第21話 開城

 隣室の鎧窓から火が見えた。

 ノイタが入ると、椅子にいた髭面が立ち上がった。体格のいい、四角い顔をした男で、街で見かけるようなラフな格好をしていた。

「待たせたな。決めた。朝までに城の門を開かせろ。街から城へは入れるな」

「承りました」

「どこかで?」

 僕は首を傾げた。きっとレイならば覚えているに違いないが、僕は自分の記憶に整理がつかない。

「ハンドアックスの奴だろ」

「あ、ハイデル嫌いを斬り捨てた人ですね?なぜここに?」

「私の部下だ。生まれたときから剣を叩き込まれた。病人の君に押し込まれたが、レイの言うように下手くそだとは思わないんだがな」

「あれはレイのたわ言です」

「まあいい。彼にはいろいろ働かせている。歳も歳だが」

「失敬ですぞ」

 街での情報を集め、また噂を流すなどの任務をしていた。さすがは由来ある一国の王子様だ。ノイタもすることはしていたということだ。第三軍が異界軍を使ったというデマを流したのも彼らだった。

「街は開けたのか?」

「街はまだです。第五軍の侵入を許さずというところですな」

「来るのか?」

「今のところは動いてはいません」

「ラナイというのは、なかなか抑え込んでいるな。しょせん第五軍は烏合の衆だろ」

「軍使が斬り捨てられたのは納得できませんが」

「調停の間に街を開放しよかと思うがどうだ?しばらく第五軍は動かないと思われる。父上にも了承を得た。そこそこ時間は稼いだ」

「信じていいのですかな」

「共和国軍も街を焼け野原にしてもしようがあるまい。各守備軍は城まで引き上げさせることにする。妙な話に聞こえるかもしれんが、敵が己たちを抑え込んでくれるかというところだが」

「では?」

「父上は領土へ亡命する覚悟を決められたようだ。父上の護衛には白帯隊が就くことになる」

「ノイタ様は?」

「まだ考えがまとまらん。おまえたちは城の防御に徹してくれ。貧乏くじになるかもしれんが」

「この城は落とさせません」

 二人のやり取りが一通り済んだ後、僕は土塁の焼き討ちのときに狙われたのは誰なのかを尋ねた。

「チウタキだ」

「他は巻き添え?」

 髭面の剣士が、

「第三軍の話は聞いているか?」

 僕が頷くと、

「死んだのは戦場や村から連れてきた連中だ。こちらがした責任もあるしな。連れてきた。陛下は同じことをしようとはしないのですか」

 とノイタに尋ねた。

「次は無理だと進言した。兄も次は自信がないと仰られたし、陛下も納得している」

 ノイタは窓枠に腰を掛けて、小さなカップから酒を飲みながら僕に理解できるように話し始めた。

「異界軍は抑えることができるかどうかなんだ。解き放たれた魂は器へ戻さなければならない。今の兄には戻せる力がない。ここに封じ込めているだけでも限界なんだ」

 僕は黙って聞いていた。僕が驚きもしないことで、ノイタはすべてを察した。改めて僕たちは監視されていたのではないかと尋ねた。

「途中まではした。白帯隊の剣士に会い、教会へ行き、神殿跡から怪鳥を落としたところまでだ。神殿が狙い撃ちされただろ?あそこでおしまいだ。他にはチウタキを連れ戻さなければならなかったが、焼き払われたところから会えずじまいだ。ダセカやセゴたちも探していたんだ」

「ダセカやセゴが接触してきたのも任務ですか?」

「そうだ。実際はチウタキを探していたんだがな」

「僕たちに接触しないでくれていたらよかったのに」

「そりゃあんなところを見せられたら正体は気になるだろうよ」

「やっぱレイに好きにさせるのはよくないな」

「あんちゃんのハンドアックスなんてのも見てたよ。で、二人のことは城に報告をしておいた。殿下と会っているまでは知らなかったが」

「私は聞いていた。まさか会うことになるとはな」

「お兄さんに言われたんですね」

「ああ」

 僕はぼんやりと聞いていた。だいたい予想したことと同じ答えだったからだ。市街地での攻防戦も彼らがやっていたのか。もちろん彼らは戦っていた。しかし剣が城に来てからというもの街では「草」と呼ばれる集団は見かけていないとのこと。

「セゴのメダルは?」

「あれはセゴが惚れたんだ」

 草は剣がこちらに渡ることを阻止しようとしていたが、奪取が失敗したので任務完了ということだ。

「僕たちはミアさんの弟さんと会っているのかもしれませんね」

「そうだな。もう少し早く会っていればどうなっていたのかな」ノイタは今の言葉を即座に否定した。「それは我々の責任だ。ちゃんと迎え入れられることができなかった」

 あの剣の力を知っている者が阻止しようとした。誰が剣の力を知っていたのか。しかも剣が入城する前に知っていなければならない。

 誰がいる?

 共和国、教会、国王、王子、個人を入れると、誰もに欲しがる理由がある。第一王子、あなたも。


「ほれ!」

 レイが僕の湿布を剥がした。がさつな上に勢いよく剥がした。何でも一所懸命なのはいいが、自分と同じように頑丈だと思わないことだ。

「痛たた」

「治ってるじゃん」

 僕は安楽椅子に押し込められるようにもたれさせられて、顎を上げさせられて、布で薬草を拭われた。

「なかなかきれいね」

 レイがうなじを湯で湿らせた布巾で拭いてくれ、ミアが確認して治療もこんなもんだろうと許可した。薬は飲まなくていいのかとホッとしたとき、ニコニコしたレイがカップを持ってきた。そこに得体の知れない白濁した液体が入っていて、これを飲めば体力が回復するかもしれないということだった。かもしれないとはどういうことだ。人による?

「レイが調合したのよ」

 ミアが片づけながら微笑んだ。もちろんミアの監視の下で、誰にでもできるシンプルな調法を教えたということだった。誰にでもできることができないのが、僕たちだろう。

「チェンジしてください」

「ひどい」

 レイが取り上げると、おいしいからとカップから一口飲んだ。そこまでされれば飲むしかないと一気に飲み干した。そしてレイと一緒に窓から吐いた。おまえ、騙したな!

「苦っ!」

 口を歪めたレイが、

「そもそもミアから教えてもらった時点で何もかんも苦くなるの」

 口をすすいだ水を飲み込んだ。

 早く水を渡せ。

 くそまずい。

「このレシピはレイに預けたわ」

「字が読めるの?」

「何となくわかる」

「わかるんならいいけど、何となくってのが引っ掛かる」

「旅もたいていは何となくでうまくいってたじゃん」

 これがうまくいっているのなら最低のシチュエーションには、まだまだならない。余裕だね。こんな城に閉じ込められて、見たこともない軍に囲まれていても、うまくいく。

 椅子の肘掛けにしがみついた僕は込み上げてくるものを何とか抑え込んだ。効くかもしれないものとしては割に合わない苦さとまずさだ。

「ウラカさんが話したいと」

「正式にですか?」

「内緒でよ」

 そんなわけはない。お風呂で会うことにしてあるそうだ。なぜ?お風呂なら他の教会の人間が来ることはないだろうという気づかいだ。

「裸で?」

「好きにしなさいな」


 もちろんウラカの言いたいことはわかるんだが、なぜか僕たちは湯帷子姿で洞窟の中の浴室にいた。流れる湯に足をつけたレイ、僕、王子、ウラカの順で並んでいた。洞窟の深くから風が吹いてきて、たまに笛のような音がしていた。薬草の匂いが肌に心地よい。デトックスだ。

「首の包帯は取れたのか」

「ええ」

 だから風呂でも臭くならなくて済むと話した。ミアはノイタにこのことを教えていないらしく、治っていなければ話どころではないのかと尋ねてきた。吐き気を堪えられないほど臭いのだと答えたところ、ノイタはミアの薬は飲むと苦いし貼ると臭いと笑った。

「なぜここで?」

 僕は王子の向こうに腰を掛けているウラカに尋ねた。

「わたしがお願いしたのよ」

「誰も邪魔が入らないところで話したいということでね」

 ノイタが答えた。ウラカはそういうことだと笑みを浮かべた。

「レイ、どうした?」

「聞いてないといけない?」

「あなたも聞いててほしいの」

 ウラカが慌てて答えた。このままではどこか行きそうな気配だ。僕としてもレイにも聞いてもらってほしかった。申し訳ない。僕一人で抱え込まないかもしれない不安もある。

「今回の調停の件ですが、陛下と教会の間で極秘に取り決めがなされるかもしれません」

 ウラカが話した。

「無条件でこの城を引き渡すということでいいのかな?我々の首?」

 ノイタは指で自分の首を刎ねる仕草をしてみせた。笑えないような気もするが、ウラカは笑うしかなさそうだった。僕はというとソワソワしているレイが気になっていた。

「しかし軍使が殺されたこともあるんだよ。教会の調停でどうにかできるものかね。まだこちらに交渉材料があるんなら別だが」

「交渉材料は城自体ですわ」

「我々王族はどうでもいいということにしてくれるかね。共和国は古い世界に変化をもたらしたいんだ」

「そうです」ウラカはレイを覗くように見た。「レイの一族が世界を支配しました。そして次には白亜の塔を含めた王族が。今、共和国が立ち上がろうとしているのです」

 レイも聞いていた。

 いやいや。

 今、彼女は聞いていない。むしろ出入口に気をかけている。誰かいるのかもしれない。僕は内心込み上げてくる笑いを堪えていた。

 そういうことか。

「もうこの城を丸ごとくれてやれば納得するのでは?」

 僕は言いつつレイを見た。

 レイも頷いた。

「レイ、何か言いたいことがあるんじゃないか」

「剣はどうするの?」

 ウラカとノイタに尋ねた。二人は互いに顔を見合わせて、ふとノイタが何かに気づいたように呻いた。

「兄のこともある」

「レイはどう思うの?」

 ウラカが尋ねた。

 やけに漠然とした問いだな。どう思うも何も捨てたいんだ。

「ずっと話してるけど、わたしたちは剣を捨てたいんだよ?」

「そうよね」

「でもあっちから追いかけてくるんだよね。どうしてくれるの?」

「どうしてくれるのと言われても困るわ」

 ウラカが逆にどうすればいいのかと聞いてきたので、レイは不機嫌な様子で言葉を飲み込んだ。

 デコボコした天井を見て、短い溜息を吐いて、足を湯から上げた。

「もう出るね」

「部屋?」

「ミアんところに行く」

 さっさと出てしまった。ノイタとウラカは見送っていた。僕は二人の顔を見ていた。

「怒らせた?」

 とウラカが言うので、飽きたんだろうと答えた。もしくは剣士様と約束でもしているのではないかと。

「君はレイには甘いね」

「これでも叱るときには叱るんですよ」

「じゃ今叱らないと。ちゃんと話を聞いもらわないと」

「ちゃんとした質問に意味のない質問で返すからだ」

「わたしのせいなの?ちゃんとした質問してた?」

「してたよ」

「わたしが悪いんならいいわよ」

「まあまあ」

 ノイタが僕たちをなだめた。一国の王子様になだめられるなんて失格だぞ。僕はいいとして、ウラカは教会でも地位があるのに。

「確かにレイの言うように剣のことは考えないといけないんだ」

「もう教会に返してしまえばいいのではないかと」

「そうだな。だが私の一存では決められない。父上にも兄上にも相談しなければならんな」

 ノイタは立ち上がった。これから忙しくなる。いろいろ相談しなければならないなと離れた。

「あ、そうだ。ウラカ殿」

「はい」

「腹の傷は癒えましたか?シンから聞きました。コロブツでの働きのことです」

「もう大丈夫です」

「シンからはあなたは聖女教会でもトップレベルの術者で、勇敢だとも聞いている。ぜひこれからも私たちのために力添えを願いたい」

 ウラカは立ち上がると、

「謹んで」

 と頭を下げた。

 王子が去った後、

「ありがとう。いいように話してくれたのね。教会側だけど少しは信んじてくれているのかしら」

「礼なんていいよ。僕は僕の思うことを話した。王子が自分の目でウラカのことを確かめたんだ」

「そういうところも好きよ」

「よく言うよ」

「どういうこと?わたしの言うこと冗談だと思ってない?」

「この城は魅力があるんだね。欲しがる人がたくさんいる。この交渉はうまくまとまるかもしれない」

 籠城派、開城派、二つの派の中でも様々に考えがある。すべてを納得させることはできないが、結論は出さなければならない。もしうまくまとまるとすれば、たった一人の気持ちを踏み躙れば済む話だ。

「もうしばらくいる。さっさと出て行ってくれ」

「ねぇ、お城の中でもひどい扱いじゃない?」

「別々に出て行かないと変に思われるだろ?教会派も潜んでる。仲良しこよしを報告れれば困るだろ」

「確かに。戦争は嫌ね」

「すべて失うからね」

 命、暮らし、家族、友人、信頼すべてが一瞬にしても、または徐々にしても失われていくんだ。

 ウラカは僕の頬に自分の頬を合わせて出て行った。僕は床に後ろ手をついて背筋を反らせた。首の包帯がとれて、久々に気にせずに顎を上げ下げできるような気がする。

 湯帷子姿のレイがいた。

「よく隠れていられたね」

「気づいてた?」

「うん」

「剣がない」

 唇を真一文字に結んでいた。余程自分に対して悔しいのか、盗んだ奴にムカついているのかどちらだ。

「ごめん」

「まぁ気にするな」

「どして?」

「どうせすぐ戻る。捨てたいのに捨てられないんだから」

「そか。でも腹立つなぁ」

 そっちね。

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