第5話 髭戦士

「戦?援軍て何?」

 レイが言うので、僕は戦と援軍の意味を教えて、援軍は来ないかもしれないという理由を話した。

「なぜ来ないの?」

「なぜ……そりゃ潰れたし」

「塔の街の人は白亜の塔以外にもいるじゃん。兵士もいたし」

「あ、そうか。だから僕たちは逃げてきたんだよな」

「そだよ」

 レイは軽く答えた。僕は何か心にモヤモヤするものがある。他人ごとにしてないか。二人とも犯した罪は違えども、捕まることに関しては同じだ。まさかレイは捕まえられることなど考えていないのか。

「どした?そんなに見つめられたら照れるじゃん」

「ちょっと考えよう。仮に塔の街から援軍が来たとする」

「シン、殺されるな」

「即答だな。僕自身も捕まるまではわかるけど、殺されるのか?」

 僕たちの背に、

「おまえさんら、朝、門が開いたらすぐに街から逃げることだ。これからここは戦になるし、もはや城は堪えきれん」

 濡れたままのレイはかわいらしいくしゃみをした。

「頑丈そうな城なのにね」

 僕は木を集めると、レイが五本の指を弾くように手の平を地面に広げると火がついた。一斉にどよめいた。口々に呪術使いだの魔導師だの魔族だのと話していたが、

「狙い撃ちされるぞ。とにかくこんなところにいたらいかん」

「隠れよう。こいつらは悪い奴らじゃなさそうだしいいだろ?もう失うもんもねえし。バカそうだし」

 川原で火をつければバカだと言われてもしようがない。レイは拳を差し出して「消えろ」と命じた。

 消えんのかいな。

 イメージできないらしい。

 消えるイメージできないってどういう思考回路してるんだよ。

 僕たちは彼らの隠れ家に案内された。隠れ家といえば聞こえはいいが、単なる空き地だ。隠れるところなんてものはない。彼らは土塁の集落ごとここに引っ越していた。

「襲われたらどうするの?」

 僕はぽっかりと空いた下水路の入口を指差した。これはここからどこへ続いているのかと尋ねたが、誰も答えられなかった。唯一一人が途中まで入ったが、川の流れる音が聞こえたところで鉄の柵で塞がれていると答えた。

「気になるのか?」

「雑木林にも敵がいたんだ」

 僕は川へとつながるトンネルを指差した。レイがトンネルに勢いよく手の平を差し出した。炎がトンネルを塞いで、隠れていた三人の敵を炙り出した。燃えながらも戦おうとする三人のうちの二人を髭面が鮮やかに斬り捨て、もう一人を僕が抑えつけた。しかし指の間に仕込んだ鉄の爪を自分の喉に突き入れていた。

「シン、それは毒!」

 僕は慌てて跳ね除けた。

 この様子では、もうすでに街にも潜んでいるのではないか。

「まだいるかな?」

「ひとまずいいんじゃね?」

 僕はリュックから濡れた干し肉を取り出して髭面の男に渡した。

「こんな上等、どうした?」

「ハイデルの心優しい人が恵んでくれた」

 目の細い男が笑った。背が低く肩幅が広くて、短い髪を後ろで結わえていた。ハイデルにもいろんな奴がいるんだよと、僕は彼に笑みを浮かべてみせた。

 レイは焚き火に近づいて靴を脱いで剣にぶら下げた。食うつもりじゃないだろうな。リュックの中を乾か巣順番に並べた。さすがにこんなところで着替える気はないようだ。

 僕は並んだ敵を見た。どれもが普通の人の格好をしていたが、帯には火打ち石を持ち、持ち手に紐を巻きつけた平らな剣を持っていた。

「何か気づいたか?」

「これ」

「これは剣だな。クサという奴らが使うもんだ」

 クサというのは、草に隠れて行動する者たちのことらしい。

「どんなことするの?」

「いろんなことだな。火をつけることもするだろうし、こうして街に忍び込むこともする」

 ハイデル嫌いの男は答えた。

 皆がそれぞれに、ここまで来てるとはな、街に火をつけられるのも時間の問題か、他の仲間の中にもいるかもしれないなどと話した。

 僕は、

「皆さん、何者ですか?」

 とレイの隣に座りつつ会話の中へ割って入った。すると二人を斬り捨てた髭面の剣士が、

「兵士だ。新しい国ができるかもしれねえと集められた。集められたってのは誤魔化しだな。てめえの意思で集まった。文句あるか?」

 無精髭を撫でながら他の者に笑いかけた。皆、文句はねえと無言でニヤニヤとした。

「グランドン共和国だ」

「きょーわこく?」と、僕たち。

「王様がいない国だよ。自分たちのことは自分たちで決めるというところだ。王様だけが贅沢できる国とは違う。俺たちは共和国軍だ」

「わからないことがある」

 僕が呟くと、

「なぜここにいるかだろ?逃げてきたんだ。つまり敵前逃亡だな」

 髭面の言葉の後、一帯が重苦しい空気に包まれた。僕は簡単に聞き流したが、彼らには決して軽くない決断をしたということだ。

「言葉も通じないバケモノと一緒に戦えねえよ」

 レイは額飾りを外して、額の眼を自分の指で指してみせた。見せなくてもいいときもあるぞ。

「わたしみたいな?」

「三つ目族か。だからあんな術使えたのか。まあ三つ目族くらいは話は通じるし、特に気にしない。ここには森の民もいるしな。俺たちの言うのは、子供くらいの大きさで、泥や銅でできたような体をしてる。人を殺すことが好きなだけの連中だ」

 他のしわがれた声が、

「そんな奴らと一緒に戦って勝ったところで、俺たちの望む新しい国ができるか?それは平和な国か?」

 と苛立たしげに言った。

「もともとこのルテイム王に恨みがあるわけでもない。そりゃ年貢とかなくなればいいがね。新しい国のためにルテイム王がいなくなればいいだけなんだ。他の王国もな」

「いなくなれば、誰が治めるの?」

「あんちゃん、勘がいいな。新しい国ができた後は議会で決める。でも今は戦争中だ。総司令官ってのが治めてる。第一軍のアッバ指揮官だ。噂によれば塔の街を従えさせられるくらいの魔法使いらしい」

「これから攻めてくる?」

「これから攻めてくるとすれば第五軍だろうな。指揮官は確かラナイとか聞いた。光の剣の持ち主だそうだ。ちなみに二軍は壊滅した」

「どして?」と、レイ。

「ルテイムの第二王子率いる軍に敗れたんだ。そんとき俺たちはここに逃げてきた。バケモノの親玉みたいな奴が目茶苦茶に暴れたんだ」

「あんたらは捕虜なのか?」

「そうだ。俺たちは捕虜だ。まあ捕虜というか何だろな。王子様が言うには、どこでも好きに暮らしてくれという話だ」

「養ってくれないの?」

「どこも貧乏だよ。それに捕虜にしたところで何の得にもならん。共和国軍は降伏は認めるなかどうかわからんしな。皆殺しの軍とまで言われている。これも噂だが」

「でもさ、ここに来るまで戦みたいなことはなかったんだ」

「塔の街から来たんじゃ見てねえだろうよ。俺たちもハイデルは知らんしな。海を渡る度胸がないからよその土地のこともわからん」

「陸からも行ける」

「どうだろ」

 髭面は考えた。

「きっかけがあれば行ってるのかもしれないな。お嬢さんはなぜ旅をしてるんだ?」

「弟のお付き合い」

「弟?」髭面の目がかわいい。

 しかしそろそろせめて兄へと設定変更求む。歳的には弟かもさはれないが、レイの尻拭いは兄としてしたい。

「しかし弟さんには額に眼がないじゃないか」

「たまにこんな奴が三つ目族でもいるの。だから村を追い出されて旅に出た。ね、何もできないもん」

 レイは僕の頭を抱き締めて邪気がいると囁いた。第三の眼が捉えていたのは、火の向こうのハイデル嫌いだ。

「厳しい村だね。で、姉さんは心配でお供してるのか。じゃ北へは行かない方がいい。戦いは北で起きてる。ここは北は聖なる山で守られてる。南からしか来れないが、南も迷いの森で守られてる。西、日の沈むところは王子様が防いだ。しかしなあ難攻不落の城といえども援軍がなきゃな。それに火を放たれた。そろそろ第五軍が来るぞ。おまえさんたちは開門と同時に逃げな」

「おっさんらは?」

 レイが自分の靴が乾いたか確かめた後、僕の靴の臭いを嗅いだ。

「俺たちはそれぞれバケモノらに村をやられたんだ。もう戻るところなんてねえさ。おまえらも行くところがある奴は逃げるんだな」

 髭面は火から離れて、僕たちの後ろに立つと、僕たちと焚き火を飛び越えて、いちばん離れたところから飛び込んだ。ハイデル嫌いの左肩から右腕までを斬り落とした。

「てめえは今すぐ消えな」

 血飛沫をあげて落ちた右手に棒剣を隠していた。なぜ?と言ったように口が動いたが、てめえはわからないまま死ぬんだと吐き捨てた。

「なぜわかった?」と、僕。

「おまえが捕まえた奴は生きようとして奴を見た」

「凄い」

「凄くなんてねえよ。他の小屋の連中もムリにでも連れて来てればよかったんだ。こんなことになるんならな。潜んでる奴らのことまで気にかけた弟さんが一枚上手だ」

「僕は臆病なだけです」

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