第25話 降伏

 僕たちはノイタのところへ急ぐことにした。途中、襲われることがないとも言えない。レイも反対派や穏健派の殺伐とした欲が渦巻く気配に気づいていた。二人で急いだ。

「仲間じゃないの?」

「基本は仲間だよね。でもこれから起きることで、人それぞれ考えることは違うんじゃないかな」

「シンはどうするの?」

「どうするとは?特にこの城に未練があるわけでもないしね。逃げられるんなら逃げるかな」

「剣のことよ。セゴが盗んだのは間違いないんだけど、絶対にセゴに盗ませた人がいるじゃん?」

「どうしようか?」

 ノイタは旅の装束に着替えて準備を終えていた。処刑ではないのかと問いたいんだろうという顔をしていたが、小さな領地への亡命を選んだと苦笑いした。生きていれば再起もあるだろうとの考えのようだ。

「今のところ共和国軍は動きを見せていない。領民を殺す気はないようだけど、こちらの動き次第では巻き込んででも攻めてくるかもしれん」

「教会との調停は?」

「今も続いている」

 ノイタが隣室へ来てくれと言うので、僕たちは入った。そこには髭面の甲冑姿がいた。そしてテーブルには二振りの剣が置かれていた。

「私が盗ませたんだ」

 ノイタは考えをまとめようとしているかのように手で後ろ髪を撫でていた。

「そんなことをしなくても渡してくれと言えば済んだのに」

「渡してくれたか?」

「難しいですね。実際のところを話してくれていれば渡さなったかもしれせんね」

「ごめんなさい」

 レイは僕を見ようとせず、

「わたしは今でもあなたが持っていればいいいと思っている。今さらこんなものを返されたくない。シンがつらい思いをするのは嫌だ」

「二人はこの剣の意味するところを知っているんだな」

「少なくとも敵と戦えということではないことくらいには」

「もし渡せと言われていたら、わたしは王子様を殺してでも渡さない覚悟はできていた。だから盗まれたときは頭に来た。皆わたしの敵だ」

「今もだろうか」

「今はわからない。もう難しすぎて考えられない。でも……」

「でも?」

「何でもない。シンと話せ」

 レイは窓際で背を向けた。何も言わないと決めた濃いシルエットが浮かんでいた。もちろん部下の髭面は気が悪いらしく、レイを睨んでいたが、僕がハンドアックスの刃を覆うホルスターに手を添えていた。

「すまない。彼には悪気はない」

「部下として当然ですよ。ちなみに僕も当然のことをしたまでですから悪く思わないでください」

「いくら訓練を積んでいたところで実戦経験者とは違うもんだ」

「魂を還すことになれば、もっと違うんじゃないかと」

 レイは窓にそっと額をつけた。

 ごめんよ。

「そうだろうな。もちろん私には経験がないんだ。兄にもだ。ウラカ殿にもだいたいのことは聞いた」

「彼女のアドバイスですか?」

「責めないでやってくれ。私が強く求めたんだ。彼女からもレイと同じように言われたよ。だがもう私も兄も君に頼るしかないんだ」

「だから盗んだのか」

 シルエットが話した。外した額飾りを首につけながら振り向いた。

「あなたたちはこれまでいい思いをしていた。貧しい村から捨てられて、寒い街で親子で死ぬしかない人と話したことがあるのか?」

 ただならぬレイの気配に髭面が剣に手を掛けた。

「これは剣を前にした脅しにしか見えない。わたしはシンが頼まれている気がしない。断れないように追い詰めているんじゃないのか?」

 髭面が剣を抜いた。街でレイの実力を見ている。速く抜かなければ守れないと判断したからだ。

 僕は女王の剣を持ち上げて髭面の剣を抑え込んだ。瞬間、女王の剣は欠けた。破片がレイの頬をかすめて鞭がテーブルに逸れた。国ノ王の剣は半ば融けるように焦げて、レイの首筋を狙った王子の剣から精霊の雫が落ちた。僕のハンドアックスは王子の伸びた腕に添えていた。

「レイ、抑えよう。話はもっとややこしくなっているみたいだ」

「わたしは」

「二人ともレイから離れてください。レイもこっちへ来るんだ」

「わたしは!」

 蛇に巻かれたままのレイが泣きながら飛び込んできた。僕は剣を捨てて抱き留めた。僕の全身も蛇の玉に巻き込まれたが、さすがにこれはやめてくれるように頼んだ。

「心配かけてごめん。でもレイがいてくるから心強い」

「わたしはやめてほしい」

「レイ、じいさんとばあさんはこんなヤワじゃないよな」

「うん。こんなもんでやられるくらいじゃ捨てるのに苦労してない」

 僕はレイの頭を撫でた。まず額飾りをつけようか。このままでは緊張した二人の神経が保たない。

「申し訳ない。私にもこれはどういうことなのか話せない」

 ノイタは剣を鞘に戻した。目茶苦茶抜くのが速いじゃないか。国王とのときは手を抜いていたんだな。完全に騙された。どこが弱っちい剣なんだよ。レイの見る目も疑わしいんじゃないか。髭面は怪我をした親指の付け根に布を巻いていた。

 ごめんね。

 でも謝らないよ。

「ウラカの仕業か?」

 僕が言うと、

「売るために?教会かも」

 レイがむくれた。高く売るために盗み返したということか。あながち外れでもないような気もする。

「しかし彼女にこんなことをする理由があるのか?ただ君に使わせないようにとは念を押されたが」

 ノイタが問い返した。


「偽物にすり替えたのは?」

「セゴだよ」

 レイは即答した。

 僕も同じ考えだが、もちろん偽物にすり替えさせた奴がいる。ノイタでなければ、国王しかいないということになる。教会は絡んでいると考えていい。何のためにそんなことをするんだろうか。では今、二振りの剣はどこにあるというのか。

「父上は何のために?自分の手で終わらせようとしているのか。もし父上があの剣を使えばどうなる」

「死ぬ。剣に惚れられたシンが使おうとしても死にかけたんだもん」

「命と引き換えに、兄やこの城に封じ込められた魂を還すことができるのか?」

「そんな都合いいこと考えるな。失敗すれば国王も城も終わる。誰も彼もにできるわけないじゃん。そんなことわかってるから、王子様もシンに頼ろうとしたんでしょ?」

 この話し方、まだレイの沸騰した頭は冷めてないな。冷めるのはいつになるのやら。またどこかで爆発が起きて、壁際の燭台が揺れた。

「早く二人とも国王へーかのところへ行けばいい。みんなでお手々つないで逃げればいいじゃん」

 強烈だな。しようがないか。髭面は激怒している様子だが、レイの言うことは正しい。二振りの剣をどうするにせよ、僕たちを含めてここにいる理由はないだろう。

「シンはどこへ?」

「ちょっと気になるところへ」

 レイはおまえに関係あるかと僕にだけ聞こえるように呟いた。

 王子たちと別れた僕たちは内の歩廊の下、城の街を抜けた。今まさに人々は逃げてようとしていた。

「これからセゴのところへ?」

「よくわかるね」

「シンのことはわかる。決闘しなきゃならないからね」

 レイは斜に構えて、

「バカにしないでよ〜」

 そんなことは覚えるのな。

 僕は笑った。転がるように逃げていた住人が殺気立った目で見ていた。階段ですれ違う人々は誰と一緒にどこへ行くのか。他にも領地があると聞いていたが、この者たちはどこまで信じているのだ。今の僕なら国王と同じところへと行くかな。居住地の低い天井の下、人波を泳ぐように行くレイの背を見た。

「どした?」

「合ってるの?」

「セゴが連れてってくれたから道は覚えてる。心配いらない」

「方向音痴だよな?」

「失礼な!わたしでも何度も来たら覚えられるわよ!」

「何度も?」

「まぁ聞いてください。それがつまらないのよ。弱っちいの」

「王子はそこそこだったぞ」

「それはシンがわたしを気にしてたからだよ。首もとれかけてたんだから戦えないわ」

「そんなひどかった?」

「首持ち出せるくらい。それにあの人たち話もおもしろくないし」

「持ち出せるって。レイは人と話すのは嫌いじゃないだろう?」

「でも何か違うんだよね。話も薄っぺらいの。わかるかなあ」

 首の方がわからん。

 つづら折りの階段を降りた。小さな広場を抜けて、空にはタレットが見えた。城壁を見上げるほどのところに来ると、意外に広かった。

「聞いてもワクワクしないの」

 ちょうど荷馬車が土埃を立てて駆け抜けた。何人もの子供、老人が荷物にしがみついていた。

「あの剣、上手に作ってあると思わなかった?気づかなかったの?」

「持つまでは。もともと細工とかしてないし、どこにでもあるようなもんだからね。でも手にしたらわかったけど」

「わたしさ、セゴが持ってると思うんだよね。シンもでしょ?」

「よくわかるなあ」

 急に止まると、

「バカにしないでよ〜」

「もういいよ」

「ひどい」

 僕はレイにつまずきかけた。さすがにこんなときに決闘など変だよと話した。セゴは剣に魅入られているのではないか。もしくはそれを見越して預けられているのでは?そう思うとミアの弟は凄まじい。

 僕は土埃の中、塀の下の西前広場に立った。セゴが真ん中に立ち、いつも一緒にいる五人がいた。

「逃げずに来たじゃないか」

「逃げるわけないじゃん」

 レイが戦おうとしていた。

 いやいや。

「おまえがすり替えたんだな!」

「そうだ。陛下にお渡しする前にちょっと使わせてもらおうかな。滅多に使えないもんらしいからな」

「やめとくんだ、セゴ。君は剣に魅入られてるんだ。捨てなさい」

「おまえだけが使えると?ふざけるなよ。俺の腕も知らんだろ?」

「うるさいっ!」

 レイが飛びかかった。

 あれ?

 セゴは抜き身の国ノ王の剣を持っていた。女王の剣は扱いにくいのだろうか、別の者が地面に突き刺すように持っていた。不憫な扱いをされているな。僕は偽の二振りを抜いてみせた。仲間も抜いていた。

「おまえたちはセゴの仲間なんかじゃないだろ!罪もない人を焼き殺した奴らはまとめて八つ裂きだ!」

 後ろの連中が棒平剣を投げつけようとしたところ、レイの鞭が叩き落とし、回り込もうとした影と空に飛んだ影は一斉に斬られて、血煙の中で部位が散らばった。

 僕は突っ立っていた。

 セゴが振り下ろした剣は、すっぽ抜けて地面に叩きつけられた。両膝をついた彼は心臓を押さえて口をパクパクしていた。

 レイが蹴飛ばした。

「わたしなんかに浮かれてるから魅入られるんだ!頭冷やせ!」

 自分で言うなよな。

 レイの声を聞きながら、僕はいそいそと地面から女王の剣を抜いて長い革鞘に入れ、国ノ王の剣も土を拭いて後ろの腰に差し込んだ。一振りくらいでは死なないと思う。

 あ、そうだ。ポケットから取り出した指輪をセゴの前に置いた。

 この殺し合いに気づいた住人が息を飲んでいたが、すぐにもっと急がなければと門へと駆け出した。

「気にしないでください」

 僕はレイに頭を下げさせた。

「どして?」


 

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