第6話 剣士セゴ
結局、朝になっても門は閉じられたままだった。僕とレイは今か今かと待ち侘びていたが、体格のいい門番が無言で首を横に振った。
それでもと考えているのはわかるが、同じく逃げそびれた者は、灰褐色の鎧兜に身を包んだ兵士に押し返された。強引な者たちはケンカ腰に突っかかっていたが、たった一人の兵士に呆気なく倒されていた。
「強いね」
「僕よりも強いかも」
「それはない」
「褒められてる?」
「もちろん」
「他も行ってみようか。何とかギリギリ出られるかもしれないし」
逃げようとして殺されるのも割に合わない。僕たちはいくつか他の門にも向かってみたが、どこも同じ状況だった。戦というものは、こうして始まるのかと思い知った。
「シン、壊しちゃう?」
「壊したところでなあ」
考えることは考えた。
レイならば壊せるかも。
「でも門だけ壊せる?」
「できるような気がする」
「嘘つけ」
兵士に追いかけられるのが目に見えているし、第五軍とやらに遭遇することも考えられる。どちらからも新たな敵としてみなされるのは勘弁してもらいたい。
「もうじいさんもばあさんもいないからねえ。今はハンドアックスくらいしか使えないお荷物だよ」
僕は首のリングを見せて、
「これで守られてるだけだ」
「忘れてた」
「忘れてればどうなる?」
「たぶん輪っかが勝手に何とかするんじゃないのかな。そもそもそのリングは何か役に立ってるの?」
「心許ないな」
「あのときは逃げられたらと思うと怖かったからつけたの」
「今ならつけないのか」
「つける」
つけるんかいっ!
「力にはなってくれてるような気はするんだよ。村で吊るされたときも生きてたしなあ」
「あれはシンの首が強いからじゃないの?」
そんなわけあるかっ!
僕たち門に背を向けた。とりあえず腹ごしらえすることにした。
街の中心は三つある。
中央の街へ出向いた。
石畳の広場から放射状に延びた通りに面して店がある。もう戦の前なのに営業していた。攻められるのは城なのだから、街の人の考えは特に変わらないのかもしれない。
僕たちは上へ逃げられるように、二階へ続く階段の脇の席に腰を掛けた。ウエイトレスが注文を取りに来るまで、他の客の会話を聞いていた。どうせすぐ終わるという考えが多いように思えたが、長引けば物がなくなると心配する者もいた。
ふと僕は気づいた。
セルフ式だ。
二人分のレンズ豆と鶏肉を煮込んだものとぶどう酒を持って戻ると、レイが二人の黒髪の若者に声をかけられていた。レイはご馳走してくれるらしいと言うので、僕は喜んで席に就いた。一人はダセカ、もう一人はセゴだと紹介した。城の剣士だということだ。鍛えられている肉体をしていた。ダセカの方は少しクセのある黒髪、耳に黒いピアスをしていた。セゴは彼の後輩で唇がいくらか薄く、リップでも塗っているかのように輝いていた。二人は旅をしているという僕たち、たぶんレイが気になるらしくて、東の日が昇る教会付近から雑踏の中を追いかけてきたらしい。琥珀の額飾りがよく似合うねと、セゴがレイを見つめた。
「ども」
「剣士って何してるの?」
「僕たちは城を守るんだよ」
ピアスのダセカが答えた。彼らは鶏肉だけを食べていた。
「二人とも災難だね。こんなところで巻き込まれて」
「二人ともゆったりとしてるね」
僕は厳しい態度の門番と違うと話すと、緊張しているのではないかと話した。昨夜の焼き討ちの件もあるし、城から門を閉じること命令が出ていた。暴動騒ぎになれば、市民にも迷惑になる。セゴは友人が門番にいるので見てきたと話した。
「緊張してました。でも街にも結界を発動したからと話しておいた」
「結界?」レイは豆をすくうと、「この街にあるの?」
「ここは日が昇る教会、日が沈む教会で守られてるんです」
ダセカが答えた。途中、彼らは他の客に呼ばれた。セゴに何やら耳打ちをして離れた。セゴはダセカの尻を叩くようなふりをした。
「二人はどういう関係ですか?」
「シンはわたしの婚約者です」
僕は咳き込んだ。豆が気道につっかえて息が止まった。
「婚前旅行ですわ」
何だ、それ。この世界にそんな言葉があるのか。しかもウラカの話し方を真似ている。確かに彼女なら言いそうなことだな。
「結婚すると、女はどこにも行けなくなるでしょう?今のうちに一緒に旅をしようと思いまして」
「おもしろい考えですね!」
「そのまま帰らないで、ずっと二人だけで暮らせるかもしれませんわ」
「でも何かと故郷の方が便利では?」
「故郷といっても、この人の故郷なんですわ。厳しいだけですもの」
「確かに辛いですね」
セゴは眉根を寄せた。
「でも僕はここで戦に巻き込まれて二人で死ぬのは……」
「彼が守ってくれますもの。それに二人でなら死んでも構いませんわ」
調子に乗るな。
「これからどうなりますか?」
僕は真顔で尋ねた。
さすがに剣士殿は、
「蹴散らしますよ。第二王子が第三軍を蹴散らしました。我が軍の士気は旺盛です。それに塔の街からの援軍も来ました」
「え!」同時に声を出した。
「どうかしましたか?」
「いや」
僕は焦ったが、
「えっと、その援軍はお城へは入れるんですの?」
レイが何とか誤魔化した。
ナイスだ。
「第五軍の後ろを突くとか。迷いの森を進軍してくるとき、行軍は間延びしますからね。あ、これはここだけの話にしてください」
セゴはさすがに言いすぎたと思ったらしく声を潜めた。かわいそうな気もしたが、もう少し押したい。
「街から出られませんか?」
「さすがにムリです。でも万が一のときは城へ逃げてください」
「お城へ?」と、レイ。
「はい。あの城は一つの要塞都市なんです。今のところ出入りは厳しいですが」
「セゴ!」
ダセカが呼んだ。
「仕事だ!」
「はい!」
セゴは、
「私の名前を言っていただければ入れます」
と僕に白い陶器製のメダルを渡してくれた。本当はレイに渡したかったのだろうなと思った。
「あ、それは使わなくても返してくださいね。蹴散らした後で」
慌てて店を出た。これまで会った中でいちばん快活な若者だ。僕も若いはずなのだが、なぜこうもひねくれているのだろうか。光が眩しいと影が濃くなる。
レイは外の光に消える後ろ姿を見つめていた。僕は白メダルを彼女に渡した。なぜ?という顔をした。
「今のは悪い嘘だね」
「そう?」
「何もすることもないし、結界でも見学に行くか」
僕たちは日没の教会を訪ねた。何となく入れるだろうと考えていた浅はかさよ。
「混んでるね」
レイは礼拝堂を見上げた。ステンドガラスの入った壁から大屋根へと急勾配になっていた。
「入れないみたいだ。当然といえば当然か。何してるのかね」
「覗いてみる?」
僕たちは覗けるようなところがないかと探して、教会の高い塀沿いに歩いた。僕は思い出さない?と尋ねると、レイは塔の街の学校みたいなと答えた。二人して初めて結界なるものにやられたところだ。
「あのときはまだお互い言葉も通じてなかったのかな」
「うん」
この教会が結界の一部を担っているということだ。しかし街を覆い尽くす結界とは、どんなものだ。白亜の塔でも、そこまではしていなかったように思う。いや。実際はしていたのかもしれないが、僕たちの能力が追いついくまでにはなっていなかったという方が正解だな。
僕は地面の影に気づいた。
「シン……」
空を見上げていたレイが僕を呼んだ。何か来たのか。突然のことに首をすくめた。人が乗れるほどの巨大な矢が城に吸い込まれた。あれは矢ではなく巨大なツバメのように滑空していた。
城に当たる寸前、金属がこすれるような鳴き声が響いて、空全体緑青色に染まった。少し遅れて街にも衝撃波が広がってきた。しかし怪鳥は城の結界に衝突し、藻搔きながら落ちてきた。街の結界に跳ね除けられた末、狼狽したまま翼をバタバタとさせて空高く舞い上がった。
「何だ、ありゃ」
「わたしもわかんない」
レイは呆然としていた。
しかしこの結界が保つのか?
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