第18話 第一王子
密使の場には、もちろん教会の密使、国王、第二王子、宰相が向き合うことになる。警護は厳重になされていたが、僕も見たいと伝えた。
ということで、警護の剣士の二列目に並んだ。教会の礼服姿の者が三人現れ、次に国王が現れた。挨拶を終えて、話し合いになった。
しかし仲間の軍使が殺された剣士は理性で本能を押し殺していたのはさすがだ。つまらない調停内容など持って来れば、八つ裂きにされてもおかしくはないなと思った。
「今回は降伏の提案に来ました」
聞いたことのある声だな。評議会お抱えのロブハン殿か。隣にいるウィンプルの老婆は、まさかウラカじゃないだろうな。ロブハンは調停を見越してハイデルまで来ていたのか。なぜウラカが来ているんだ。
「援軍の話ではないのですか」
ノイタが驚きを見せた。
上手い芝居だ。
教会の人間が親書を渡した。まずは国王が読み、続いて王子、宰相が読んだ。宰相殿が読んでいる間、
「教会殿はこちらの軍使が殺されたことはご存知ですか」
ノイタは雑談のように尋ねた。
「塔の剣を持ち帰った者が命を落としました。このことは誰も知らぬはずでした。私の一存でした。陛下にも迷惑になるかもしれませんので承諾は後にしました。三人にしか誰にも相談していません。しかし彼は途中で何者かに襲われました。どこからこの話が漏れたのか不思議ですが」
「まるで我々が漏らしたかのように聞こえますが」
「気のせいですよ。そう悲観的に捉えないでください。こういう戦場では目や耳はたくさんあります」
さすがはノイタは王子殿だ。ロブハンはしょせん評議会の飼い犬というところか。悔しさに顎の筋肉が動いた。それにしても教会は何をしに来たんだろうか。
「教会殿はこの内容をご存知で?」
と白髭の宰相が尋ねた。するとロブハンは、かすかに頷いた。
「話になりませんな。これで同意するとお考えでしたか。降伏条件に王族や責任者の処刑とありますが」
確かに話し合いにならん。そんなことは教会に言われなくてもわかっているし、王国で判断できる。
「我々は王国と共和国の話し合いの橋渡しをするために参りました」
「子供の使いでばあるまい。もう少しまともな話を持ってきてくれるかと思えば、よくこんな内容を持ってきたものだな。で、援軍は?」
「申し訳ございません。教会からの援軍はございません」
ウィンプル姿の老婆が気持ちのこもっていない言葉で答えた。ただ資料を読んでいるだけだった。
「領民のことをお考えになれば戦うはお忘れになられた方が」
「領民の心配までしていただいてありがたいことです」
ノイタが答えた。
突然、
「我々は近いうちに街を開放する」
国王が低い声で伝えた。
「民が避難する時間がいる。伝えるがいい。共和国軍が民のために戦うという大義があるのならば、できるのではないか」
国王はロブハンを見据えた。
重苦しい空気が満ちた。一国一城の主がロブハン一行を圧した。護衛の剣士の内でも国王陛下とともに士気が込み上がってきていた。教会の調停団も命令一つで八つ裂きだな。
「時間稼ぎではないのですか?」
「誰と話しているのだ」
ノイタが失礼だという意味でロブハンに尋ね返した。ロブハンは聞こえないくらいの声で謝罪した。
「わきまえてもらいたい」
「良い話し合いができた。休憩だ」
国王は席を立ち、
「ノイタ、教会殿らがくつろげるようにしてあるのか」
「はい」
「うむ」
宰相に目配せをして、一緒に来るように命じた。残されたノイタは快活に話し始めた。
「ではしばらくおくつろぎくださいますように。調停団を斬り捨てるような無粋なマネはしませんのでご安心ください。後に陛下の提案を敵陣へ持参してください」
ノイタも堂々と離席した。
僕も離れた。
突然、レイが現れた。
どうした?
「そんな格好でどこにいたの?」
「会談を見ていた」
誰かに見られるといけないので急いで自室へと向かった。急がないとどこで教会の連中に会うかわからないんだ。レイはどこにいた。
「会談見るのにそんな格好する必要ある?逃げるの?」
僕は部屋に滑り込もうとして鍵がかかっているのに気づいた。
「あれ?鍵かけた?」
「かけてないし持ってない」
室内からミアが出てきたので、お互いに驚いた。
「二人ともこんなところで何してるの?ここは出入禁止よ」
「ミアこそなぜ僕の部屋に?」
「あなたの部屋は逆棟の上よ。この中庭を挟んで向こうじゃない」
「マジか」
「しっかりしてよ」
「ミアはなぜここに?」
「わたしは仕事よ。この奥の階段が医療部とつながっているのよ。こんなところにいちゃダメ。戻って」
「戻れないんだよ」
僕はミアに訳を話した。
レイはウラカが来ているの?と反応したが、僕はまだわからないと答えた。ここで見つかると話がややこしくなるだろ?レイも頷いた。
「みんなで相談かい?」
ノイタが来たので、ミアもレイも僕も黙ってしまった。ここは王族しか入れないのよと。結界でも何でもしといてくれと言うと、ノイタがだから侵入者に気づいたんだよと笑った。来てみたら知った顔しかいないので安心したよ。そしてミアに僕たちを部屋に入れるように促した。
「でも」
「兄の求めでもあるんだ」
「かしこまりました」
「僕が話すと、この二人のことを気にかかるようなんだ。人に興味を示さない兄が珍しいだろ?」
ミアは王子を見た。僕は二人は好き同士なんだと気づいた。こういうことは何となく気づくことがある。
「どうしても会って話しておきたいことがあるということだよ。俺が責任を持つから気にするな」
「お疲れのようですので」
「承知した」
俺?いつもは俺なのか。私は公の場の言葉なんだな。どこまでも王族というのは、育ちが違うな。
ミアは扉を開けた。扉の中には真っ暗な空間があった。その真ん中にベッドがポツンと佇んでいた。
「レイ、何が見えてる」
「見ない方がいいけど」
僕はレイの頭を抱き寄せた。レイが見ていたものが見えた。ノイタ王子とミアにも見えているのか。無数の目玉や口、牙、臓器、足、手などが床や壁に埋め込まれていた。
「驚いたかな」
とノイタ。王族には普通に見えると話した。たぶんこれ以降、あちらこちらに見えることになると教えられた。ミアも見えているのか。
「これが蛮族の正体だ。第三軍を壊滅させたのは、ここにいる死体が実体化した者たちだ。共和国軍ではない。ここにはこれまでの人や獣だったものが封じ込められている」
「あっちが異世界から召喚したというのは嘘ですか」
「街で噂を流した。実際は我々が異界から召喚した。今も正面の岩で食い止めている。今のところね」
「あれは門なんですか?」
「誰もそう呼ばないが」
ノイタは中央のベッドの際に腰を掛けた。そして眠っている影をそっと覗き込んで、これが第一王子だと微笑んだ。どうせそんなことだろうと思っていた。塔の剣は王国の負の遺産を封じ込めるためにもたらされたものだ。誰が望んだのか。なるほど第一王子自身か。もはや彼の力では異界軍とやらを制御することや封じていられることができないのだ。
「起きないの?」レイもノイタの肩越しに覗いて「キレイな顔してるじゃん」と僕に肩越し手招きした。
「起きることもあるのかな。彼が話したいときに呼ばれるくらいだ。彼はこの城ができてからずっと第一王子なんだよ。父の兄、僕の兄というわけだね。祖父の兄でもあった」
レイが第一王子の胸に耳を当ててみた。ノイタは笑って見ていた。
「この子は物怖じしないな。剥製を見たときもだ。君が即座に獣の臭いだと言ったときは驚いた。あれは獣を組み合わせて作った偽者だ。蛮族を似せて作ったんだ」
要するにあんな奴が暴れまわることには変わらないのか。この第一王子が鍵になっているんだな。
「奴らが暴れまわると手がつけられないが、やがて消えるんだ。僕は今回が初めてだが、兄に制御できなくなったことに気づいた」
「国王陛下には?」
「報告した。使えるなら使いたいんだがね。これではこちらにも何が起きるかわからん」
「だから目の前の第五軍には使わないんですね?」
「そうだ。兄が保たないというのも大きい。私にもやさしい兄であると同時に父にもそうなんだ。いくら戦争でも苦しめたくはない」
「使えれば使いたい」
「もしこちらの優勢が知れ渡れば援軍が来るかもしれん」
浅ましいな。しかし戦争というものはそういうものなのかもしれない。お互いにエゴとエゴのせめぎ合いなんだろうな。それに異界軍については共和国軍も第三軍で経験したし、調べてはいるはずだ。次に来たときの対処は考えている。
第五軍は精鋭か盾か。
「いや。でも俺はダメだな。喰われてしまう兄を見たくはない」
「こんな秘密を僕に話してもいいのですか?」
「いいわけがない。しかし兄が会いたいと言うのだからな」
いつの間にかレイは第一王子の額に眼を当てた。何にでも興味を示す奴だな。不意にはっと飛び退いて、僕の腕にしがみついた。
「声がした」
「余計なことするからだ。何て話してた?」
「うるさいって」
すみませんでした。僕たちは退室することにした。寝ているところでウダウダされたらうるさい。叱られたら何をされるかわからない。
「何か言った?」と、僕。
「何も」
二人はここに残れ。もし幽霊に命じられれば、こんな感じになるのかなと思うくらいゾワッとした。
「ご指名のようだ」
ノイタは肩をすくめた。
面会は済んだんじゃないのか。
僕たちは置いていかれた。ここで異界軍と決闘とかない?第一王子は穏やかな顔だが、実際にやっていることはえげつないんだしな。
「何?」
友達かいっ!
レイが友だちにするかのように話しかけた。第一王子は目を覚まして上体を起こした。ちゃんと起き上がれるんだな。青白い美少年だ。
「下手くそ」
「は?」
初対面だぞ。
「ようやくその剣の扱いを学んだようだな。コロブツの精霊たちは気に入っているようだぞ」
「そうなんですか?」
「生贄をしたそうじゃないか。いいものだったと喜んでいたようだ」
「教会がしたんです」
「どうでもよいみたいだな。おまえたちのことしか噂していない」
「わたしも?」
「怒らせたらヤバいとな。気を抜いていた精霊も一緒にやられたそうだ。笑いものらしいが」
「あなたが剣を取り寄せて、僕たちを呼び寄せたんですね」
「剣は呼び寄せたが、おまえたちのことは知らない」
「え?では誰に使わせようとしたのですか?」
「自分だよ。しかし手に入れたものを見て、私は呆然としたよ。こんな凄まじい剣だとはな。もはや私に力は残されていない。しかしおまえたちが来てくれた」
「勝手に運命に巻き込まないでくださいよ。だいたい僕がすることなんですか?あの調停のことは?」
「恐らく陛下は陛下で何か考えているんだろうな。今は私は異世界を管理することしかできない」
壁が歪んで、半液の中から胴や腕が現れた。そして第一王子が言うには、この者が僕に話があるとのことだった。まだ半分は人の姿だ。
「ビアを奢れずに申し訳ない」
「お姉さんとは話したのか?」
「少し話せた。僕は姉さんの腕の中で死ねた。あなたもお嬢さんも守ってくれてありがとう」
彼は闇の沼に沈んだ。こうして人や獣は掻き混ぜられる。
「三つ目族」
「レイだよ」
「私は疲れた」
「ずっと寝てるのに?」
沈黙。何というアンバランスな会話なんだ。ずっと寝ているわけではなく、寝ているように見えても何かしているということにしておけばいいのに。もう長い歳月、門の番も疲れたということなのでは?
「奴に剣を渡してやれ。もうすでに使いこなせるだろう」
「ダメ」
王子、と僕は制した。この後のことは何とかしますので、他に外の二人に言うことはないですか。
手招きで呼ばれた。
何ですか。
突然デコピンされた。
「もう少し躾けろ。おまえらがこの世を修整するんだぞ」
「躾けられれば躾けてますよ。それにこの世界のことを預けられても困るんです。今回あなたの言うことを聞いたらまた僕たち悪者です」
「しかしもう今の私はおまえにしか頼めないんだ。嫌なことなのは承知しているが」
「弟さんは御存知なんですか?」
「知らぬ。話す気もない。私一人でする気でいたのだ」
「城が滅んだ後、どうなるんですか?陛下や王子、姫は?」
「逃げてもらいたいと考えているんだが、そこまでおまえが気に留めることではない。私とここに封じられた魂をしかるべきところに還してやってくれ。この者たちは我が城に尽くしてくれた」
いつの間にか僕は耳を近づけて囁やきにも似た言葉を聞いていた。
レイが近づいてきた。
「何か二人でコソコソ話してるの感じ悪い」
「行ってくれ」
僕は第一王子から離れた。
「二人には遠くの地で幸せになるように伝えてくれ」
僕は頷いた。
「わたしたち?また寝るの?」
僕たちのことじゃない。僕は羽交い締めにしたレイに「この人は寝るのがお仕事なんだ」と言いながら部屋を出た。第一王子が感じ悪いと怒っていた。二度と来るな!
「お待たせしました」
「二人でコソコソしてさ」
ノイタとミアは「ここで盛り上がることなんてあるのか」と不思議そうに顔を見合わせた。
レイは「お兄さんからこんなこと言われたよ。二人は遠くの地で幸せになるように」と伝えた。
ノイタは黙ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます