第22話 剣
夜、ミアの診察室兼病室にウラカがいた。ロブハンは交渉相手の城で倒れるとは情けないと呆れた。情けないと言われても、誰も同情はしてくれないに違いないが、ロブハンを含めた教会派を欺くには悪くない。ただウラカには欺く気持ちがあるのかどうか、すでに生気がない。
「お疲れなのですわ。今夜はこちらで薬草を飲んで休んでください」
「誠に申し訳ない」
「具合が良くなれば上に戻っていただきますので」
ロブハンは冷たくウラカを見下ろして立ち去った。遠くで隠れていた僕たちはそっと出てきた。
僕たちは「飲みすぎたのか」と尋ねた。
「何なの?笑いに来たの?二人揃って同じこと言わないで」
「失礼な」
とレイが答えて、
「笑いに来たんだよ」
と僕が続けた。
ミアが「疲れね」と答えた。ウラカは一人で背負い込みすぎるところがあるから、気をつけないととレイが髪を撫でると、ウラカは涙ぐんだ。レイは成長したが、ウラカは情緒不安定すぎないか?
「シン、そんなこと言ってあげたらかわいそうよ。戦争中、他人の城、自分の属してる教会に秘密の話し合いとなれば神経も保たないわ」
ミアはウラカに数粒の丸薬を渡した。上体を起こしたウラカはカップの水で眉根を寄せて飲み込んだ。まずいとは言えないだろ?こんなにやさしくしてくれているのに言えないだろう。せいぜい我慢しろ。
「足湯のデトックスで毒が抜けたから気も抜けたみたいなのかも」
「ウラカの心が毒塗れなの?」
「うるさいわね。あなたたちと会うまでは品行方正で生きてたのよ」
「ところでどうやってここまで来たのか覚えてるのか?」
僕が尋ねた。ミアは僕たちに薬缶からココアを入れてくれた。ミアはウラカのベッドの脇に水を入れたカップを置いた。
「わたしどこで倒れてた?」
ウラカが尋ねるので、更衣室て倒れているのをレイが見つけたと答えた。実際に見つけたのはレイなのだからこう言うしかしようがない。
「レイ、もうお風呂から出てここに来てたんじゃないの?」
「また戻ったの。ここには誰もいなかったから。それに王子様も出てたからシンとウラカで変なことしてないか見に来たの」
「もうそんな余裕ないわよ」
「ここに来たの?回診中ね。それと居住区にある家に行ってたのよ。母の様子を見にね。そろそろ城内は開放されつつあるわ。一度にじゃないみたいだけど。ここ数日で追い出される感じね。逆に街からの人は追い返してるし」
「戦争?」
レイが小さく聞いた。
「まだわからないけど、城としては戦争の構えもしてるみたい。郊外から引き上げてきてる兵士もいるしね。空っぽにしたいみたい。どこまでできるのかわからないけど」
「レイ」手招きで呼んで「わたしどんな格好で倒れてた?」
聞こえないように聞いた。
「素っ裸で大の字で倒れてた」
「マジで!?」
「もう起こすの大変で」
「シンには?」
「見せるわけないじゃん」
「ここは女の子同士ね。礼を言わないといけないわ」
「見られたくないの?」
「当然よ」
「コロブツでは見せてたのに」
「あのね。覚えておきなさい。見せるのと見られるのは違うのよ」
何を教えているんだ。
露出狂かよ。
「他には見られてない?」
「廊下をおんぶしてここまで来たから見られてるかもね」
「バカなの?」
「冗談だよ」
僕が助け船を出した。レイが話したことはすべて冗談だ。実際は更衣室の隅でうずくまるように倒れていたところをカザミ姫様のお付の人が見つけて、ミアを呼んで処置をしてから、ここに運ばれた。
「この小娘がぁぁあ!」
「大きな声出さないの」
ミアが唇に指を添えた。さすがにウラカも「すみません」と恥ずかしくてシーツを被ってしまった。
「あなたたちと会うまで、わたしはこんな下品じゃなかったのに」
「さっきも聞いた。まるで僕たちが下品みたいじゃないか」
「本当よ。本部でのわたしの仇名教えたいくらいだわ」
「わたしは月影の姫よ」
言わないでくれるかな。いつ捕まるかわからないよ。
「で、どんな仇名?」
「言えない」
「まぁいいけどさ。とにかく僕たちは部屋へ戻るよ」
「え?」
ウラカが枕から顔を上げた。
「ずっといてくれないの?心細いじゃないの。一人にしないで。いろいろと考えたいし。ここも安全でもなさそうだし」
「わたしがいてあげるわ」
「レイ、いてくれるの?」
僕は手でバツ印を作った。
そういうわけにもいかない。僕たちはこの城では幽霊なんだ。特に教会からすると、いてもらっては困る存在だんだから。もちろん僕も捕まるのは嫌だから隠れている。そしてこうなれば敵は教会だけではい。どこにどんな連中が潜んでいるのかわからない。敵に内通している者の活動も活発になるだろうし、なお僕たちと一緒にいるよりも教会の連中といるのがいいのではないか。
「でもそんなこと聞かされると余計に一人は怖くなるじゃない」
「何を怯えてるんだ?」
僕の問いと同時に、
「怖いわよ。わたしは襲われたらどうすればいいのよ」
「そりゃ諦めるしかない。僕たちを見て何とも思わないのか?」
「何?」
ウラカは僕とレイを交互に見ていて、あっと声を漏らした。
「塔の剣は?」
「ようやく気づいたか」
「どうしたの?」
「盗まれた」
「誰に?」
僕は「そんなことわかっていれば捕まえてる」と答えた。少なくとも僕たちが風呂にいたことを知っていた奴らではないかと話した。
「話は漏れてた?」
ミアは「わたしは知らされていた」と答えた。警備、ノイタ、僕とレイとウラカと陛下は知っていた。
「偶然だけどカザミ姫よ」
「どう?教会の人の具合は」
ちょうど裏から濡れた髪を布で包んだカザミ姫が顔を出した。
「少しマシになりました。どうもお騒がせいたしました」
ウラカが頭を下げた。
「大の字で倒れてたのには驚いたけどよかったわね」
「え……」
「寝るわね」
僕がおやすみと答えて、レイもカザミもお互いに無視していた。
しばらく間が空いて、
「結局大の字なの?」
ウラカが聞いた。
僕が頷くと、
「どうして二人は仲悪いの?」
彼女はレイを見た。さすがに女同士はわかるのか。本当にどうでもいいくらい、話す気にもなれないくらいつまらなさすぎることだ。
「いい。どうせつまんないことなのは想像できるわ。彼女もお城を出ていくのよね」
「さっきみたいなお付きの人もいるだろうさ。さすがに家族だけということはないと思うんだけど」
「教会に隠れて行動してるからドキドキが止まらないのよ」
「軍使を殺したしな」
「教会じゃないわ」
「バカな調停内容を本気にしている剣士もいるだろうしね」
「もういいわ」ウラカは僕とレイとミアを見比べて「ミアと話しながらいるから。脅すだけ脅しておいて帰ればいいのよ。剣もないし」
レイが僕を呼び止めた。
「ん?どうした?」
「それっ!」
ウラカのシーツを一気に剥がした。寝巻き姿のウラカが腕で体を隠した。
「何してくれてるのよ!」
「今の冗談はどう?」
「いい冗談だったね。目の保養」
「それは悪い冗談」
さて剣はどこにあるのか。レイはセゴが盗んだのではないかと考えていたが証拠はない。ひょっとしてカザミ姫の可能性もあるぞ?いずれにしてもいったい誰が何のために盗んだのだろうか。それはそれとしてウラカの反応はどうだった?
「よくわかんないね。ウラカが盗む理由なくね?渡してくれと言われたら渡してあげるのに」
「まあなぁ」
レイは、
「セゴは剣があればわたしも一緒に来てくれると信じている」
と話しているが、セゴはそんなに衝動的なことをするのかな。僕は首をひねったまま答えなかった。
「朝にでも会えばいい。どうせ指輪も返さないといけないしな」
レイは、
「剣がなくても気にならないの?」
心配そうに顔を覗いてきた。別に気にならないよ。ウラカが来たときに返せばよかったかなと話した。
「よくわからん。まさか盗まれるとは思いもしないしな」
「でもさ、シンは剣にこだわってるように見えたし。わたしが隠したとか思ってない?」
「ん?思ってないよ。レイはそんなことしないこと知ってるし」
「うん」
「どうせあんなもん盗んでも誰も使えないしなぁ。ん?使いたくないから盗んだのかもしれないな」
今日は疲れた。
寝る。
「わたしも」
「レイにもいろいろ気にさせてることはわかってる。でも甘えてもいいと思ってるんだ。だからこれからも頼むね」
「任せろ!」
レイは僕に拳を差し出して、お互いにタッチした。何だよ、このハイテンションなノリは。わかりやすい奴だな。僕は隅に置いてある旅装束から取り出した靴を履いた。それから革帯を出して腰に巻いた。ハンドアックスにかぶせてある革の蓋を外して、わずかな錆を確かめた。
しばらく待った。
扉が開く音が聞こえて、気配が部屋の前を歩いていく。僕のことを気にしているのは間違いない。こうして疑っていると、動きは意外に分かるものだな。そうか。ウラカに会うときは疑われたのか。僕の部屋の扉に耳をつけている。すぐに部屋から離れた。何をしていたんだ。
僕はそっと扉を開けた。レイの忍び足の背中が中庭に沿った角を曲がるのが見えた。回廊に靴音が響かないのはさすがだなと思った。
僕は中腰で追いかけた。予想していたようにすぐに見失った。
気づかれたのか、ただ速いのかわからないままだが、こうなればどうにもならない。レイはどんどん成長している。夜は医療部で詰めているはずのミアのところへ行った。
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