第15話 王殺し
「どうして攻めてこないんだろ」
「わからないわ。敵も損害を出したくないとかあるんじゃないの?」
「異世界から蛮族を連れてきているとか聞いたけど」
「初耳だわ。蛮族?」
ミアがテーブルに散らばったカップや湿布などを片づけ始めた。
「郊外で聞いた。殺すことだけを目的にしている野蛮な連中がいる」
「どうしてそんなことするの?」
「狩りみたいなものかな。僕にもよくわからないんだよ。戦争ではどちらも勝つために何でもする」
「わたしは塔の街でもいろんな種族を見たけど、いい人もいれば悪い人もいたわ。習慣も違うしね」
ミアは臭い湿布の補充、苦くて臭い飲み薬の数を数えて、苦い液薬のポットの残量を覗いて確かめた。
「僕が世話になったのは髭を三つ編みにした人と頭の尖ってた人だ」
「何してた人?」
「墓守」
「幅広いわね。レイからは女王様とか聞いた。治癒の術どこで学んだの?学校じゃないわよね」
「白亜の塔だね」
「え?入れたの?だから女王様とも話せたんだ?」
「少しだけいたかな。剣もそこで学んだ。女王様とも話したけどね」
動きを止めたミアはじっと僕を見つめた。それだけで術使いとして尊敬されるレベルなのだが、なぜかまったく尊敬できないと言われた。
「和睦でもするのかな」
「和睦なんてできる?それはこっちの願望でしょう?あちこちで小規模な戦闘はしてるみたいよ。運ばれてくるケガ人が増えてるし」
ミアはベッドの上でうつ伏せになったままのレイに薄手の掛け布団をかけてやった。あなたが考えている間、この子が何も考えてないと思ってるの?と説教も混じった。僕は自分が想像している以上に落ち込んできた様子だ。
「そんなひどい顔しないでよ。本当にあなたたち似た者同士ね」
扉が激しくノックされて、返答をする間もない早さで開いた。セゴが入ってきて、殿下がお呼びですと僕に告げた。ミアとしては、まだ回復の途中なので明日にしてほしいと答えたが、セゴは青ざめた顔で今すぐにと背を向けた。失礼な奴だ。万が一のためにミア殿もと付け加えてきた。さすがにレイも起きた。セゴは表情を緩めたが、レイは立とうとしている僕に「大丈夫?」とベッドから落ちるように支えに来た。
「こんな夜に呼びつけるなんて何を考えてるのかしら」
僕は燭台で照らされた廊下をサンダルでペタンペタンと歩いた。セゴは歩くのが速い。レイはときどき僕の腕を支えた。そんなにフラついているのかと尋ねたほどだ。
「こんな格好でいいのかな」
「着替えてくる?」
「病人みたいだ」
「病人よ」
ミアが素っ気ない。レイは本当に大丈夫なのと念を押して聞いた。
「レイに無理矢理飲まされた薬が効いているみたい。体が軽い。胃がムカムカするけどね」
「ならいいけど」
「このリングもそうだ。僕自身が呪具に操られないで済んでいる」
「そのことは今はいい」
「話したいんだけどなあ」
見知らぬ間に通された。豪華な間ではあるが、ノイタ王子の陰鬱な表情が細工までもくすませていた。
「具合はいかがですか」
「どうですか?」
とミアに聞いた。
「いいわけないじゃない」
「申し訳ない。ああ。その格好はまずいですね。誰か着るものを持ってきてくれ」
僕はカーテンの奥へと連れて行かれて、セゴと同じ制服のようなものに着替えさせられた。着替えている間、誰も話していなかった。
「お待たせしました」
「これから陛下にお会いしていただきますので」
「え!」
僕は驚いた。
急だな。
「儀礼とか知りませんが」
「簡易的ですので気になさらないでください。レイ殿も」
ノイタ王子は、
「セゴはミアを案内して」
と命じた後、僕たちは王子に従って大きな間に案内された。外がよく見える回廊を抜けて、少し奥まった大広間に複数人がいた。しばらく待たされた後、ノイタ王子、知らない若者、カザミ姫が現れ、白い髭の男が少し高い位置の玉座に腰を掛けた。ルテイム王であると誰かが声を張った。王の眼光は鋭かった。
儀礼を司る者が、
「こちらへ」
と数歩前へ案内した。小声でマネをしてくださいと言うので、同じように片膝をついた。
僕たちは家臣じゃない。偉そうにしやがって。品定めかよ。気に食わんぞ。レイもムスッとしているところからすると、なぜ見ず知らずの奴にこんなことしなきゃならないんだという気持ちなんだろうな。
「シン殿、前へ!」
「レイ殿、前へ!」
声がした。
儀礼の者が示した。
そこね。
「この度はルテイム王より聖剣を預けるものとする」
二人が抜き身の女王の剣をうやうやしく運んできた。もう一人は国ノ王の剣を持っていた。
儀礼の者が、
「我々が受け取りますので、そのまま控えていてください」
丁寧に教えてくれたが、僕が気になるのは隣の殺気だ。見ないようにしていたが、受け取る気なのか?という声まで聞こえてきた。
『しようがないだろ』
『ぶち殺す』
『あれ?話せてる?』
『あ、本当だ』
『レイ、殺気漏れてるぞ』
『うるさい』
もう一つ懸念がある。
『レイ、この前からじいさんとばあさんおとなしいと思わないか』
『ここも聖地なんでしょ。話を逸らさないで。約束したよね?』
じっと見つめていた国王は左の肘掛けに体重を預けた。そして右手を僕たちに差し出して、
「存分に働くがよい」
国王の言葉が途切れた。
レイがかすかに右手を動かしたからだ。しなった鞭が結界に守られていた王の首を結界と玉座の飾りごと刎ねた。何を見せられているんだと思いながら、僕は女王の剣と国ノ王の剣を奪った。
「使わないと約束した!」
「したよ。したけど、国王の首を刎ねてどうするんだよ」
別室で待機していた兵士がなだれ込んできた。槍衾が僕とレイの周りを囲んだ。レイを止めるどころではなく、僕は女王の剣と国ノ王の剣で兵士たちを薙ぎ倒した。
「だから使うなと言った!」
「緊急だ」
「約束したぞ!」
剣を抜いたノイタが前に出てきた。ほらほらほら。結局こうなるじゃないか。国王殺しても同じだ。
「まさかこんなことをしてくれるとはな」
「僕も同じ気持ちです」
「おまえは使えば命が削られる剣を使うのか?」
「僕たちを逃がしてくれるなら別ですが」
「できない」
僕はレイに玉座の脇にある扉を壊して逃げ道を作ろうと耳打ちした。
「断る。皆殺しだ」
まったく連携がとれてない。
「兵士は殺すな!」
ノイタが飛び込んできた。僕はひとまず腰に国ノ王の剣を差し込んで、女王の剣で受け止めた。ノイタの剣も聖剣と言われるものだそうだが、よくわからない。ビシビシと波動が押し寄せてくる。鍔迫り合いから押し込まれたが、引き際、僕は腰に力を入れた後、一気呵成に飛び込んだ。女王の剣は縦横無尽に暴れてくれた。なんてことはない。一人で戦おうとするからムリが生じるんだ。ばあさん、あんたの力の源はこの世界だろ。僕は根と茎であんたは花というところか。魂を守る白亜の塔になればいいんだ。何とか防御していたノイタを蹴り退けた。まさかのカザミ姫も来たので、左手で国ノ王の剣を抜いた。
「カザミ、やめろ!」
ノイタは叫んだ。同時に僕は襲いかかろうとするレイの無数の鞭を断ち斬ると、やめろ!と叫んだ。二振りの剣が星のように白く輝き、国ノ王の剣はカザミの剣を半ばで斬り捨てた。尖った刃が床に刺さった。
カザミは斬られた剣を持ったままでも戦おうとしていた。そこに光の蛇がカザミを拘束した。
気持ち悪っ!
何度見ても気持ち悪い。
しかし完勝だった。
「まだやるのか」
と僕が言うと、ノイタは剣を支えにして立ち上がり、カザミ姫守るように立ちふさがった。
突然、頭を殴られた
「あたっ!?」
「約束したのに!シンはわたしとの約束を何だと思ってる!」
僕から国ノ王の剣を奪い、
「ばあさんも寄越せ!」
と奪った。
もし体に何かあったらぶち殺すからなと睨んできた。誰の体に何かあれば、誰をぶち殺すんだ?
「剣くらい残してくれても」
「もうわたしが預かる」
「それじゃ戦えない」
興奮が頂点に達しているときに蛇の鎧が彼女を守る。僕のことは信じられない、約束を破るなんて、また倒れたらどうする、死んだらどうしてくれるとブツブツと呟き、結界を破って突っ込んできた怪鳥を鞭で焼き殺してしまった。
「何!何で飛び込んでくる!」
「結界が消えたんじゃないの?」
つまらなさそうに答えた。こうなればレイはしばらく不機嫌だ。
「結界がポンコツなのよ」
「ポンコツではないと思うんだけど、城の誰かが解除したかだよ」
「あなたですよ」
ノイタが言った。
人のせいにするな。
「あなたが剣を使うときに結界に使われる力も吸い上げたんです」
どういうことだと尋ねた。
「わざわざ夜に来ていただいたのは、敵の襲撃の可能性が低いと見越してのことです」
「よくわからないけど」
「申し訳ない」
再び怪鳥が来たが、戻った結界によって防がれた。が、ふざけるなとレイが結界ごと撃ち抜いた。
光球が向かってくる。
蛇の団体が絡めて潰した。
気持ち悪い!
三撃目は結界が防いだ。
「皆、退くように」
槍を折られた兵士が戸惑いつつ王子を見た。構わない。国王陛下は死んではいない。同じ顔をした男が脇から現れて、玉座に腰を掛けた。
「なるほどな。これほどの剣を寄越してきたとは教会もなかなかだ」
穏やかに話した。
「不愉快か。特に三つ目族よ、そなたの気持ちが荒れていることは理解できる。すまぬがしばらく鎮めてくれ。頼む」
頭も下げていないし、頼む態度でもないが、もちろんレイも気を鎮めることなどない。今でも殺してやるという目つきをしていた。
「具体的な話はノイタからされると思う。その前に三つ目族よ、カザミの呪縛を解いてやってくれ。これでも女の子なんでな」
「潰すなよ」
僕が囁いた。
見せしめにやってもいい。
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