第13話 防衛

 翌朝、鍾乳洞内の風呂に浸かった後、二振りの剣を持ってバルコニーに出た。朝日を浴びた街に煙が漂い、まだ火が見えた。それをあざ笑うかのように空の怪鳥が金属がこすれる音のように鳴いていた。

 夜通しずっと攻撃はやまず、西の街には二日前火が放たれた。中央広場から東地区までを防衛ラインとして、ひとまず西地区は捨てられることに決められたようだ。第五軍本隊に動きは見られなかった。市街地に入ってくる気配はない。

 何か策があるのか。

 後始末のことを考えると、市街地は残しておきたいのか。ひょっとして和睦の交渉でもしているのかもしれない。僕は望遠鏡を覗いて将の姿を確かめた。人形ではないのかと思うほど、昨日と同じだ。

「やぁっ!」

「痛ぁっ!」

 僕は脇腹を押さえて胸壁の際で膝をついた。見知らぬ少女がいた。黒髪を肩までで揃え、白い肌に黒い瞳、シャツにサスペンダーとズボン、サンダル履きで腰に剣を吊るしていた。手には木で創られた剣が握られていた。これまで城の中で見た中でも、ずいぶんと気楽な格好だが、やることは人を襲うことだ。

「あなたがシン殿ですね?わたしはカザミと言います」

「あのなぁ」

「隙だらけですよね?」

「風呂から出てぼぉっとしてるんだから隙だらけだよ。誰!」

「もっと凄味があるかと。申し遅れました。ノイタの妹です。あ、お兄様も忘れられてるわ。第二王子の」

 くそぉ。

 お姫様でも。

「驚いた顔してるわね。もっとドレス姿とかよかったかな」

 カザミ姫は瞳を僕の頭上に向けた。影が来て、広い翼のコウモリのような怪鳥が羽ばたいていた。

「ずっと飛んでる。これじゃ街の人は気持ちが保たないわ」

「こっちの身が保たんわ!」

「そうよね。これからどうするのかしら。あなたはあれを斬られる?」

 あんたを斬りたいよ。

「わたしはお城のために戦おうと思うの。これでも精霊に祝福された剣を持ってるのよ。今回は稽古用の剣だったけど」

 カザミは立て掛けてある剣の前で膝をついた。

「これ触れられる?」

「どうぞ」

 僕は打ち身を堪えながら不機嫌に答えた。カザミは女王の剣を持とうとしたが、すぐこれは持てないわと呟いてやめた。今度は国ノ王の剣も抜いてみたが、剣の肌を見た。

「スミレのようだわ」

「今はね」

「変わるの?例えば?」

「若草に似たときもある。深緑のときもね。白のときもね」

「残念だなぁ。あなたが持ち主なのね?兄が話してたの。教会は貸してくれたけど、持ち主は別にいるのではないかと。わたしは女王の剣なんて持てないもの。でも弱くない?」

 兄妹揃っておかしくないか。気を悪くした?とうれしそうに飛び跳ねた。

「少し稽古してくれない?」

「しょせんこんなもんですよ」

「剣も抜かずに考えてる。剣の稽古するのかと期待してたのに」

 姫は続けた。地位のある人はゆっくり話すように教えられていると聞いたが、今の彼女は違った。

「ずっと難しい顔してたから関わるの難しいかなと」

「で、突いてきたんだ?

「いずれわたしも戦わなければいけなくなるわ。だからこの剣を使いこなしたいの。教えを請いたくて」

「でも簡単に刺されるような人から教えてもらうこともないでしょ城にも剣士がいるでしょう」

「わたしね、覗いてたのよ」

 兄とセゴ、僕とレイが剣を前にしたときの場に隠れていたんだと。

 とんだじゃじゃ馬だな。

「揉めたときもいたんですか?」

「あのときは心臓が飛び出るかと思ったわ。でもあれだけのこと見せられてたんだから、あなたが持ち主だと信じたわ」

「あれはたまたま二人がやめてくれたんですよ。相棒が本気なら部屋ごと蒸発してますしね」

 姫は腰から剣を外して、僕に寄越してきた。これを渡されてもどうすればいいのかわからないんだけど。

「抜いてください」

 僕は言われたようにした。特に目利きではないので、よく手入れされたものだなくらいに思った。

「コツがいるみたい。わたしは精霊様の力を使いこなせない」

 僕は剣を片手で振り抜いた。カザミは真剣に見ていた。何の精霊に祝福されたのか。理由は言葉では表せられないが、これはコロブツで散々嗅いだ匂いのような気がする。

「剣ですね」

「どうすれば使いこなせる?」

「そうだね。城の剣士に教えてもらうことじゃないですか。今度は僕が聞いても?」

「答えられるかな?」

「第一王子はいるんですか?」

「いるわ。いつも父とは別のところにいるの。なぜだかわかる?」

「仲が悪い」

「まさか。それはないわね。いずれ知ることになるかも。今は内緒にしとこうかな。お城の秘密よ」

「はあ」

「父は何とかこの戦が回避できないか考えてるみたい。どうせ次に聞きたいのはお母様のことね?」

 僕は苦笑した。

「お母様はわたしが生まれたときに死んだと聞いてる。でもわからないわ。実はお父様は殺したのかも」

「え?」

「驚いた?冗談よ」

 悪気はない様子だが、笑いながら何ということを言うのだろうか。

「誰も教えてくれないの。まだ理解できないと思ってるのかもね」

「僕も親のことは知らない。生きてるのかも死んでるのかもね」

「寂しい?」

「見たこともないからね」

「そう!それよね。覚えていたんなら何か思うかもしれないけど」

 カザミは斜め下を覗いて、

「あの岩のこと聞いてる?誰も見たことないんだけど、あれは異世界へとつながっていると言われてる」

「今回は軍を出さないの?」

「何が出てくるかわからないのに簡単に使えないわよね」

「使えないね」

 カザミは後ろを気につつ、

「でしょでしょ?あなたはわたしの思った通りの人だわ。ちょっと弱かったけど。セゴの声がするわ」

 慌てて姿を消した。

 それにしても……だ。

 僕は胸壁に立て掛けた女王の剣を手にしてみた。今の僕は考えがまとまらない。夜は夜で寝るときに散々考えているが、まったくどうすればいいのかわからないままだ。

 ばあさんじいさん、僕にはあんたの扱いなんてわかんないよ。

 レイがセゴと現れた。

「仲良しだな」

「そんなんじゃない」

 レイがむくれた。

 ただ王宮内を案内してもらっていただけだと。内廊内にある王宮はもっと強い結界に守られていて、王族などはそこまで退くことになる。

「そこからはどうなるの?」

 レイはセゴを見上げた。

「我々が守ることになります」

 セゴの言葉に納得できない。現実問題として、そこまで追い詰められれば負けだ。城内は蹂躙され、王族だけが集まる空間で何をするというのだ。まさか城ごと転移でもできるのか。この城ごと空へ浮かぶことができるとか?セゴはそんな話は聞いことがないと答えた。

「あの一枚岩のことだけど、共和国軍は異世界から召喚したんだろ」

「そのことについてはレイ殿にも尋ねられました。でもどこにつながっているのかは国王陛下しか知らないとされています」

 何とかここから異世界軍を出せば勝てるかもしれない。しかし孤立無援ではどうにもならないよな。他の国からの支援もない。追い詰められてできることは、もう和睦交渉しかないのでは?

「街の人は城と一緒に戦うの?」

「もちろんですよ」

 セゴには自信があるようだ。しかし旅をしていて思うのは、この世界の人々にそこまで忠誠心などあるとは思えない。いざとなれば逃げることに集中するのではないか。

「また来ます。そろそろ引き継ぎをしなければならないので」

「ありがと」レイは手を振った。

「いい人だな」

「ん?セゴ?入れるところは案内してくれた。後でわたしがシンを案内してあげる。誰かといた?」

「なぜ?」

「女の匂いがする」

 僕も鼻を動かしてみた。特に何の匂いもしていないが、レイが言うには香水の匂いだということだ。

「お姫様が来てた。ノイタ王子の妹らしいよ。剣を持ってきてた」

「何だ。考えごとしてたんじゃないのかあ。なら誘えばよかった」

「考えごとはしてた。日がな一日剣を持ってぼうっとしているから気になるんじゃないの?」

「戦争中だしね。でも何で戦なんてするんだろうね。話し合いで何とかならないのかな」

 レイは女王の剣に気づいた。持ってきたの?と尋ねたので、僕は苦笑しつつ「日光浴だね」と頷いた。

「それなら鞘から抜いてあげないといけなくね?」

 そりゃそうだ。僕は女王の剣を抜いて空にかざした。左で国ノ王の剣も抜いてやった。平等にね。

「シンを追いかけて来たのかな」

「僕だけ?」

「世界を託されたじゃん。言うこと聞かないから腹立ててるのよ」

 威嚇するように空を飛ぶ怪鳥を女王の剣に映した。ぐっと背に駆け上がるものを感じたとき、照らし返された怪鳥が一瞬で炎に包まれた。

「シン、何したの?」

「何もしてない」

 敵陣が輝いた。 

 割れた結界の間、光球が飛び込んできた。炎に包まれた怪鳥を砕いて威力が弱まったのか、とっさに僕は国ノ王の剣で斬り捨てた。割れた球体が放つ熱波が結界内の土を焦がした。すぐに胸壁の下の結界石の虹の筋が蠢いて結界が修復され、二撃目はレイが跳ね返し、三撃目は半は結界が吸収しつつ跳ね返した。結界が虹のように輝く中、レイは僕に驚きの表情を向けた。僕も同じ顔をしていたと思う。とっさに国ノ王の剣をレイに預けて、望遠鏡を敵陣に向けた。今まさに将はテントへと消えるところだった。

 狙っていたのか。

「シン、使えた」

「う、うん」僕は戸惑い「前みたいに力が奪われてないんだ。何かコツがわかってきた気がする」

 と喜んだのもつかの間、何の前触れもなく胃から込み上げてくるものがあり、咳とともに生臭さい血を吐いた。抑えきれずに続けた。一気に体が重くなると、何とか胸壁に背を預けた。どういうわけか笑いがこみ上げてきて、レイを見た。近づこうとするのを手で制したが、そんなことは気にしないまま介抱された。

「シン!」

 僕は背を預けたまま尻から地面に落ちた。レイは僕の両頬を手で包んで妖しく輝く眼を近づけてきた。

 僕は冷静だ。

 頭は妙に冴えていた。

 ただ呼吸は浅い。

「おかしいな。今、何かがわかったような気がしたんだ。これだと気づいた。このまま使えない剣を持っていても戦えないじゃないか」

「もう喋らないで。お願い。こんなところで戦わなくていい!」

「首がヒリヒリする」

「黙って!」

 レイが慌てて包帯を外すと、しかめた顔を横に振った。お願いだから喋らないで。静かにして。

 そんなにひどいのか?

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