第27話 敵将
レイは膝をついて、窓枠越しに街と郊外の軍旗を眺めていた。
「シン、どうするの?」
「アレだ」
「アレやるの?」
「もういいだろ。あっちも降伏してもらいたいんだろうしね。レイは第一王子様に土下座させたいか」
「させたくないわね。ところで土下座って何?」
ひれ伏して謝ることで、最上級の謝罪の意味になる。
「謝る必要なんてないわ」
「アレだな」
「アレ?」
頬を押さえたウラカは僕たち二人の間を何度も見返していた。
「まだ戦えるが、やめてほしいんならやめてやるという気持ちをぶつけてやらないとな」
「ねぇアレって何なの?」
ウラカが必死で僕の腕やレイの体に食らいついてきた。僕は邪険に振り解くと、ウラカに言った。
「申し訳ないんだけど、邪魔しないでくれ。市街戦でも攻城戦でも好き放題やられてたまるもんか。しかも軍使まで斬られたんだぞ」
レイは僕を振り仰いだ。
「どこがいい?」
「軒並みやろうよ。僕たちからすればどうせ共和国軍も王国もやってることは同じだ。奴らのしたことを考えれば、何をしても許される」
「ちょっと待って。あなたたち何の話してるの。調停継続中で待ってもらってるのよ。ねえあっちにも教会の担当者がいるんだけど」
「知り合いとかか」
「もちろんいるけど」
「かわいそうだが、今回は泣いてもらうしかない。ちなみに守るべき人か。例えばウラカの好きな人とか」
「そ、それは……」
「ノー・プロブレム!」
「やっちまいな!」
「滅んでしまえ!」
レイが片手で窓の向こうの空を引っ掻くようにした。しばらく何も起きなかった。ウラカだけが僕の腕の中でバタバタ慌てていた。
「何したの?ね、教えて」
何も起きない。
見ていればわかる。
……あれ?
「何も起きてないな」
「おかしいね」
一瞬、ぐぐっと来た。
おお!
街の向こうの丘に左から四つの爆発がわずかな時間差で起きた。
「でかいっ!」
「でもちょっとずれた」
「ちょっとくらい気にするな。どの世の中もだいたいでできてる」
地響きがして、爆風が鳥獣を押し退けながら向かってきた後、城の割れた結界ごと僕たちのいた部屋の窓が枠ごと吹き飛んだ。寸前のところで僕たちは伏せた。
「今回はお月様をイメージしたんだけどどうなってる?」
「まあこんなもんだろ」
僕は望遠鏡を伸ばした。それわたしのじゃないの。ウラカは引ったくるようにして、自分で覗いた。
「丘が消えとる」
「ばあさん、ひと暴れするぞ」
「シン、何か来た」
「この野郎っ」
光球が来た。僕は女王の剣で斬り捨てた。砕けた余波が壁に突き刺さる。何とかの一つ覚えじゃあるまいし、二撃目も返す刀で斜め上に斬り上げた。ほら見てみろ。三撃目は珍しく下の方へと外れた。
「わたしは知らない」ウラカはよろめくように後ずさった。「もう付き合いきれないわ。呪われてるのは剣じゃないのよ。二人だわ」
「下手くそ」とレイ。
「レイ、違う。外したんだ」
外れたのではなく、わざと下の土台を狙ったようだった。梁で支えられていた石造りの床に亀裂が走ったかと思うとゆっくり崩れた。
落ちる!?
ウラカは慌てて荷物に入れてあった巻物を開いた。犬ころが現れて背に乗った。犬ころは落ちる石を飛び石のように庭へと跳ねた。レイは天井の梁へ飛び、彼女の蛇に巻かれた僕は振り子の要領で下階の庭へ放り出された。
死ぬかと思ったわとウラカは犬ころにもたれながら呟いた。
「また何か来たぞ」
「てめえええっ」
鳥獣が突っ込んできた。てめえだと?誰に言ってるんだ!女王の剣が鳥獣を真っ二つにした。
「バカが三人に増えたわ」
鎧が庭に転げてきた。起き上がるやいなや兜を脱いだ。豊かな黒髪が跳ね上がると、端正な顔立ちに牙を剥いた女がいた。
「人のペットをバカスカ撃ち殺しやがったのはてめえかぁ!」
速いっ。
女王の剣が受け止めた。
刃風が背後に渡る歩廊とタレットの胸壁を薙ぎ倒していた。
「いい度胸してんじゃねえか。このラナイ様とやろうってのか」
「何がラナイ様だ。散々街を目茶苦茶にしやがって」
「これは戦争だ」
鍔迫り合いで押し込んできた。
「戦争って言葉で何でも許されると思うなよ。下品な奴め。教会の名に賭けて鉄槌を下してやる」
「教会だあ?てめえこそ調停中に攻撃してきたじゃねえか」
「ちょっと勝手に教会の名を使わないで」とウラカ。
「言えた義理かよ。軍使を斬り捨てたくせに。それにペットなら人を襲わないように躾とくもんだ」
「わたしに上から言うのか」
火花が散ると、上段の様子を見せておいて下段から振り上げて、柄頭で押し込んだ。すべて受け止められて、左右の連続反撃を食らった。
「やるじゃねえかっ!」
再び鍔迫り合い。
「下手くそが偉そうに。おまえがカゴにでも入ってろ」
「上等じゃねえか。わたしを怒らせたらどうなるか教えてやる」
「おう。ちゃんと教えてもらおうじゃないか。話し合いすらできない奴が偉そうにさえずるんじゃない」
「さっきからてめえ何だ。わたしは軍使のことなど知らねえ」
「奴らは仲間の死体を自分で自分の片足斬って運んできたのかよ」
「わたしがそんな悪趣味なマネするもんか。くそ。斬れねえのか」
僕たちはどちらも離れるとみせかけてから、互いに剣先を突き入れた。剣を地面に突き刺した僕は彼女の懐に潜り込んで、剣などお構いなしに鎧ごと背負い投げた。
「てめえ」
堪えられた。
すぐさまラナイの軸足を蹴飛ばしてバランスを崩しにかかると、
「てめえ汚えぞ」
ラナイは盛大に転がった。僕は地面から抜いた女王の剣を振りきった。ラナイは吹き飛んだが、それでも剣を受け止めた。さすがに強かった。彼女は背後の犬ころを巻き添えにして止まった。もちろんウラカも下敷きになっていた。
「貴様ぁっ!」
「やんのか。てめえ」
対峙した一人と一匹は睨み合いを続けた。煤まみれのウラカが這うようにして逃げてきた。
「わたしよ!斬らないで!」
ウラカが泣いた。
「てめえ!てめえ!てめえ…てめえ?か、かわいいじゃねえか!」
「き、貴様……ん?」
「お手」
犬ころは何か違うなと首を傾げつつも右足を出した。おかわり。剣を降ろしたラナイは僕を見た。
「てめえのか?」
「まあ」僕は足にしがみついたウラカを指差した。「飼い主です」
「てめえ、どこかで見たぞ」
あんた、言わないで。
涙目で睨んだ。
「聖女教会のウラカです」
「えっ!?」
ラナイは肩で息をしながら、ウラカの姿に、どこか以前のことを思い出しているかのようだ。二人の古い思い出は、パステルカラーに彩られて美しいのだろうか。
つかの間の休息が訪れた。
……はずもなく。
「ふざけるなぁ」
空から大蛇が襲いかかった。
レイが舞い降りた。
激怒してるな。
「この戦闘マニアが」
おまえだ。
蛇の鎧に覆われ、鞭がラナイと犬ころを斬り裂いた。寸前のところでラナイと犬ころは逃れ、砕けたのは背後の城塔の壁だった。
「三つ目族かっ」
「種族でまとめるなっ」
「てめえら強いじゃねえか」
「寝言は死んでから言え」
しかしラナイは迎撃した。彼女は受け流すことはしない。剣を鞭で受け止めたレイは、得意の輝く蛇による飽和攻撃のまま突っ込んだ。
「わたしのシンに手を出すな」
「誰だよ、そりゃ」
まあ知らんわな。
鞭が斬られ、レイは逃れ、刃風が飛び込んできた。僕は振り払うやいなや、ラナイの剣を受け止めた。
見える奴は敵か?
「ウラカ!」
彼女とウラカにとっての古い思い出とは、たいして素晴らしくはなさそうだった。すかさず僕は話し合おうと提案した。足にまとわるウラカが「あんたはバカなの?」と言ってきた。バカで悪かったな。
「モッシ!何とかしなさい!」
犬ころに叫んだ。
わんっ!
吠えるだけかよっ!
レイが「シンから離れろ!」と矢と化して、鎧のラナイごと庭をぶち抜いた。庭は崩れ落ち、僕は女王の剣を壁に突き刺して難を逃れた。
重いっ!
なぜだ。
おまえらなぁ。
僕にウラカとモッシがしがみついていた。レイとラナイは城門を打ち砕いて市街地へと飛び込んだ。
「放せ!重い!」
「バカなこと言わないでよ!放したら落ちるじゃない!」
「俺様も同じく!」
爪を立てた。
痛いわっ!
斜め下にも狭いながらバルコニーが見えたので、あっちへ飛べと足を振り上げた。モッシが飛んだ。
惜しい!モッシは前足で何とかしがみついていた。
「どん臭いのかよっ!」
「嫌よ。絶対に飛ばないから。飛べないから。一生のお願いよ」
ウラカは哀願した。
「一緒に落ちるのか」
「一緒に落ちるのも嫌!」
「覚悟決めろ!」
振り子の要領でバルコニーに飛んだ。惜しい!もう少しのところで届きかけたが、何とか僕とウラカはモッシの体にしがみついた。
耐えろ、モッシ!
貴様、俺様を踏み台に。
お互い様だ。
僕は毛を掴んで何とか頭を蹴って這い上がると、死にかけのウラカを放り上げると、今度はくそ重いモッシを引きずり上げた。
「よく耐えたな」
モッシが、
「死ぬかと思ったぞ」
「あんた聖獣なんだから落ちても死なないわよ!この恥知らず!さっきも何なのよ!助けるかと思えば吠えただけじゃないの!」
白けた間が空いた。
「皆まで言うな。おまえの言いたいことはわかる」
「そうか。シン、俺様にも飼い主を選ぶ権利があるよな」
「あるある」
「うそ。ごめん。心にもないこと言っちゃったわ。今のは本心からじゃないの。つい興奮して。本当にわたしってバカよね?てへっ!」
「モッシ、人ってのは土壇場で本心が出るんだ。いつもは聖女様の前で祈っていても、いざとなれば我が身がかわいくなるもんなんだ」
「なるほど。日頃から違和感は感じていたのは確かだ」
「そういう細かいことの積み重ねって意外に重くなるんだな。僕としてはおまえの権利を応援する」
「同志よ。今の俺様はラナイとやらと話してみたい気持ちだ」
「まあいいんじゃないか。ラナイとやらが生きていればだけど。ところであの剣取れる?」
僕は壁に突き刺さったままの女王の剣を指差した。
「貴様もわかるだろ。あそこから飛んでギリギリだった俺様が、こっちから行けるわけがない。しかもこの手で剣を持てると思うのか?」
「持てないな。でもその手が魅力の一つでもあるんだぞ。無理を頼んで悪かったな。じいさんの剣で何とかするわ。後は二人で話し合え」
「シン、貴様のことを誤解していたようだ。死ぬなよ」
「またゆっくり話そう」
僕は窓から城へと入った。後ろでモッシに泣いて謝るウラカの声が聞こえていた。
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