第2話 ロブハン
夕食後、僕たちは今後の予定を教えられた。あの船でブスレシピの港まで行き、そこから馬車で三日ほどして教団本部へ入ると言われた。
「紹介するわ。今回の責任者のロブハン様です」
ウラカが本部から遣わされたロブハンという男を紹介した。僕たちには目顔で立てと命じたが、ロブハンは手で制した。背が高くて、少し繊細な感じのする男だ。たぶん歳の頃は三十代半ばくらい。たぶん白いシャツに黒いズボンと吊り紐はは彼のためにあるのではと思った。
「そのままで。おくつろぎのところ申し訳ありません。わたくしはロブハンと申します。この度はウラカの試練にご助力いただき誠に感謝しております」
丁寧に頭を下げられて、僕もレイも頭を下げ返した。少し細々としたことを話していたが、要するに僕とレイも本部へ来いとの話だった。
「後少しの旅ですので、よろしくお願いします。では私は」
丁寧に頭を下げたロブハンはラウンジから出た。ウラカは廊下で見送っていた。たぶん姿が見えなくなるまでいたのだろう。戻ってきたときは緊張が消えていなかった。
「驚いた」
ウラカは緊張を吐くように椅子に腰を落とした。
「偉い人?」と、僕。
「ええ。まさかこんなところまで来てるなんて。よほどのことがなければ、本部から離れないのに」
「そのよほどのことがあるんじゃないの?どれくらい偉いの?」
「評議会に権限を与えられるくらいには偉い人よ」
「ひょーぎかい?」と、レイ。
「今回のようなことは、評議会というところで決められるの。呪術や精霊や魂についてのことは、専門家でないと理解できないから。いろいろ調べる人もいるのよ」
ウラカは静かに答えた。
教会の一般的なことは、たいてい議会で決められる。議員はそれぞれ決められた職種や地域からの推薦者から選ばれていて、任期は三年とのことだ。ちなみにイモジはコロブツの教会の下で偉い人にすぎない。
前任者ができない呪具の処置ができたのは、ウラカが評議会から派遣された特殊な人材だからだ。
「評議会を通して剣の鑑定をすることになると思う。もしどうにかなると判断されれば、どうにかする。同時にシンが元の世界へ戻れる術も探すことになると思う。門の存在は白亜の塔でも確認してるけど、わたしたちも情報を持ってるわ」
僕は黙って聞いていた。至れり尽くせりとはこのことだな。
「国ノ王の剣と女王の剣は、今のところ封印できてるわ。ちゃんと本部からの術使いが来てるし」
僕の勘が当たらないでほしいんだけど、二振りは単におとなしくしているだけだと思う。あれは邪剣にでも聖剣にでもなれる存在だ。
「お風呂の準備ができたみたい」
この宿ではバスルームと言われるところに、ホーローのバスタブが置かれ、どこかで沸かした湯を溜めてあるらしい。レイの後、僕が入るということだ。バスタブは一つしかないのかと尋ねると、宿泊者が一人しかいないのかと尋ね返された。
ごもっとも。
「じゃわたしから入るね」
「後は係の者が部屋まで案内してくれるわ。着替えとかあなたのものは部屋に運ばせてあるわ。好きなもの選んでね。こには風待ちで二日ほど滞在するしね」
「了解!」
レイがルンルンで去った後、
「ようやく沸いたのな。この時間は風呂待ちだね」
「本当にひねくれてるわね。わざわざ言うことでもないけど」
では言うなと答えた。
「それよそれ。さっきからわたしへの態度が厳しくない?」
そもそもひねくれるようなことしてくれたのは誰だよ。悪意しか感じなかった。うっかり口を滑らせたとかいうレベルではない。
「そうよね。すべてわたしが悪うございました。申し訳ありません」
「開き直る奴は嫌いだよ」
「じゃどうすればいいのよ。わたしも必死なのよ。もうあなたにそんなこと言われたらわかんなくなる」
ウラカは泣きそうな声でテーブルに突っ伏した。僕はウラカを信じてないわけじゃないんだと答えた。
「もうね、ビンタされた後に抱き締められる気持ちがわかる。ここから蹴落とさないわよね?」
黒い目が潤んでいた。
「ずっと君を信じてるんだ。レイはウラカのことが好きなんだよ」
「あなたは?」
「もちろん好きだよ」
「わたしも!」
ウラカは僕を真っすぐ見た。僕も見返したが、彼女はうなだれた。マジメな話をするときに適当な冗談で誤魔化さないでもらいたい。
「変装なんてしてたから嫌われてたんだよ。初めて会ったときから気にしてたみたい」
「ん?何を気にしてたの?」
ウラカはその時のことを思い出そうとして、すぐに思い出した。
「前に浮気でもした?」
「しとらん」
「でもさ、あのときレイはわたしのこの顔に気づいてて……」
「とにかく僕たちはコロブツで教会の好きなように使われたんだ」
だからお詫び兼ねて旅行の案内もしていると言われた。普通に暮らしていて、こんな旅行はできないのもわかる。しかしそれではない。
「でさ、さっきの話だけど」
「しつこいな」
僕が席を立とうとすると、慌てて僕の腕を掴んだ。
「ごめんごめん。わたしは昔のことなんて気にしないわ。あなたがどういうことしてきたとしても」
「何の話だよ。僕は教会は白亜の塔みたいな邪教が潰されて喜んでくてるのかと思ってた」
「まあね。でも公に拍手で迎える訳にはいかないのよ。ちなみに評議会は喜んでると同時に恐れてるわ」
恐れてるとは?
「白亜の塔には、教会騎士団もボロボロにやられたそうなのよ。桁違いの術でやられたみたいね。だからそれを潰したあなたたちは……」
「皆までいらないよ。強かったのは昔のことだろう?ところでタペストリーは評議会の案件?」
「話が早いわね。あれも修復されるのかどうか。六枚のままにするか一枚に仕立てるか。揉めるわよ」
ウラカは続けた。
「揉めるのが仕事だから。揉めなければ仕事してる気になれない。特に評議会がからむとね。七人がまともに全会一致なわけないわ」
「結局、いちばんひねくれてるのは君じゃないの?」
「そうかもね。今回の件、わたしがいちばん近くで見てたわ。報告したとき、『よくやった』と言われて頭に来た。何も知らないくせに偉そうにとね。さっきの奴に。またムカムカしてきた。できればあなたの苦しみも悲しみも癒してあげたいわよ」
そりゃありがたいことで。ところで僕らは本部にどんな立場で迎え入れられるんだろうか。
「教会に入るやいなや、いきなり剣を突きつけてくるのか?」
「表向きのことね。とりあえずはコロブツを解決した礼賛者という立場で迎え入れられるわ」
「らいさんしゃ?」
聖女教会の信者に礼賛者という序列があるらしい。もし僕が教会の学校の卒業生なら、救済者くらいになるということだ。それと特殊な剣を持ってきた者は代参者と呼ばれるらしい。もともとそういうものは関係者が見つけることになっていて、もし教会で学んでいて特別な剣を扱えれることにでもなれば教会騎士になれるということだ。
「いらないなあ。君は誰?」
「わたしはウラカよ。愛と正義に身を捧げた女。待って。冗談くらい聞いてよ。立たないで。表向きは教戒者。信者に教える立場ね。他は救済師、調伏師、精霊師という資格も持ってる。今回では中級救済師に格上げされるかもね」
「まさか集めてるの?」
「どうしてよ。好きで集めたわけじゃないわよ。集まるのよ。こういうことやってると、どんどんいらないものが集まるの。で、結局はわたし一人に押し付けられる」
「悪循環だね。アラは?」
「彼は探索師ね。あなたみたいな人を見つけるのが仕事よ。他には今回の古い件なんてのも。とっくに辞めちゃったけどね。理由は本人に聞いてよ。まぁ彼からすれば教会がつまらないからじゃないの?」
「でも僕はアラにしてやられた」
「それはわたしがアラに泣きついたからよ。だからあなたたちは信頼できると教えてくれた。でも……」
「たいがいな奴だと?」
「よくわかるわね。あなたたちなら解決はできるけど、うまく扱おうとするのはお勧めはしないと言われたわ。道具にするなと」
「扱おうとしたじゃないか」
「できると思ったの。でも道具にはしてないわよ」
「どうだか。道具にされても別に構わない。レイはどうなるんだ?」
「今のところ魔族認定ね。教会で学べるかどうかによるわ。今の彼女はまだ自分の力に気づいてない。正しい者が導けば正しくなると報告してある」
「気づいてるけどね」
「扱えてない。湖の岸のすべてを焼け野原にしたわ」
「戦闘の末だ。そもそもそっちから仕掛けてきた。実際はイモジがやってたとしても、教会の名には変わらない。近くの村人も教会の騎士だと認めていた。報告した?」
「もちろん。だからわたしは推薦してあるのよ。あなたは救済師の資格は得られるとは思う」
「僕はどうでもいいよ。僕が教えてほしいのは、レイのことだよ」
「レイも推薦はしてある。でも昔から教会に属さない魔族の中の魔族だからね。教会の教えを学ぶことが条件にされるかも」
「学ぶこと?やけに条件が簡単すぎない?」
「どうかしら」
要するにどうしても教会の枠に収めたいということだな。では白亜の塔の二人はどうなるんだ。
僕は尋ねた。
「あれはこちらの完敗よ。認めるも認めないもないわ。国王がやる気なら海を越えてきたかもね。だから剣の扱いに困るわけよ。返すかもしれない。塔の街へ。確かに白亜の塔は潰れたけど、まだ教団はあるし」
「返せるもんなら返せばいいよ。もちろん正式にだろうし」
「もちろんあなたたちが返すのとは格が違うわ」
「格ね。こだわるんだな、そういうところは」
「形式を整えるのも必要よ。正式に聖剣となるんじゃないかしら」
そんなもんに収まる二振りなら苦労はしてない。せいぜい本部で何とかしてもらいたいもんだ。
「僕とレイは国王と女王に世界を救うように頼まれたんだけどね。救うというか、これから歪みが生じるから何とかしてくれと」
「へ?証拠は?」
「あの剣だよ」
「今、言うの?」
「聞いてないだろ?」
「そりゃそうだけど。そんなものをお祓いするとか、ましてや売ろうとかしてたの?」
「売るのは諦めたんだ。相手に災いが起きるからね」
「当然よ。話を戻していい?わたしが殺されそうになったのは?」
「証拠はないけど、僕たちは剣のせいかなあなんて話してる。だから死ななくてよかったなみたいな」
顔を隠した女が来た。
「お風呂の準備ができたみたい」
「ごめんね」
「き、気にしないで。わ、わたしたちの義務だし」
顔が引きつっていた。
怒ってるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます