王子が嘘を吐くなんて。わたしはぜんぜん人を見る目がないんだわ」

 レイが、

「やっぱすり替えられてたこと知らないんじゃない?」

 と言うので、

「もう僕もよくわからん」

 と答えた。

「ロブハンって何者なんだ?」

「評議会から派遣されてきた調停の責任者よ。教会の立場にも格というものがあるから、わたしが代表になるわけにはいかないの」

「じゃロブハンも剣の存在を知っていたわけだ。評議会の奴だろ」

「わたしが報告したもの。でも評議会は塔の剣のことはわたしに委任したままなのよ。訳分からない」

 僕は窓から市街地を見て、城から逃げる領民の列を覗き込んだ。結構出て行ったのか。しかしよく共和国軍も我慢してくれているもんだ。

「倒れたのは演技なの?」

 レイの問いかけに、ウラカは言葉もなく首を横に振った。

「限界よ。レイは剣のことを気にしてるようだし、シンはレイの様子に何か気づいてたし。引き留めるるのに必死で何も覚えてないわ。うまく盗んでくれたみたいだけど」

「チウタキ、ミアの弟は城へ入る寸前まで狙われていたんだよ」

「それがどうしたの?」

「剣の力を知らないとそんなことはしないんじゃないの。だってこの剣は有名でもないんでしょう?」

 ウラカは覗き込んできたレイに視線を上げた。二人の視線が合ったときに、ウラカは僕の方を見た。

「わたしも疑われてる?」

 ウラカはすがるように、

「ちゃんと話して。わたしは二人に剣を渡したくないだけなのよ。あなたもレイも巻き込みたくない。ただそれだけなの」

 レイはウラカの手を手袋をした両手で包んだ。

「ウラカ、実際にノイタ王子に会って気づいたわよね。彼にこの剣を扱えないこと。それでも渡したの」

「二人が犠牲にならないんなら何でもよかった。ノイタ王子に預けたのはわたしなんだもの。だからわたしは盗み返すことに賛成した」

「賛成した?誰が発案者?」

「ノイタ王子か国王?」

「わたしたちに渡してくれと言えば済んだんじゃないのかな」

「でもわたしはシンが渡してくれるとは思えなくて」

「ああ。シンはバカだから人のことしか考えない。絶対に渡すわけがないわね。バカだから。だからウラカの気持ちはわかる」

 レイが慰めた。こんなことまでできるようになっているなんて。バカは余計だが、バカは。

「ウラカ、第一王子に会ったことはあるの。わたしは話したけど」

「彼は寝てたわ。でもわたしには理解できたわ。この王子様は城のすべての魂の救済を求めていると」

 僕もレイもウラカと同じように思ったと伝えた。まだ少し話ができたので、彼から僕は塔の剣を使ってくれと頼まれたとも話した。

「余計にあなたに渡したらダメじゃないの。わたしがノイタを信じたのがバカなのよ。結局我が身かわいさにあなたを犠牲にするなんて」

 うつむいたウラカは乱れた黒髪を搔き上げると「いいわ。あなたたちは剣を置いて逃げて」と言った。

「どして?」

「こうなればわたしがやるわ」

 ウラカが覚悟を決めた。

 まさかそこまで言うとは、僕は本当に彼女は何も知らないのではないかと思い始めた。

「わたしがやれば済む話よ」

「どうしてもウラカがやるんならわたしたちも止めないんだけどさ」

 彼女は立ち上がると、二の腕で涙を拭いた。顔にはすでに己の信念に向き合う決意が現れていた。

「これでもわたしは教会でも自称一流の救済師。救済してみせるわ」

「ウラカ、もういい」

 レイが険しい表情のウラカをそっと抱き締めた。もうウラカの気持ちはわかったし、信じている。

「わたしはウラカがどんなことするのかからないけど、この状況でうまくできるとは思えない。実力を疑っているわけじゃない。今はお城の誰が味方で誰が敵かわからない」

「でもやるしかないわ。正直二人がつらくなければ、国なんて滅ぼうがどうでもいいい」

 言っちゃったよ。

 ウラカが僕を見て、ずっと涙を零していた。よく止まらないものだなと感じた。できるのは僕しかいないんじゃないかな。僕のためにみんながいろいろ考えてくれるけど。

「でもこんなのはお願いでも何でもないわ。脅しじゃないの」

 レイはハッとした。ウラカも自分と同じことを考えている。二人の気持ちは心強いが、これくらいは僕一人でやるよと答えた。しかも今回は第一王子自身のお願いだしね。

「ウラカ、君はどうするんだ」

「ロブハンが言うには王族とともに城を出ることになる。ね、どうしてわたしの命が狙われたの」

「塔の剣のことを知っているからじゃないか。城の秘密と。誰かが全部一人占めしたいんだよ」

「二人とも何か隠してない?」ウラカは閃いたらしい。「例えば塔の剣は別の誰かが持っていた。ノイタ王子も剣を持っていなかったとか」

 やはりウラカはバカではなく賢いのかもしれない。ただ情緒が不安定になりやすいだけなんだな。

 城が揺れた。

 奥底から地響きがした。

「今はシンが剣を持ってる。わたしたちが何とかする。いろんなことは後にして。まだ何も済んでない」

 レイは瞬間、ウラカに頭突きを食らわせた。突然のことにウラカは頭を押さえてふらついた。

「な、何なの?え?」

 ウラカはあまりの衝撃にフラフラとしていた。僕は倒れそうになるウラカを片腕で支えた。

「どうしたの?」

「僕たちを騙そうとしたのはこの口か。ミアのところから抜け出してノイタ王子と密会していたな」

 僕は両頬をねじ上げた後、手の平で餅をこねるように顔をこねた。

「にゃめて!にゃんにゃの!」

「僕たちから剣を盗む計画を立てた連中の中に、まだ別の計画を持っている奴がいるんだろうよ」

 僕は国ノ王の剣を後ろの腰に斜めに突き刺し、そして女王の剣を肩に担いだまま、窓から見える第五軍の市街地戦を上から見極めた。

「これじゃただの敗北だ」

「ただ敗北で良くない?」

「敗けるにしても敗けざまってのもんがある。ここまでこの城を支えてきた第一王子への敬意ってもんがないんだ。それに腹が立つ!」

「シン、わたしも同じ!」

「たった二人で何するの?今まだ仮にも教会の調停中なのよ」

「話し合いなら僕たちの得意とするところだ。レイ、やるぞ」

「おう!」

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