第12話 散策

 城には軍人や職人を含めて三千人が暮らしていた。岩山に掘られた街という様相だった。通路はほとんど石段しかないのだが、石段沿いに部屋が建てられていて、それぞれに生活をしていた。また各階層には職人、靴職人、メガネの修理屋などもある。ほとんど街そのものだ。火を使う商売は、例えば鋳掛屋、ガラス職人、鍛冶師、料理屋などは別の所に集められているとのことだ。

「セゴさん」

 レイは聞こえるか聞こえないかというような声でさっきはごめんなさいと謝った。突然の謝罪にセゴは焦っていたが、僕は驚いていた。

「こちらこそついカッとして。でもノイタ王子は誰よりも民のことを考えているんです。この戦は……」

「勝てない」と、僕。

「何とかなるかもしれません」

「でも第二王子一人で決められるわけじゃないんでしょ?何ていうのかな。第一、第三王子とか。国王や側近とかいるんじゃないの?」

 地上近くに降りると、そこはちょうど商店街になっていた。

「国のことについては、陛下と第一、第二王子、宰相殿などが決めているということです。自分は一介の剣士ですから、詳しいことまではわかりませんが」

 セゴは元気のないレイをチラチラと気にしながら話した。基本、彼はやさい子だな。僕たちは一つの家に案内された。小さな家に老いた女が一人、丁寧に服を縫っていた。

「おばさん、セゴです」

「ああよく来てくれたね。息子は立派だったかい?」

 裁縫をしながら淡々と尋ねた。セゴは「はい」と声を詰まらせた。

「そうかい。王様のために働くことができたんだね。そりゃよかった」

「はい」

 するとレイが僕の肘を強く抱くように身を寄せた。

「この方が治癒の術を施してくれたんです」

「そうかい。最後まで立派だったかい?」

「立派でした」

「おばさん、これを」

 セゴは銀貨を置いた。納得できないかもしれないけど、ひとまず受け取っておいてほしいと。母は納得できないはずはないさね。幼なじみが届けてくれたんだ。息子も喜ぶだろうと微笑みで受け取った。セゴが号泣した。自分が今回の任務に名乗り出ればよかったんだと泣いた。

 僕は外に出て、隣にある店の壁にもたれた。溜息を吐くと「溜息を吐いたら精霊が逃げるよ」とレイが笑ってみせてくれた。

「かわいそうだな」

「うん」

「でも立派だった。じいさんとばあさんを持ってきたんだから」

 僕は焦点の合わない目で足の通路を見ていた。何とか生きてくれと願って術を施したが、結果は皆の納得できるものではなかった。世の中こんなもんだと言い捨てられればいいんだけど、悟れはしない。

「ちょっと外に出たい」


 僕たちは歩廊にいた。遠くから見ているとタレットとタレットの距離は近くに見えるが、いざ自分たちが立つと、胸壁も胸壁狭間にも圧倒された。白亜の塔は城のようでいて城ではなく、戦を想定していなかったように思う。象徴としてのものだった。代わりに城壁都市としての街全体は城として機能していた。

「貴様らは誰だ。一般人が勝手に歩き回るな」と叱られたとき、

「彼らは構わない」

 ダセカが現れた。ちょうどタレットの中で警備の交代に立ち会っていたとのことだった。

「チウタキのことは聞きました。あなたが報せてくれたんですね」

 レイに言い、

「それにあなたが治癒をしてくれたと聞きました」

「でも」

 僕が言いかけたとき、

「精一杯のことはしました。ただ生きられませんでした」

 レイが答えた。

 ダセカは髪をなでつけて、

「奴は立派だ」

 と呟いた。そしてセゴのメダルは持っているのかと問われ、返したと答えた。ちょっと待っていてくれとタレットの塔部に消えた。

「二人ともこれを巻いていてくれれば止められることはない」

 白に青い筋の入ったハンカチを渡された。ポケットに入れておくか、見えるところに巻いておくかしておけばいい。もし誰かに止められればダセカかセゴの名前を告げてくれれば自由に通れるから。

「通れないところもあるよ。王宮は入れるけど、いちいちうるさいと思うから、また何とかして」

 セゴが走ってきた。

「ここにいたんですか。すみません。ほったらかしにしてしまいました。ダセカさん……」

「聞いた。またゆっくりと。ちゃんと職務をまっとうしろ」

「申し訳ございません!」

「よし!行け!」

 二人とも敬礼した。

 これは友人への儀式だな。

「いちばん高いところで敵軍が見えるところへ行きたいんですが」

 セゴの案内で、外廊の西のタレットから隠れるようにして続く歩廊を歩いた。ここは完全に南からは死角になるところで、上がりきった広場には巨大なクロスボウが据え付けられていた。そこから中央へ進むと、山肌と一体化したかのようなバルコニーがあった。胸壁と胸壁狭間との間には虹を封じ込めたような模様の石が置かれていた。

「これは?」

「結界の支えらしいです。我々は詳しくないんですが、これで結界を強くしているのだとか。自分は結界石と呼んでます。ここでどうです?」

「よく見えるね」と、僕。

 セゴは声を小さくして、

「この奥から上が王族の住む地域になっています。このハンカチでは行けませ。レイさんも。あ!」

「どした?」

「服」

 左袖のない服が気になっていたということだった。どうしますかと聞かれたレイは、僕を「ケガをしてるから治療したい」と指差した。

「わかりました。しばらくここにいますか?医療部で話してきます」

 セゴはキビキビと行動した。レイも彼の背に笑みを浮かべた。まんざらでもないのかもしれない。

 振り向くと、丘に陰鬱な景色が見えた。僕は望遠鏡を覗いた。左と右には巨大な投石機が置かれていたが、あれは街へ投げるのかな。真ん中にいるのは盾を持った歩兵、中央西の少し奥まったところに陣地らしきものがある。

「敵の大将は見える?」

 レイに催促された僕は望遠鏡を合わせた。巨大なパオのようなテントが作られ、その前に土のような色の甲冑姿が立っていた。地面に突き立てた剣に手を添えて、重そうなマントをなびかせるままにしている。

「何か見える?」

「あれが大将のラナイかなぁ」

「動かないね」

 僕はレイに覗かせた。

 急に暗くなると、怪鳥が頭上から襲ってきた。もちろん結界のおかげて守られているが、火を放つくちばしには牙がはえていた。衝撃を受け止めるたびに、足下の巨大な虹色の岩に色が流れる。

「レイ」

「ん?」

「これもいつまでも保つわけないよな」

「結界?呪術使いがたくさんいて結界這ってるだろうし、点検専門の人もいるじゃね?ほら。西の教会も修理するって言ってたじゃん」

「できてる?」

「跡形もないね」

「直撃だったしな」

 もう西の街は住めない。住めるかもしれないが、日々攻撃にさらされることになる。倒すならロングレンジで狙い撃ちくらいしかないだろうが、魔法師団とやらが結界を巡らせているだろうしな。突撃して結界を突き崩すしかないのか。不意にレイが僕の包帯代わりの袖を外した。生乾きの傷が剥がれて、また血が流れた。

「ヒリヒリする。何なんだ?」

「上出来ね。うまいうまい。今度手伝いに来なさい」

 背の低い、細身の女がいた。医療部で働いているミアというスタッフということだ。

「薬草の湿布よ。ほら。なかなか背が高いわね。ちょっと膝で立ってくれない?上向いて。消毒。ちょっとしみるけどね」

 目茶苦茶しみた。血止めの薬草湿布を貼り、その上から伸縮もしない布を巻かれた。どうしてここんなところで?と尋ねると、他の人に聞かれたくない話があるから。それに早く会いたかったからと答えた。

「あなたね?弟に治癒の術を施してくれた人は。セゴに聞いた。わたしも塔の街で治癒の術を学んだの」

「弟?」

「チウタキ。あなたは彼の体の毒を除いてくれた。あれは塔の街の術だわ。わたしより能力がある。謙遜しないで。わかるのよ。独特の反作用出てるわね。手が氷のようよ。地下にお風呂があるから入って。首は濡らさないでね。濡らしてもいいけどひどい臭いがするのよね。ついでにあなたも入る?お風呂嫌い?」

「大好きです」

「じゃ良かったわ。ゆっくりしてきなさい。お風呂は医療部の管轄なの。それと別々だからね」

 後に二人とも特別な治療用の風呂へ案内するとのことだった。そして彼女はとびっきりの笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。弟が死んでお礼を言うくらいならば、笑っていられるはずがないのに。



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