第24話 決闘
ミアの案内で裏口から治療部の奥へと滑り込むことができた。正面は剣士たちの屯場なので、恥ずかしいときの場合、皆こうして裏口から入ってくるのだと教えてくれた。
「こんなの痴話喧嘩のレベルで済ませられるんですか?」
「死んでないしね。前には刺された奴もいるわ。女の子の自殺騒ぎとか、決闘とかね。剣士ってのはもてるの。本人たちもわかってる」
初めて街の食堂で会ったときには、そういう気配があった。誰からともなく声をかけて、この世を楽しんでいる快活さに感心した。任務とはいえ、才能もいる気がする。
「治療に来るときは殺されてから来なさいと話してるくらい。さ、早く入って。治療してる人は寝てるんだからね。できるだけ静かに」
詰め所に入ると、ミアは本を読んでいた椅子に腰を掛けた。そして僕たちは並んで立たされた。実際には呼び出されたことはないが、職員室に呼び出された気持ちだ。
ランプの灯の前、ミアは頭を支えるように机に片肘をついて、まず僕を見て、レイを見て、再び僕を見た。そしてじっとしていた。
今だな。
僕はレイを向いた。
改めて言うのも恥ずかしい。
「レイ、聞いてくれ」
「うん」
「君を守るのは僕だ。君が好っ」
「シン、わたしもあなたを守る」
かぶせてきた。
レイは腰に腕を回してきつく抱き締めてきた。僕も恐る恐る肩越しに抱き締めた。こうして抱き締めている間、蛇が首筋にかけて冷たいものが流れるように動いていた。どんなロマンチックなときでも気持ち悪いものは気持ち悪いんだけど。
「わたしはシンが好き。ずっと昔からの友だち。生まれる前からずっと一緒にいた気持ちなの。だからわたしもシンのことは失いたくない」
「ん?」
「あれ?」と、ミア。
蛇を退けてくれと頼んだ僕は壁際でミアと顔を突き合わせた。
あれ?じゃないよ。
「僕たちさ、交わってる?」
「惜しいとは思うんだけどね」
「惜しいのかな。橋の上と下を通ってる気がするんだけど」
ミアは小いさく、
「でも嫌われてはないわ」
「初めから嫌われてるとは思ってないよ。でもずっとお友だちでいましょうねって言われてるんだよ」
「まだ早かったのね。それはそうとセゴの立場はどうなるの?」
「そんなの知らないよ。レイがセゴに好意も何もないんだろう」
「セゴも一目惚れには敷居が高すぎたのね。でもあれほどの美人なら誰でも気になるわよね」
「やること滅茶苦茶だぞ」
「そんな子に告白しようとしたのは誰よ。二人お似合いだわ」
「ミアにおだてられたんだよ」
まったく。
「あ、ウラカがいない!」
ウラカが休んでいるはずの寝室からレイの声がした。このどさくさにまぎれて姿を消していた。
「ここを出るまではいたわ」
「彼女の具合は大丈夫なの?」
「それは心配ない」
じゃいいんじゃない。
レイは「ベッドが温かいからまだ近くにいるはず」と言った。僕たちがうろうろして教会の連中に見つかるわけにもいかないので、近くにいたところで探せない。
「よく言うわ。さっきはわたしを尾行しようとしてたじゃん」
「レイだからだよ」
「どいうこと?」
「何しでかすかわからん」
「わたしのこと信じられないの!」
とんでもないこと起こしているくせに、どの口が言うんだ。
「ウラカが剣を盗んだのかも」
「ほお。なぜ?」
「わたしたちを教会へ売ろうとしている悪い奴だから」
あの一件を恨んでいるな。
「盗むんならハイデルから持ち出したことになるよね。あれ?僕たちが最後に剣を見たのはどこだ」
「コロブツに決まってるじゃん」
「いつ消えたのかわからわからないってことだよな。この街でも取り返そうとしていた連中がいた」
「やっぱウラカじゃん。ウラカが教会に内緒で剣を売ったんだよ」
「なぜ売ったもんを取り返そうとするんだ」
「また売る」
「せこすぎる」
ひとまず僕たち部屋に戻ることにした。騒動が収まるまでミアのところで待とうと思ったが、治療部にセゴの彼の仲間が運ばれてきたので逃げるように戻った。
「殺してないよな」
「ちゃんとわきまえてる」
レイからわきまえているという言葉が出るとは。僕はベッドに仰向けになると、何となく格子天井の格子の数を数え始めた。じいさんも絵を描いていたなと懐かしい気持ちになった。あのときは憎んだが、今はもう少し話せればよかったと思う。
探すのではなく、待てばいいのではないかと考えた。ベッドに両腕を広げて、天井に描かれた絵を思い出すと、部屋が闇に沈んだ。
剣は僕を必要としている。
兄は僕を必要としている。
待てばやって来る。
城は器か。
悩んでいる暇も惜しく、もう決めなければならない。どこの誰の善意や悪意があろうとも、決めるのは僕なんだろう?と自問した。
僕の全身はドロドロと混濁した粘液の中へ沈んだ。天地水平もわからない状態の中、僕はまとわりついてくる髪、腕、指、目玉と一緒にどこまでも沈んでいく。くまるぐると世界が回ると、いくつもの琥珀の粒が城を照らしていた。ここにはいくつもの魂が封じられている。
息苦しさに目覚めた。
窓から光が差していた。
この城のすべてを手に入れたい誰かがいるんだ。ただ奴は力を手に入れたい。共和国軍の中にいるのかもしれない。この戦争なんてのも偽善と偽善の衝突にすぎないんだ。
終わらせてやる。
ベッドから起き上がると、扉の下に紙が差し込まれていることに気づいた。僕は片手で開いて、水差しの水を飲みながら読んだ。
『決闘を申し込む』
「勘弁してくれ」
僕は隣の例の部屋の扉をノックした。すでにレイは起きていて、寝ぼけ眼で歯を磨いていた。
「何?」
「入っていい?」
「うん」
何だか部屋の格が違うような気がするのは気のせいかな。そんなことはどうでもいいが、泊めてもらっておいて、よくここまで散らかせるな。
「シン、窓の外見てみそ」
「ん?」
「右の方」
右手を見ると、群衆が門から出ようとしていた。ポケットを探って望遠鏡で覗いたところ、手や背に荷物や子供を抱えた人が城から出ようとしているところだった。
「レイ、何でこっちの部屋にはバスタブがあるんだ?」
「シンのところはないの?」
「ない。便所もない」
便所は落下式のものがバスタブと同じ部屋に備えつけられていた。こっちは廊下の遥か向こうの公衆便所まで歩いているというのに。
「何か話あるんじゃないの?」
「そうだ。決闘を申し込まれたんだけど」
僕は紙きれを渡したが、レイは受け取らなかった。字が読めないんだった。ひょっとして教会で教えてもらえるかもしれないなと話した。
「で、決闘って何?」
「たぶん何かのために闘うんだと思うんだけど、僕もよくわからない」
「何かのため?」
レイは洗面器の中に突っ伏して洗った顔を手ぬぐいで拭いた。
「名誉とかかな」
「それで何するの?」
「殺し合い」
「そっか。いつもやってるのは決闘なのか。誰とやるの?」
「セゴ」
レイは無言で金髪を後ろで結わえ上げると、髪留めで留めた。
「今度は殺していいの?」
「相手は僕だと思うんだけどね」
「納得できないな。こてんぱんにやったのはわたしだし」
そんなに映りのよくない鏡の前で額飾りをつけて、シンの方が勝てそうだとか思ったのかなと。
「でもシンはやる気満々じゃん」
レイは腰のハンドアックスを指差した。このまま眠ってしまったからだと答えた。レイはよく眠れた?と聞いてきたので、夢の話をした。
「同じ夢かも。わたしも琥珀に包まれる夢見たんだよね」
「キレイだった?」
「ぜんぜん。シンだけが沈んでいくんだよ。私が手を伸ばしてもシンは気づかなくて、叫んで目が覚めた」
僕は笑った。いつもは蛇を首に巻きつけるくせに夢の中では手を差し伸べるのか。レイはそれもそうだとペロッと舌を出して笑った。
とにかく群衆のことも聞かなければならないので、ミアのところへ行こうということになった。
「お城も開けたみたいね。母も従姉妹と逃げるみたい。しばらく弟の銀で何とかなるでしょう」
ココアを出してくれて、ウラカは戻っていないということだ。
「このくそ忙しいときにウラカは何をしてるんだ!」
「剣を売ろうとしてるのよ」
「ウラカが剣をね。教会としても忙しいんじゃないのか。敵軍は待ってくれてるのかな」
僕が尋ねると、
「わたしにはわからないわ。剣士連中なら知ってるんじゃない?」
ミアが答えた。
昨日の今日のことで、こちらから話しかけられるわけがないな。
「決闘を申し込まれたの」
レイが言うと、ミアは僕を見ながら何度か頷いてみせた。
「昨夜、ここでセゴと白帯隊が決起集会してたもの。セゴの愛する人のために立ち上がるみたいね」
「愛する人のためにね」
僕は気がない答えを返した。
こちらは何のために決闘しなければならないのなわからない。
「行かないの?」
「行くわけないよ」
「わたしは行く!シンの敵はわたしの敵!」
レイは拳を固くした。そう言ってくれるのはうれしいけど、今は相手している暇などないと思うんだ。
「レイ、盛り上がってるところ申し訳ないんだけど」
ミアはレイに整理していた荷物の中から手帳を渡した。そこには薬草からの薬の製法が書かれていた。
「わたしは読めないよ?」
「読めるようにがんばるの。わたしはもう使わないから」
頭を突ついて、もうここに入っているからと笑みを浮かべた。
「レイ、いいもんもらったな」
「でも」
「僕がケガしても治療してもらえるのはうれしい。うまくいけば薬屋でもできるぞ。売りながら歩くか」
♪ミ〜ア
塔の街の辺り
本家ルテイム
ノイタ王子屋
薬、呪術
よろ〜し♪
「何、それ」二人が笑った。
「薬売りの売り声だよ」
「おもしろい。覚えておくわ。どこかで聞いたら買いに来てね」
「王族も避難の準備はできてるんだよね?ミアも急いだ方がいいね」
近くで爆発が起きた。
城内だな。
「反対派もいるわ。これが交渉内容はギリギリまで隠しているしている理由ね。あ、これから二人ともノイタ王子に会ってきてね」
「教会の連中は?」
「ごめんなさい。ここにいると本当に何もわからないのよ」
今の爆発の怪我人が運ばれてきたらしく、表が騒がしくなった。
「案内なしで行ける?」
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