第9話 城
僕たちは退かした丸太を伝って地上へと出た。地上では市民が遠巻きに見ていて、近くでは制服姿の憲兵が僕たちを取り巻いていた。僕が必死で支えていた丸太は西の陣地から飛んできた矢だった。ちょうど中央広場と城の間の市街地に突き刺さったものが、地下道が崩れたときに傾いて倒れたということだ。
「よくこんなもん飛ばせたよな」
「本当にね。それにこんなところまで邪気が来ていたとはね。これが戦ということ?」
「だろうね。僕も初めてだからわからない。巻き込まれたくないな」
「もうこれ巻き込まれているんじゃない?」
「まだまだひどくなる」
「話し合いとかないの?」
「あるんじゃないかな。でも話し合いがうまくいってれば、こんなことにはなってないかもね」
「なるなる」
「何だそりゃ」
「なるほどなるほど」
「つまらん」
「わたしたちどうなるのかな」
「考えても変わらないよ。どうにかなるんじゃない?」
怪しいと疑われた僕たちは呪術で封印された手鎖をされていた。呪術は使えないようだが、レイの場合はわからないな。僕は聖女教会から来たと話したが、憲兵にうそをつくなと言われた。
確かにうそなんだけど。
リュックを調べればわかると食い下がると、調べられた。もちろんますます怪しいと疑われた。もはや何を言ったとしても信じてくれていないことは理解できた。
「そりゃうそだもんね」
レイが呟いた。
こんなものは旅風情が持つものではないだの、野次馬からは胡散臭いだの汚いだのと声が飛んだ。
「人買いではないのか?」
どういうことだ。
「娘さんは放してやれ!」
「我々はお嬢さんを守る準備ができています。どこでさらわれましたか?」
まだ若そうな憲兵の一人がキビキビと話した。こいつらには人を見る目がないのかなと思った。
彫金が施された望遠鏡を手にした憲兵に「おまえはこんなものをどこで盗んだ」と厳しい調子で尋ねられた。確かに盗んだ。しかし教会から盗んだものではない。ウラカの持ち物だ。ウラカもどうしてこんなもん持ってるんだ?僕は恵んでくれたものだと答えた。もちろん誰も信じてはくれなかった。
「これじゃさらし者だよ。しかも戦が始まるというのに、街の連中も呑気なもんだね」
とレイに呟いた。
「教えてあげたら?」
「どう教えるんだよ。昨夜の焼き討ちも見て、この矢も見て、空も見てるんだぞ。それでこれだ」
「必死さが足らない。叫ぶとか」
「おまえたちも殺されるぞ!」
僕は叫んだ。
「憲兵の前で根も葉もないうそを流すとは、貴様ら許さんぞ!」
「根も葉もない?こんな矢が飛んできてるのに?空飛んでた三匹の怪鳥も見ただろ!」
皆の反応が驚くほど薄い。とんでもないくらい楽天的なバイアスがかかっているのではないのか。もうすでに敵軍は何ともならないところまで迫っているというのに、ここの野次馬連中は何をしている。
「西の教会も潰されたんだぞ!」
「今、修理している」
憲兵の一人が答えた。
そりゃご苦労さん。
「こんなところで僕たちを見ている暇があれば、今すぐ土塁の外を見に行ってこい。昨夜も焼き討ちに遭って死んでるんだ。もうすぐまともに生活できなくなるんだぞ」
これは訴えても意味ないな。
案の定だった。
「助けてください!」
えっ!
お、おまえっ!
「聞いてください。わたし今まで怖くて黙ってたんですけど」
レイは涙を浮かべようと必死になっていたが、まったくできていなかった。
「わたし怖くて。この人にさらわれたんです!これからお城へ行かなければならないんです!」
手鎖でつながれた手で革帯から白石のメダルを取り出した。
「これが証拠です。お城の剣士のセゴ様に会わなければいけません」
うまく考えたな。それなら僕を悪者にしなくてもいいのでは?不安を煽ったかからか。そんなことなら黙っていたのに。まったく僕たちは連携が取れていない。
憲兵たちがメダルを覗き込むようにして見ている間、レイは僕に耳打ちした。
「シンが騒ぎになるようなこと言うからしようがない」
「あのなぁ」
誰が言わせたんだ。
「焦るな」
「わかったよ」
レイに「焦るな」と言われるとは思いもしなかった。彼女も成長していることを認めるべきなのか。
そんなことはない。
「これは王宮の剣士が持つものだな」
「どこにでもあるものではない」
「白隊の剣士だ」
憲兵たちは相談していた。
城には行きたくないし、こんなところで騒ぎを起こしたくもない。しかしそれと同じくらい、牢に入れられたまま戦に巻き込まれるのも嫌だ。戦になれば、たぶんこの街は潰されるだろう。そんなところで下敷きになるのも困る。異世界で牢に閉じ込められたまま、戦の巻き添えで死にました。情けないな。ひょっとしてここで死ねば異世界へ行けるかもしれない。さすがにそれではリスクが高すぎる。待てよ。牢に入れられるかすら怪しいな。まさかこの場で斬り捨てられる可能性もなきにしもあらずか。それも嫌だ。これ見よがしの剣がガチャガチャうるさいな。それなら力ずくで逃げる方がマシか。
口髭の責任者が現れて、
「なぜ城へ?」
とレイに尋ねた。
「わたしは術使いなんです。戦のために呼ばれたんです」
「知りません!」
おい!そこは何とか上手に言えないのか。これは僕だけが残される可能性があるのでは?
「騙されたんです。城へ案内すると言われて、朝から地下道を連れて行かれていたんです。そんなときに敵に襲われました。たぶんこいつが」
いかん!
言いすぎだ!
「手引きしたのか。うむ。術使いならば、なおさらここでは鎖は外せんな」
「どして?」と、レイ。
「万が一のことだ。城に召し抱えられたとしても、こんなところで呪術を使われては面倒になる」
僕たちはそのまま城まで連れて行かれることとなった。ここまで演技して結局、何も変わらない。
ふひゃひゃひゃ。
護送車の中、僕はレイの隣でゲラゲラ笑った。もちろんレイは機嫌が悪い。ずっとブツブツと文句を垂れていた。メダルも返してくれないし、鎖も外してもらえないし。
「鎖を外してもらってどうするつもりだったんだよ」
「逃げる」
「僕は?」
「抱えて逃げる」
「隊長さんの言うことも当たらずとも遠からずだな。映画みたいに典型的なバカな警察はいないということだよ」
「えいが?」
僕は映画というものを話して聞かせた。特別な機械で撮影した動く絵を壁などに映すということだ。
「動く絵なんて見ておもしろい?」
「レイはウラカが話してたこと覚えてる?」
「変なことの話?」
「それじゃない。ヒルダルのお姫様の話だよ」
「あ、途中までしか聞いてない。楽しみにしてたのに」
「想像しただろ?あれに絵と音がついてるみたいなもんだよ」
「シンは見たことある?」
「一度くらいかな」
「シンの世界でもなかなか見られないの?」
「僕は特別だよ。捨てられたからね。僕の歳なら、他のみんなはもっと観てるんじゃないかな」
「そか」
「レイも見たい?」
「うん」
「そうか。この世界にも似たようなものはあるのかな」
「シンの世界に行けば見られる?」
「もちろんだよ。もしそのときは連れて行ってあげるよ」
「約束したよ?」
「約束だ」
蹄鉄の音が変化し、護送車の車輪の揺れも均一になった。これは石畳に差し掛かっている証拠だ。
護送車が停まった。
何やら話し声が聞こえた後、重い扉が開く音がして、再び護送車が動き出した。門の下をくぐっているらしく、音が跳ね返っていた。それにしても長い門だった。またしばらく地道が続いていたが、今度は踏み固められているように感じた。
やがて護送車が止まった。
羽目板の錠と扉が外された。レイは降りるようにと手を取られてステップを踏んで降りたが、僕は引きずられるようにして降ろされた。
「どこにお城があるの?」
レイは地面に寝転んでいる僕に尋ねた。
「もっと上だね」
レイは顔を上げた。
「もっと」
「マジか」
断崖絶壁が現れた。
断崖の上に反り上がるような城壁が見えた。歩廊でつながれたタレットと呼ばれる櫓が建ち、鉛ような空を支えているように思えた。ところどころに空いた胸壁の間には鮮やかな黄色の制服の歩哨の姿がある。
僕は膝立ちになると、振り向いて護送車を見送った。遥か向こうに外歩廊が巡らされていて、僕たちがくぐった門は歩廊の下にあった。こちら側にも胸壁狭間と呼ばれる、敵への攻撃のための隙間が施されていた。ここも引き込んだ敵への戦場になる。しかしここまで押し込まれれば覚悟するしかないだろう。
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