第20話 思惑

「根が深すぎるわよ!」

「ルーツだけに?」

「何のこと?何かの冗談?待ってね。考えるから。笑わないとバカに思われるのよね?」

「いや。とにかくそんな前に済んだ話はいいんだよ。まずは今。いちいち前の話を蒸し返さないでくれる?」

「ちょっと待って。わたしは起源の話はしておきたいのよ」

「知らんがな」

「わたしたちが剣になってくれと頼んだわけでもないしねえ〜」

 レイが僕に首を傾けた。確かに僕たちは剣を欲しいとも言っていないんだ。売れるかもという盗人根性さえなければよかったのだが。

「冗談で生きられる場合とそうでない場合あるのよ。まぁそれは後でいいわ。国王と女王のことよね。彼らは己で己を変えたんでしょう?どうしてそんなことしたの?」

「まったく。じいさんは死んだときにばあさんの傍にいてやれるようにして、ばあさんはじいさんを守るように決めたんだ。結局ばあさんはじいさんを守った」

「面倒そうに言わないで。嫌われるかもって不安になるじゃない」

「もうこれだけしてくれるウラカを嫌うことはないよ」

「ね、何かしてくれるから好かれてるの?わたしの存在意義は?」

 面倒くさいぞ!

 ウラカはアラから何も聞いてない様子だった。彼は必要以上のことを話す性格でもないようだしな。話してくれていればコロブツに行くこともなければ、こうして戦争に巻き込まれることもない。たぶんウラカから泣きつかれて、それならばと紹介していたのだ。こちらに何も言わなかったのは気を使わせないためだったのか。いや。面倒だったに一票。

「それは今はいいとして、起源ルーツなんて、もうお祓いとかのレベルでどうにかできるもんじゃないわよ?」

「じゃ言わせてもらうけど、そんなもん教会は勝手に貸したのかよ」

「ちゃんと聞いてないもの」

「ん?」

「え?」

「ウラカが貸したの?」

 僕はウラカを指差した。ウラカはがっくりと頭を垂れた。髪の毛が落ちて彼女の顔を隠した。

「しようがなかったの。評議会から命じれたんだもの。そんなものやるしかないじゃないの。断れない」

「泣くことないだろ?」

「でも!でも!」

 ウラカは修道服の胸のところを掴んでポタポタ涙を零した。泣き喚きそうになるのを堪えて、ひれ伏した瞬間、何度も何度も絨毯を叩いていた。こんなの止められる訳がないと思いつつ、僕はレイに救いを求めた。やれやれという顔をしたレイはウラカの髪を掴み上げた。

「泣くな、ウラカ!おまえのやったことはおまえに跳ね返る!」

「わぁ〜んごめんなさ〜い」

 違う違う。

 レイ、もういい。

 僕はウラカをなだめるように腕を伸ばすと、彼女は倒れ込んでくるように顔を埋めた。すでにしゃっくりが止まらなくなっていた。僕たちも責めているわけじゃないんだ。どういうことなのか、これまでの経緯がわかればいいい。わかったところですべきことは決まっているが。

「こんなことになるなんて思いもしなかったのよぉ」

「こんなことにるのがわかっていたら断ってた?」

「へ?」ウラカはまた「ごめんなさい。評議会には逆らえない。どうせわたしなんてわたしなんて」

「違う違う。どの道こうなっていたんだって言いたいんだよ」

「わたしは嫌われることしてるだけじゃないのお!どこまでも臆病で勇気がなくて怖がりなの!」

 扉をノックする音がした。ウラカは泣きながらも窓の外へ逃げろと指差した。泣いていても言うことは言うんだな。もうあんな高くて狭いところは嫌だ。廊下から帰るから適当に追い返してほしい。ウラカはわがままを言わないで、こちらの立場も考えてほしいと、ますます泣きながら懇願してきた。まるで僕たちがいじめに来ているようだ。こんなところで逃走犯と密会していることがバレればどうなるかわかるの?

「もうね、見つかれば見つかったときのことだよ。好きにしようよ。こんな囲まれた城でコソコソやってるのもどうかしてるんだ」

「お願いだからぁ。もう騒動に巻き込まないで。こう見えてもわたしは耐性ないのよ。剣のことはわたしが何とかするから。ずっと胃が痛いの」

「ウラカ様、お食事をお持ちしました」

「ミアの声だ」

 レイが気づいた。ウラカが行きそうになるレイにしがみついた。今していた二人の話を聞いていなかったかのようだ。僕に向いてあなたたち自身が厄災ではないのかと。だからそっちへ行かないで。

「城内でも信頼できる人だ」

 知り合いだと安心させた。それにしても失礼な話だな。

「あら?どうしてここに?」

「ミアこそ。誰にごはん届けに来たの?ウラカへ?いらないいらない」

「もう食欲なんてないわよ。吐き気しかしないわ」

「殿下からついでにシンを連れて帰るように頼まれたの。でもやけに騒がしい部屋ね。忍び込んだんじゃないの?これで忍び込んだことになってるのかしら。大の大人がわんわん泣いてないで食べなさいな」

「すみません」

 ミアはテーブルに夕食のトレーを置いた。そして子供のように泣き崩れているウラカを覗いた。

「キレイな人じゃないの。こんな子を泣かせるなんて罪な人ね」

 ミアは冗談ぽく笑った。修道服姿で泣きじゃくるウラカも普通ではないが、ミアもいい度胸だよ。さすがノイタが惚れていることはある。

「シンがコソコソしてたから追いかけてきたのよ」

「レイはシンが女の人と会うのがわかったのね?だからとっちめてやろうとしたんだ?」

「そうそう。あ、そうだ。セゴに会う予定ある?これ、返すねと」

 ミアは合点した。彼女は給仕をしながら、まずこういうものは受け取らないこと。すぐに返すことも失礼になる。相手を勘違いさせるのはいけない。これは自分で返すようにと諭された。神妙に聞いていたレイは僕に「指輪は買ってくれなくてもいい」と答えた。レイが経験値積むにつれてポンコツになってきているような気がしてきた。僕はミアに案内されるようにウラカと別れた。

「ねぇシン。ちょっと」涙で呼び止められて「わたしはいつ買ってくれてもいい」と耳打ちしてきた。ひょっとしてこの世界は冗談の合間に挟まっているんじゃないのか。たくましいといえばたくましいし、どうでもよくなるといえばどうでもよくなる。もうウラカのところに何をしに来たのかわからなくなってきた。あれこれ考えてもうまくいかないんなら、レイに倣って瞬発力で乗りきるか。とにかくウラカが渡そうが誰が渡そうが、ここに剣はあるんだよ。

「セゴは覚悟してるのね。死ぬかもしれないのに指輪くれたの?」

 ミアは医療部の裏口に通じる階段で聞いたので、レイは国王と逃げるから一緒に来てほしいと言われたと話していた。僕は聞きつつ「まぁチャンスといえばチャンスだ」と納得してしまった。セゴとしては二度と会えないかもしれない今を逃したくはないんだろうけど。

「指輪さ、あなたがセゴに返すのがいいと思うのよ」

「僕が?なぜ?」

「男を見せなさい」

 とミア。ちなみにウラカとは何もないことを話すと、そんなことくらいわかるわよと笑われた。

 どうやら剣士の足はくっついた様子だった。歩くことには多少の困難はあるが、それは練習しかない。

 くっつくのか。

 この世界、すごいな。

 そうか。僕の世界でもつなごうとすればできるのか。技術か魔術の違いこそあれ、たいしてやっていることは変わらないんだなと思った。


 ロブハンたちと国王連中との会食は思いのほか、和やかに進んでいたそうだ。もちろん僕が見ていたわけではなく、途中で退席してきたノイタが執務室で教えてくれた。

「なかなかスリル満点の侵入経路だっただろ?君のところから侵入できるのは、あそこくらいしかないんだよ。帰りはミアが何とかしてくれたと思うけど」

「はあ。行きもミアに頼んでくれていればよかったのでは?」

「レイのこともあるだろ?教会以外にも見られたくない連中もいるはずだし、隠れているのがいい」

「調停は?」

「たいした話にはならんね。ただどうも裏がある気もする」

「裏とは?」

「父上だよ。この調停の表向きは共和国軍との和睦なんだが、できるわけがないだろ?裏はある」

 ノイタは組んだ足を手でポンポンと叩きながら、何やら考えた。僕はというと、ソファに沈んだまま腕を組んで別のことを考えていた。

「ノイタ様は国王陛下とともに城から出る気ですか?」

「ん?もうそんな話が君の耳に入っているのか。そうだな。父上はそう考えていると話していた。調停はそのことだろ。教会を頼るということになるな。間接的でも頼れるようにしてもらえないかという話だよ。でもどこからそんなことを聞いた?」

「罰されませんか」

「気にしない」

「レイが剣士のセゴから指輪をもらいましてね」

「だからさっきから難しい顔をしていたんだな?しかし君くらいの腕ならば決闘でもすればいい」

「じゃなくてですね。一緒に逃げようと誘われたそうなんです」

「なるほど。子飼いの剣士から漏れるとはね。早かれ遅かれ広まるんだから気にしなくてもいい。それぞれ身の振り方も考えるだろう。領民を逃がしてやることも考えなければならないしな。第五軍の指揮官がどこまで待ってくれるのかもわからん。待つことにメリットはないんだ」

 ノイタは足を組み直した。

「それはそうとウラカ氏は信じられるのか?信じていいのか?」

 僕はコロブツの呪われた民についてのてん末を話した。彼女は人の幸せのためになら自分が犠牲になることも気にしないし、何よりも人の気持ちに対して誠実に答えている。

「私にはうまく騙されて転がされたように聞こえるがな」

「話してしまうと、そうなんですけどね。でもあのときのことはなぜか嫌な気持ちにはならないんです」

「つらい思いをしたんだろ」

「どうなんですかね」

 ノイタの遠くに向けて伏せた瞼がかすかに動いていた。

「シン……」

 しばらく間を置いて、

「城を出るにしても残るにしても考えなくてはならないことがある」

 片頬で頬杖をついた。難しいことを話そうとしているのに、今はリラックスしているようだった。

「私は兄に教会から塔の剣を貸してもらえと言われた。私のしなければならないことは一つしかないんだろうな」

「お兄様はあなたにこの地を離れて二人で幸せに暮らせと言いました」

「それは君の心を犠牲にした上でできることじゃないのか?」

「たまたま僕が扱える剣がたまたまここに来ていた。ノイタ様はあの剣を扱えますか?仮に扱えたとしてあなたにできますか?この城のすべてを終わらせることなんですよ」

「君は悲しいね」

 ノイタは勢いをつけて椅子から立ち上がると、隣室へ向かった。

 

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