第16話 会議

 レイに剣を没収された。いつもの旅のときと同じく、背中に女王の剣を担いでいた。本来僕が持っていた国ノ王の剣は腰から吊るしていた。

 城内なのに完全武装だな。

「使いこなせただろ?」

「嘘つき」

 僕たちは階下の兵士が集まる屯場に案内された。もっとも怪我をしやすいのが兵士だから、前を通らなければ治療部へ行けない構造だ。

 開放されている屯場には、男所帯独特の汗臭さが充満していた。そこには白いハンカチを腕に巻いた白帯隊と呼ばれる剣士たちがいた。

 セゴがレイに気づいた。

「先輩が死にました。レイさんも会ったことがある人です」

 今のレイにはだから何だと言いそうな気配があるが、死んだのが食堂で話しかけてきて、あの歩廊で特別にハンカチをくれた人だとわかったときに、さすがに驚いていた。

「なぜ死んだの?」

「命で敵陣へ和睦の交渉に行っていたそうです。極秘でした」

「話し合いで殺されたの?」

「我々も正式に聞いたわけではないんですが。他の二人は片方の足を斬られていました」

 話していると、奥の間からミアと術を使い果たしてぐったりとした二人の呪術使いが出てきた。

「ミア、足を斬られたの?」

「あら。呪術使いがくっつけようとしてくれたんだけど、今のところどうなるかわからないわ」

 それはそうと、

「どうしたの?」

「シンの首を診てほしい」

「いいけど」

 ミアはただならぬレイの気配に僕が何か起こしたなと察して、治療部でも兵士などが入ることができない特別室へと案内してくれた。

「あなたたち陛下にお会いしたんじゃないの?」

「そだよ」

 片足を斬られたのは、殺された兵士を運ばせるために生きて返されただけのことらしかった。

僕は目茶苦茶な話だなと思いつつ聞いた。膝から下を斬られた男が別々の部屋に寝かされていた。

「精神的に参ってる。あれだけの訓練を受けてる剣士が。今は薬と術で眠らせてる。袋に自分の足を入れられてたから付けてみた。術使いは自信はないと話してた」

 僕が振り返ると、レイは女王の剣を背に担いで、国ノ王の剣を腰にぶら下げて立っていた。見る人が見れば完全武装のようだ。絶対に許してくれそうにない目をしていた。

 椅子に腰を掛けた僕はミアの診察を受けると、首には特に変化はないと言われたが、疲れているのかと尋ねられた。どうして?

「怠そうな顔してるわよ。国王陛下にお会いして疲れたの?」

「ちょっと違う」

 レイが、

「剣を使ったの」

 と答えた。

 またどうして。国王が剣の凄さを見たいので、ちょっとしたことをしてくれたのだと話した。

「なるほどね。大丈夫よ、レイ」

 ミアはレイを抱き締めた。わずかにレイの緊張が解けて、表情も緩んだ気がした。

「使えただろ?」

「嘘つき」

 僕は許されてないのね。ミアはレイはいつまでもむくれている子ではないから、すぐに話せるようになると慰めてくれた。

「また後でレイと話してほしい」

「自分でしなさい」

 厳しい。

 不意にレイが、

「話し合いも拒否されたんならどうしようもなくない?」

 と僕に言うので、

「王国も追い詰められたね。こんな状況でできることなんてない」

「だからシンに試させたんだね」

「え?あ、そういうことか」

「ムカつくなあ」

「だから僕も戦わないと」

「ダメ」

 ミアは僕たちのやり取りに吹き出した。こんなときに笑ってはいけないんだけど笑えるわと。

「王国は終わるかもね。これからは新しい形の国ができるわ」

「やけに軽くない?」

「わたしたちは国が滅んでも生きていくしかないでしょう?別に国王に忠誠心なんてないし」

「そんなこと話していいの?」

 レイが心配した。

 おまえが言うか?

「レイさん、さっき忠誠心ないことを体現しただろ」

「実際に何したの?」と、ミア。

「国王の首を刎ねた」

「目茶苦茶するわね」

「偽者だよ」

「そりゃそうでしょ。でないともう国が滅んでるわ。でも王様は結界に守られてるって聞いたけど?」

「レイ様、結界ごと刎ねましてね」

「約束を破るのがいけない。この剣は使わないと約束した」

「よくわかんないんだけど、約束したのはここにいる人よね?それで陛下の首を刎ねたの?」

 僕は約束した記憶はない。

「約束を破らせた奴が悪い」

「シン、レイはちゃんと考えてくれてるじゃん。壮大なロマンスね」

 ちゃんと考えてくれているなら刎ねないでほしい。ミアは首刎ねられなくてよかったわねと付け加えた。

 

 僕たちはノイタ王子とカザミとどこかの部屋にいた。二人とも会議が済んだので戻ってくださいと言われても戻れる自信はないくらいだ。

 絶対に迷子になるな。

 セゴは扉のところにいた。

 僕たちはそれぞれの椅子に腰を掛けていた。ノイタはリラックスして足を組んでいたし、姫は二つになった剣を膝の上で愛おしそうに撫でていた。まだレイは完全武装だね。

「剣くらい置いたら?」

「持ってる」

「重くない?」

「平気」

「使えたのに」

「まだシンはわかってない。勘違いしてる。使えるとか使えないの問題じゃないんだよ」

 レイは一本調子で答えた。

「またちょっと調子は悪くなるかもしれないけど。心配してくれるのはありがたいけどさ」

「お礼はいらない。わたしがシンのことを心配するのは当然よ」

 ミアの言葉が浮かんだ。あなたが考えている間、レイは何も考えてないと思ってるの?

「ごめん」

「わたしには謝る必要もない」

 キツイなぁ。

 丸テーブルには香ばしい匂いのする紅茶の入ったカップが並んでいた。僕だけがえぐい薬で、吐きそうになったが、ここでまぎらわしい態度はできないと我慢した。

「ミアの薬ですか?」

 カザミが笑った。

「ええ」

「よく効くでしょ?」

 この姫もどこか抜けているところがあるのか。よくこの雰囲気で話しかけてこれるな。恐ろしいえぐみに襲われて涙を出しながら思った。

「まだ薬を飲まないといけない体なのに、こんな剣を使うから悪い」

「レイ、おまえが悪いんだぞ」

「すぐわたしのせいにする」

 背を向けた。

 僕は二振りの剣を一人の力だけで使おうとするから、負担に耐えきれなくなると気付いたと話した。

「で?」

 もともと剣は白亜の塔を支えていた二人なのだから、僕が白亜の塔と同じようになればいいということに気づいたんだと続けた。

「聞く気ある?」

「聞いてるよ。シンが白亜の塔になれるの?」

「使えてただろ?」

「弱っちい相手だから耐えられただけじゃん。そんな程度なら前も使ってたし、まったく気にしない」

 弱っちいノイタは苦笑した。

「レイ殿、そろそろ許してあげてください。この度のことで責められるシン殿を見ているのは心苦しい」

「王子様、約束破ったのは今回だけじゃないんです!のよ?」

 ノイタは圧倒され、姫は目を丸くしていた。フィリ、ウラカ、ミア、カザミ!と叫んだ。どこに導火線があるのかな。やさしくするからつけあがるの!皆、シンを知らない。

「惹き寄せられるのよ」

 姫があっけらかんと答えた。子供と大人の間のつかの間にある、根拠のない特有の自信に満ちていた。

「は?」と、レイの怒気。

 お姫様、何言ってるの?僕と何もありませんよね。庭で剣について話しただけですよね。お互いに惹き寄せる要素なんてないですよね。

「人見知りの妹にこうまでも言わせるとはね。この子はね、王族の中で育ったんです。誰を信じて」

 ノイタは慈しむように話した。そうかもしれないけど、この流れで言うことではないよね。国ノ王も女王もルテイム王も王子も、姫様も何でも思ったことを言っていいと育てられるのか。

「わたしもお姫様なの!」

 そこかいっ!

 どこで対抗してるんだ。あんなボロボロの村から、ポイ捨てされる姫様なんてあるかよ。しかもなぜこんなところで犯罪歴を言うんだ。

「へえ。どこのお姫様?」

「月影の姫よ」

「何それ」

「シンがわたしの髪を見て月影のようにきれいだと言ってくれたの」

 もう好きに話してくれ。二人だけの話を持ち出されると恥ずかしいじゃないか。確かに言ったよ。

「覚えてる?」

「墓場で」

 レイはうれしそうだった。

 しかし!月影の姫は塔の街の貴族や商人連中を恐怖のどん底に落とした盗賊の異名だ。

 ノイタが命じると、セゴは首を傾げつつ廊下に出て用件を告げた。

「見た気がする。市門で配られるのは目を通しているんだ。でも今回はそれどころではなかった」

「まあそういうことです。かわいそうなんですが、彼女は何もしてないのに手配されているんですよね」

「自分で名乗ってたけど!」

 姫がレイを睨んだ。

「知らない!」

「たった今言ったじゃない!」

「ふん。これだから子供は信じられないわ。すぐ人に求めるの」

 おまえの口と耳と態度の方が信じられんわ。セゴは分厚い紙の束を受け取ると、ノイタに持ってきた。

「これだね。顔はない」

 丸テーブルの上に手配書の原案が置かれた。僕とノイタと姫と字が読めないレイが覗いた。特徴と罪状が簡素に連ねられていたが、賞金の欄は空欄で、ノイタ曰く配られた側が決めればいいとのことだった。


 髪・金

 肌・白

 瞳・バイオレット

 背・中肉中背

 その他・紅玉の邪眼

 術使い、剣使い、眷属使い

 

「ケンゾクて?」と、姫様。

「従者みたいなもんだね。たぶんシン殿のことだろ」

「納得できない」

 レイは憮然とした。

「レイそのものだな」

 ノイタは罪状を読み上げた。

「女王殺害、衛兵殺害負傷者多数、白亜の塔破壊、塔の街巡回兵二十三名殺害・負傷者多数、下級貴族街焼き討ち、貴族五名殺害・行方不明者多数、屠殺場焼き討ち三件、商人強盗三件……まだあるんですが」

「もうお腹いっぱいです」

「シンのは?」

「シン殿はありませんね」

 なぜ何もないのだろうか。

「どうして!シンの方が悪いことしたのに!何をしたのか話してあげる!」

 言わなくていい。

「あなたは完全な犯罪者じゃないのよ。しかもシン殿は巻き込まれたんだわ。許せない」

「許せなきゃ何?どうしてくれるってわけ?やるっての?今度は八つ裂きにしてほしいの?」

「や、やってやるわ!わたしがシン殿を救い出してあげる」

「ふん!救い出す前に自分の国のこと考えろ!」

 もちろんレイに悪気はないし、間違ってもいない。今ここに現実問題がのしかかっている。これからどうする気だ。こんなところでケンカなんかしている場合ではない。

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